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ACT13 冒険街の天狼

 旧市街区と新市街区は運河で区切られ、運河沿いの旧市街区に大きな商業地区を形成している。

「冒険街なんて、あたしも表通りを流すくらいで、お店の中まで出入りしたことないわよ」

 道すがら、先を歩くリュードの背中にサキが声を掛けた。

 サキは、王都レグノリアで生まれ育った。生まれてから王都の外に出たことはない。酔っ払って神域で悪さした冒険者を捕まえたことはあるが、それ以外では冒険者にはあまり縁がない。

「場所は知ってるけど……リュードは、この界隈を知ってるの?」

「何年か前にレグノリアを出る時と、この間戻って来た時にはちょいと出入りしたがね」

 ふらふらと先を歩くリュードが、サキの方を振り向いた。青灰色の瞳がイタズラっぽく輝いた。リュードは謎めいた男だった。リュードが何故王都レグノリアを離れてどこで何をしていたのか、サキも聞いたことがない。

「どの辺りで野盗が出没してるとか、どこの道が山崩れで通れないとか、都の外の情報が真っ先にここに集まってくるのでね」

 リュードが言うには、冒険者達はここで情報を売り買いするという。

 王都から外へ出る人々は、この街で最新の情報を買い、王都へ戻ってきた人々は、街道や諸国の情報をここで売る。

 情報・地図・旅に必要な装備・携帯食料・薬品等、冒険旅をする連中に必要な全てが、この街で揃うという。

「まぁ、身元をうるさく探られないから……何かと便利な街さ」

「それって、身元が怪しい人にとって、って意味じゃないのさ」

「そりゃ、冒険者の中には自分の国に居られなくなった凶状持ちとか、流れ者が多いんでね。

 誰でも彼でも、姫さんみたいに出自を隠さなくて済む連中ばかりじゃないからな」

 リュードも、その出自とか謎ばかりだった。

 自分の過去は、ほとんど喋らない。わかっているのは、王都レグノリアに一時期住んでいたことがあり、何故か王都を離れていたことと、何年ぶりかに戻ってきたということぐらいだった。

 聞いてもとぼけた答えではぐらかされるばかりで、サキもリュードの過去を詮索するのをあきらめている。

「思ってたより大きな街なのね」

 サキは、通りの雑踏を見渡した。

 表通りの左右に、様々な店が並んでいる。

 簡単な宿とか、酒場、魔道士向けの薬草とかを商う店までが並んでいる。昼間はこれでも客が少なく、夜になるとどこからともなく冒険者が集まってくるという。

「どこから当たるかい?」

「"常緑亭"ってお店」

「なんだ、あそこか……この界隈で一番でかい店だ」

「どこ?」

「その枝道曲がった裏通りの、さらに奥」

「何で、一番でかい店が裏通りにあるのよ?」

「でかいだけで、繁盛してるわけじゃない」


       ◆


「これが店?」

 サキが素っ頓狂な声を上げた。

 店というよりも、屋根と壁のある広場みたいな店だった。

 壁で囲まれた店内中央にいくつもの長机が並び、壁際の三方にいくつかの露店のように屋台が並んでいる。

 屋根のある大きな建物の中に、屋台を押し込んだような店だった。

「"常緑亭"、ってのはいくつかの小さな店が共同で入ってる場所の通称だよ……バザールの広場に並ぶ露店と同じさ」

 確かに、この店の雰囲気はバザールの奥の露店商に似ている。違うのは、ここには壁と屋根があるくらいだった。

 傍らでは冒険旅の装備を売り、その横には小さな酒屋があり、簡単な料理も提供している。

「ここ一軒で、情報の売り買いをしたり、足りない装備を整えたり……持ち帰ってきたお宝もここで換金出来るから、こういう何でもありの場所は何かと便利なのさ」

 リュードは、サキを促して薄暗い店の中に入った。

「お客さん、何か必要な物はあるかい?

 冒険旅なら、必要な物は何でも揃うよ」

 サキとリュードの姿を見て、その店の主人らしき老人が愛想の良い声を掛けた。言葉には、微かに異国の響きがある。

 黒い両目だけが生き生きと輝いた、皺だらけの小柄な老人だった。

「おじさんが、"常緑亭"のご主人?」

「わたしゃ、この場所の采配をしてる者さ。お客の必要な物を聞いて、そのお店に案内するのが仕事だよ」

「ここの主人を尋ねろって、ボル……いえ、"雷の旦那"って人からお聞きしたの」

 サキの首元の飾りに目を留めた男の目が光った。

「これはこれは、サキ様ですね? シェルフィン様から、約定の証を持つサキ様に対して、全面的に協力するよう言いつけられております。

 紹介が遅れました。"常緑亭"の采配を務めております、ラウと申します」

 商人の態度が、ころりと変わった。約定の証を知る以上、この男も天狼だった。

 いつもそうだった。王家の人間には口の堅い漂泊民の商人達も、サキが身に付ける天狼の約定の証を見た瞬間に、手の平を返したように態度が変わる。

 よそ者には警戒心を露わにするが、同族と知れば家族同様に扱うのが天狼だった。

「こちらへどうぞ。

 何か、込み入ったお話があるようですので、こちらでゆっくりお話を伺いましょう」

 傍らの酒場のテーブルに、サキは案内された。

 幸い、広い店内に他の客の姿は少ない。

「聞きたいのは、数日前の話よ」

 ベリア達四人が、この店を訪れどこかへ冒険に行こうとしていた。

 そこまでは、剣術師範のボルトがお忍びでこの店に立ち寄った折に目撃している。

 サキは、その四人の身なりについて説明した。

「ここしばらく、冒険者の顔ぶれが変わってますな」

 サキの話を聞き終えてから、ラウが話し始めた。いきなり別の話題を話し始めたかと思うほど唐突な話題だった。

「昔は、本当に必要に迫られて冒険に行く連中ばかりだったんですがね……ここ数年は、冒険などと無縁な若者がこの店を訪れます」

「どういうこと?」

「世の中が平和で、暮らしが豊かになったせいですかね?

 暇と金を持て余した、王侯貴族の子弟や、大商人の子弟が冒険旅にあこがれて旅に出ます」

「それって、危険じゃないの?」

「そりゃ、信頼できる案内人を雇って出かける分には大して危険はありませんがねぇ……野宿の一つもしたことがないひ弱な連中が出掛けりゃ、何人かは戻ってきません」

 あっさりと、ラウが答えた。

「その素人冒険者が増えているのは確かです……野盗に襲われたり、怪我したり、病気になったり、野垂れ死にも多いって聞きますよ。

 無様なのは、裕福な商人や貴族の子弟だったりするから身代金ふんだくられたりで、何かと問題に……さすがに目に余るので、王家でも問題視してるそうでね」

 ラウの言葉が続く。

「そんな連中に、冒険旅を勧めてるの?」

「手前どもは商人です……売れと言われれば、そんな素人にも売りますよ」

「でも、みすみす死にに行くのよ」

 ラウがイタズラっぽい眼でサキを見て、声を潜めた。

「だから、行き先を誘導するんでございますよ」

「誘導?」

「客が無事に戻ってきてくれないと、こちらも商売になりませんのでね……ちゃんと安全な所に行くように、仕向けてるんでございます」

「冒険旅に、安全も何もあったもんじゃないけど?」

「なーに、王都からせいぜい一日二日の距離に、適当な遊び場をいくつも用意してあります」

「遊び場?」

「適当に水場の小川が流れてて、森があって、野宿に最適な空き地がいくつか……そこに行って、一日か二日の野宿体験をして満足して戻ってくる。お宝らの一つも見つけられりゃ、大喜びって寸法です」

「で、その四人ってのは、無事に戻ってきたの?」

 サキの一番聞きたかったのは、その一点だった。ジェムとキーラとレビンが何食わぬ顔で戻り、ベリアだけがどこへ消えたのか。

「その四人は、ちゃんと生きて戻ってきましたよ……お宝を見つけたって大はしゃぎでね……ちょっとお待ちを」

 ラウが、いったん席を外した。

 店の奥に入り、いくつかの布袋を持ってきた。

「これが、連中が拾った宝物です」

 袋の中から、次々と宝箱、銀塊、宝石類が出てきた。

「何か、白骨死体の隣に宝箱と杖が転がってたって言ってましたね」

「白骨死体?」

 サキが、顔をしかめた。

 ぞっとしない展開だった。

「そう言えば、ベリアって少年……何か思い詰めてるような表情してましたねぇ」

 ラウが、微かに首をひねった。

「最初に来た時から、四人の中で一番大人しい性格の坊やだっだんだが……お宝持ってきた時には、なんだか難しい顔してました」

「そのお宝って、どんなものだったの?」

「宝箱には……ご覧の通りの銀塊が一掴み、宝石類が少しばかり……まぁ、宝石は大した価値の高いものじゃなかったけどねぇ」

「これで、いくらぐらいで引き取ったの?」

「全部で金貨ニ枚、ってとこですね」

「あれ、そんなもの?」

 サキは、机上に並べられたお宝を眺めて意外そうな顔をした。

 もうちょっと値が張るかと思ったが、宝石類はそれほどの価値がないようだった。

「そりゃ、買い叩きますから……実際には、金貨六枚ぐらいの価値がありますよ」

「うわぁ、商人は厳しいわね」

「本物のお宝は、ベリアって坊やの持ってた杖にはまった宝玉でしたが、売ろうとはせずに『記念に』って持って行きましたね……あれは、鶏卵大の本物の霊石なので、相当な価値がありました」

「どのくらい?」

「金貨で一千枚以上」

「!」

 サキは、息を呑んだ。金額の桁が違いすぎる。

「裕福な好事家に売りつければ、その倍でも払いますかねぇ?」

 ラウが、心底残念そうに笑った。

「でも、そのお宝がどこにあったのかは言わなかったな……こっちが売った地図には描いていないとこに迷い込んだみたいでね」

「彼らは、他に、何か言ってなかった?」

「うーん、隠れ家がどうのこうのって喋ってましたけど」

「隠れ家?」

 サキの目が光った。

「まぁ、金持ちの王侯貴族子弟なので、お忍びで街に出る時に服装を変えたり泊まったり出来る屋敷の一つ二つを持ってるのは多いのでね」

 ラウの言葉で、サキの探索範囲が絞り込めた。

 とっさに頭の中で、探索方法を算段する。旧市街区を中心に街の護民官を動員すれば、ベリアの隠れている場所はそれほど日数を掛けずに見つかるはずだ。

 むしろ、ベリアが何故自分の意思で姿を隠したのかが問題だった。

 金貨で一千枚の価値を持つ霊石を持って姿を隠した以上、何らかの事故や犯罪に巻き込まれた可能性も捨てきれないが、サキにはベリアが自らの意思で姿をくらました気がしていた。

 不意に、サキの肩にいた子猫が小さく鳴いた。

(そうだ! チビ狙った魔道士の杖!)

 カラスと蜘蛛を使った謎の魔道士の姿を、サキは不意に思い出した。確か、赤黒い宝玉のはまった杖を手にしていた。

「その、ベリアって少年が持ってた杖の霊石って?」

「深い紫っていうか赤黒い色をした蛇の目みたいな輝きをした霊石でしたね……普通、カーバンクルって霊石は澄んだ赤い輝きをするんですが、その杖にはまった霊石は、中心が赤黒いっていう珍しい代物でした」

 ラウの答えに、サキは記憶をたどった。

(間違いないわ……その杖を持っていた魔道士は、ベリアが扮してたんだわ)

 サキの連れた子猫を狙って姿を現した魔道士の杖の宝玉も、赤黒い蛇の目に似た輝きをしていた。

(でも、あの変わり果てた人相は……本当に、あのベリア?)

 人相も、物腰もまるで別人だった。

 五路広場で騒動を起こした時のベリアの表情は、まだあどけなさの残るものだった。だが、魔道士に扮して再びサキの前に姿を現した時のベリアはやつれ果て、憎悪に歪んだような顔色の悪いものだった。わずか数日で別人かと見まがうほどに人相が変わるとは思えなかった。

「これは、何だい?」

 ラウの話に興味を示さずに、机の上に置かれたお宝を熱心に調べていたリュードが、声を掛けた。

 古びた革を外側に張った小さな木箱を、リュードがひねくり回している。それほど大きな箱ではない。長辺が二尺、短辺が六寸と八寸といったところか。

 腰帯に結びつけるための金具が付いているところを見ると、ちょっとした品物を納める小道具入れにも見える。

「連中が拾ったお宝が入っていた宝箱ですが……ついでに、買い取った代物でね」

 ラウが微笑んだ。

 リュードが、宝箱の蓋を開けて興味深く内部を調べている。

「これ買いません? 安くしとくよ」

 何を思ったか、ラウがその宝箱の売却を持ちかけてきた。リュードが、驚いた顔で宝箱からラウに視線を移した。

「これ、かなりの年代物だぜ……安くは無理だろ?」

 ラウが商人の顔で笑った。

「不吉な臭いがしてまして……売っていいのやら悪いのやら、悩みの種になってました」

「なるほど、不吉な分だけ値引きしてくれんのか」

 リュードが苦笑した。

「方術士なら、何とか不吉を洗い流せるんじゃないかってね」

「よく言うよ」

 ぼやきながらも、リュードが懐から銀貨を何枚か取り出した。

 白骨死体と一緒に朽ち果てていた宝箱、と由来を聞いただけでサキは寒気が走る。サキはオバケ嫌いのくせに、何かの怨念でも残っていたらとつい考えてしまう。

「ちょっと、リュード!

 こんな不吉なもん、買い取るの?」

 不安になったサキが、リュードの脇腹を肘で小突いた。

「うん、占いの商売道具を仕舞うのにちょうどいい大きさだからな。見掛けも古めいてて、如何にもご利益がある占いに見せ掛けられると思わないかい?」

「イカサマ占いに、ご利益も何もあったものじゃないわ!」

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