ACT14 宝箱の秘密
サキが、リシャムード邸を訪れるのは二度目だった。
オバケ嫌いのサキの中では、"幽霊屋敷"と呼んだ方がしっくりくる妖しい屋敷だった。
二ヶ月前に約定を受け継いだサキは、魔除札を現場に残す盗賊の行方を追う成り行きで、無住となっていたリシャムード邸を訪れたのが最初だった。
そして、そこで見たのは伝説のレオナ・リシャムード姫が残した王都レグノリアの未来絵図だった。それは、王都を霊力で守護しようとして、都に魔法陣を組み込んだものだった。この王都の主要な建物や道は全て一つの法則に従って造られている。都市全体の構成が、巨大な魔法陣になっている。
サキが受け継いだのは、天狼の約定とレオナ姫の愛刀だけでなく、そのレオナ姫の果たせなかった王都の平和を実現することだった。
だが、サキのオバケ嫌いは筋金入りだった。
自分の愛刀の元の持ち主でもあり、遠縁のレオナ姫の住んでいた屋敷とは言え、サキはこの屋敷にうごめく姿のない気配だけは苦手だった。
「宝箱を調べるんなら、老虎でも良くない? あたし、あそこが苦手なの」
リシャムード邸に向かう道すがら、サキはリュードに文句を並べていた。リシャムード邸は深い森の中にある。人気のない森の小径をたどりながら、リュードの後を追うサキの機嫌が悪い。
森を抜けた途端、リシャムード邸がサキの目の前に姿を現した。
「ほらぁ! やっぱり、何かいるわよ!」
鉄格子の正門の奥に見える大きな邸宅は、黒い石組みの大きな二階建ての屋敷だった。屋敷の奥に拡がる庭園の広さは見当も付かない。
霊力がないサキには見えないが、明らかにこの屋敷に妖しげな気配がうごめいているのだけはわかる。サキが大嫌いなオバケが住み暮らす、本物の"幽霊屋敷"だった。
その妖しい気配の正体は、あちこちで悪さをする精霊やら妖魔を代々のリシャムード家の当主が捕まえてきて、人様の迷惑にならないようにこの屋敷に封印しているものだという。
その屋敷の管理を任されたリュードは、精霊だろうが妖魔だろうが全く平気だった。
「老虎へ戻る途中に、この屋敷があるからなぁ」
「だから、苦手だって言ってるでしょ!」
「まぁ、陽のあるうちは大丈夫だよ」
リュードが、鋼の格子になった門を押し開いた。
微かなきしみを立てて、門扉が開いた。
リュードが振り向き、大げさな仕草で屋敷を示した。
「"幽霊屋敷"にようこそ!」
「リュードの馬鹿!」
悪態をついて、腹をくくったサキはリュードに続いて門内に足を踏み入れた。
「あら? 思ったより綺麗になってるわね」
リシャムード邸の門をくぐったサキは、荒れ果てた庭園を見回した。
初めて訪れた時には、もっと荒れ果てていた記憶がある。
雑草で覆われかろうじて小径とわかった足元の部分も、今は雑草が取り除かれて白い小石が敷き詰められている。
「片付けるの、大変だったんじゃない?」
サキが、傍らのリュードを見た。これだけ広い荒れ果てた庭園をリュード一人で片付けるのはかなりの手間だったはずだ。
ゼノン・リシャムードの娘シーナからこの屋敷の管理を任されて以来、リュードはここに住み暮らしている。
「いいや……俺は、別に何もしてないからなぁ」
リュードが苦笑する。
サキがここへ初めて来た時には枯れていた池も満々と水をたたえ、魔物を模した石像の口から水が流れている。
サキの肩から、子猫が飛び降りた。
白骨の馬を連想させる石像の足元に子猫が寄り、頭を石像の脚にすりつける。確かに、ロムが言った通り、レオナ姫が愛馬代わりに騎乗したと伝えられる一角獣の姿を模した物らしく、頭部には白い角が生えている。
「また、嘘ばっかり……前に来た時は、荒れ放題で本物の幽霊屋敷だったわよ」
万事において物ぐさのリュードだから、ぼやきの一つでもあるかと思ったが、リュードの答えは意外なものだった。
リュードが、イタズラっぽい顔でサキを見た。
「まぁ、何もしてないって言ったら嘘にはなるがねぇ」
「ほらぁ」
「呪符を焼いた」
「はぁ?」
奇妙な言葉に、サキは思わずリュードを見つめた。
リュードの方術は、サキの知っている限り仕掛けのあるイカサマばかりだった。超常現象に見えていても、馬鹿馬鹿しい程簡単な仕掛けで、霊力や魔力がなくても誰にでも使えるものばかりだった。
だが時々、リュードはサキが理解できないような真似もする。
子猫を巡り魔道士と衝突したサキを救ったのも、リュードが投げた護符だった。だが、突然目の前で護符が燃え上がったりしたのはサキの認識の範囲を超えている。
「方術じゃ、鬼神を使役する術って言うんだけどな。護符って言うか、呪符を紙に書いて燃やしながら、『我は、この屋敷の主人に成り代わりて今しばらくここに住む者なり、この屋敷に棲む精霊達は屋敷の主人が戻ってくるまでに屋敷を磨け』って祈ったのさ」
「何よ、それ」
サキは、嫌な予感を覚えた。
この屋敷の敷地に漂う妖しい気配は、以前と変わらない。
霊力のないサキにはその姿こそ見えないが、その妖しい気配の存在は鈍いサキにさえはっきりとわかる。
「呪符を焼いて、その晩は酒を飲んで寝たら、朝には雑草が消えて屋敷の中も埃が消えてた」
「!」
サキは、言葉にならない悲鳴をあげて、リュードの背中を引っぱたいた。
「リュードの、馬鹿ぁあっ! あたしが、オバケ嫌いって知ってんでしょっ!」
リュードの楽しげな笑い声が、庭園に流れる。
「リュードの嘘つき! どーせ、またあたしを怖がらそうとしてんでしょ!」
サキは、リュードの背中をにらんだ。
(どうせ、またいつもの嘘に決まってんだから!)
サキは、脳裏に一瞬浮かんだ光景を打ち消そうとした。
夜中に、庭の石像が動き出して屋敷の庭園の草むしりをしている姿なんかを目撃したら、サキだったら悲鳴をあげて座り込む。
苔むした異形の石像を見上げ、子猫が鳴いた。子猫は、庭園の各所に置かれた彫像を見回ってうろうろと歩き回る。
屋敷を外から見上げ、子猫が甲高い声で鳴いた。
頭上を振り仰ぐと、屋敷の屋根や石の柱にくっついた蝙蝠の羽を持つ子鬼達の石像がそこにいた。
「チビぃ……何してんのよぉ」
子猫の首根っこを、サキがたまりかねて摘まみ上げた。
「猫は霊性が高いからなぁ……うちの精霊共に、挨拶してんのさ」
「ちょっとぉ! やめてよぉ!」
サキが、リュードをにらんだ。
オバケ嫌いのサキにとって、この屋敷の敷地にうごめく気配はたまったものではない。霊力が皆無で神官の適正のないサキにでも、この屋敷に潜む何物かの気配ははっきりとわかる。
この屋敷には、両手両足指の数よりも多い数の異形の何かがいる。
「あたし、オバケが駄目なんだからぁ!」
子猫の方は、そんな気配も平気な様子だった。
屋敷に足を踏み入れた途端、子猫が再びサキの肩から飛び降りてあちこちをのぞき回り始めた。
ホールの暖炉の両脇にある青銅の甲冑や、奇妙な彫像の足元を嗅いだり、暖炉の上に飛び乗ったりするのをサキは呆れて眺めていた。
「物怖じしないっていうのか、無礼っていうか……この屋敷の本当の御主人に見られたら、絶対に怒られるわよ!」
サキが、子猫に文句を言った途端、子猫が駆け出した。
「ちょっと、お待ちったら!」
子猫が、屋敷の中を突っ走るのに、サキが声を上げた。
「人様のお屋敷で何してんのよ!」
人様の屋敷、どころか伝説のレオナ姫が居住した因縁の屋敷だった。こんなところで粗相されては、レオナ姫に申し訳が立たない。
サキが慌てて子猫を追う。屋敷の螺旋階段を駆け上り、子猫が二階へ昇ってゆく。
「ここは?」
子猫が、一つの部屋の前で立ち止まって鳴いている。
「この部屋に入れてくれって?」
リュードが、懐から鍵束を出して、錠前に差し込んだ。
そっと扉に手を掛けた。
木の扉がきしみを立てて開いた途端、子猫が扉の隙間から中に滑り込んだ。
窓の明かりが差し込んだ明るい広い部屋だった。
子猫が、周囲を見回し長い声で鳴いた。
わずかばかりの調度品が壁の片隅に寄せられているせいか、実際よりも広く感じられる。
寝台と、姿見の鏡がある他は小さな書き物机と衣装棚があるだけだった。どことなく調度類の少なさは、サキの私室に似ている。
「この部屋は?」
「まぁ、こいつを見れば部屋の主は一目瞭然だがねぇ」
リュードが、寝台の脇の壁を示した。
そこには、壁に打ち付けられた頑丈な刀架があった。
「まさか……この部屋って……」
「恐らくは、レオナ姫の私室」
リュードが呟いた。
サキは、寝台の刀架に向けて無言で一礼した。
サキの愛刀は、百年近く前にレオナ姫が使っていたものだった。ここにあった弯刀が、サキの愛刀になった事を考えるとサキも不思議な縁を感じざるを得ない。夢の中の影法師としてしかレオナ姫を見ることはないが、この部屋がレオナ姫が使っていた部屋だと聞くとサキも厳粛な気持ちになる。
「お前にも、レオナ姫の事がわかるのかい?」
サキは、部屋の主を探すかのように盛んに鳴いている子猫を摘まみ上げた。
「さぁ、下に戻るわよ」
リシャムード邸は、サキの自宅よりもはるかに広い。
往年のリシャムード一族が華やかだった時代には、家族のみならず家来や使用人達も一緒に住み暮らしていたのだろう。ちょっとした城を思わせる規模の格式と備えを持った、古い屋敷だった。
大広間の調度は、黒を基調とした落ち着いたものだった。決して豪華ではないが、巨大なテーブルも椅子も燭台も、全ての調度が歴史を感じさせる古風なものだった。
大きな窓から入る午後の日差しで、大広間は明るい。
「この箱が、気になってね」
リュードが、入手した宝箱をテーブルに置いた。
革張りの小さな箱だった。見たところ普通の箱だが、それにしては少し重い。
「お宝を箱から出したのに、妙に重いんだ」
指先で、箱の底の中央辺りを支えてみせる。
外見は左右均等に見えても、天秤のように指で均衡を取ろうとすると片側に傾く。
「どういうことよ?」
「こういうのは、案外珍しい細工物でね……二重底だったりするのがたまにあるのさ」
リュードは、こういった細工に詳しい。
自分の占いの小道具も二重底だったりの細工を施しているくらいだから、すぐに二重底の存在に気が付いたのだろう。
「まぁ、一品物の細工物だから、持ち主以外に開け方はわからんけどね……もったいないが、分解してみるかなぁ?」
リュードが、耳元で宝箱を振ってみた。
「何か音がするかと思ったが……残念。
だけど、底が一寸ばかり上げ底になってるのは確かだな」
宝箱を手で捧げ持ち、重さや寸法を細かく調べ始めた。
「俺が見た中で、一番手の込んだ細工は……宝箱の中に、ゴミみたいな安値のお宝を仕舞った宝箱でね。
実は、宝箱の補強の金具が純金で造ってあった代物だけどね。
この箱の中身を見た時に……それをふっと思い出したんだ」
「箱の方が価値がある、ってこと?」
「中に入ってたのは、銀塊がいくつかと、大して珍しくもない宝玉……もし盗人に狙われたとしても、肝心のお宝に気が付かれないような工夫だよ」
リュードが、箱のあちこちに触れて指先でがたつきを探っている。
「あの店の主人も、この箱の秘密に気が付いていたはずさ……だから、こっちに安値で譲ってくれたんだ」
「どうして?」
「姫さんの首飾り」
「えっ、約定の証?」
サキは、自分の喉元の首飾りに手を触れた。
「あの親父は、強欲で食わせ者だが、この手の品物を鑑定させたら眼は確かだ……うまくやれば高値で売れるのを知りつつ、腹芸でこっちに売るって形で、安値で提供してくれたんだよ」
「ラウを知ってるの?」
「同じ天狼だからな」
宝箱には、いくつかの飾り鋲があった。宝箱を形作るための鋲と違い、飾りのようで、意味のないところに鋲が打ち込まれている。
「こっちの鋲は動く……がたついてるのかと思ったら、この鋲は飾りだなぁ。別にこの鋲がなくても箱は困らん……かといって、飾りが中にある理由がわからん」
リュードは、独り言を呟きながらしばらく箱をいじっている。
「押すのか、引くのか……上下左右に動くのか……」
リュードが箱をいじっているうちに、いくつかの鋲が連動して動くことに気が付いた。
「おっ?」
カチリ、と小さな音を立て、箱の底が開いた。
「やはり、二重底か」
リュードが、宝箱を机上に置いた。
微かに、底板が浮いている。
「珍しい細工物さ……俺の占い道具も、二重底だったりしてるぜ」
「それで気が付いたのね……中に入っているのは何?」
底板をどけると、そこには油紙に包まれた薄い包みがあった。
包みを開くと、一冊の帳面が残されていた。
羊皮紙を綴じた小さな手稿だった。開くと、そこには小さな文字がびっしりと書き込まれている。そして、その手稿に挟まれていた一枚の地図があった。
「王都レグノリア近辺の絵地図だ……自分で調べて描いたのかな」
折りたたまれていた地図をそっと拡げながら、リュードが呟いた。
それは、ヴァンダール王家の版図をほぼ網羅した絵地図だった。主要な街道や、都市が正確に記されている。
「なんだろ、この線は?」
サキが、地図に記されたいくつもの線に気が付いた。
実線や、点線を使い分け、方位との誤差の数値があちこちに記入されている。そして、その多くの線は王都レグノリアの近くで交差している。
「この線が意味することは……なんとなくはわかるがねぇ」
リュードが、小さく首を横に振った。
「まぁ、細かい謎解きは後回しにして、この手稿は何が書いてあるんだかね」
地図を横に置き、リュードが手稿を開いた。
「こりゃ、読むのに骨が折れるなぁ」
手稿を開いた途端に、リュードが顔をしかめた。
「何よそれ……って、うわぁ、古語ばかりじゃないの」
傍らから手稿をのぞき込んだサキも、顔をしかめた。几帳面な細かな文字がぎっしりと並んでいる。
「これは、また異国の言葉と古語混じりだなぁ……判読に手間が掛かりそうだ」
リュードは、宝箱に手稿と地図を戻した。
「わざわざ、カラクリ細工の二重底に隠したんだ……持ち主には、それだけの価値があったはずだ」
リュードが、宝箱を手にして立ち上がった。
「シェル姐さんに手伝ってもらうか……老虎で判読してみるよ」
「だったら、最初から老虎で良かったんじゃん!」
サキの抗議に、リュードが苦笑した。
「こいつが不吉な代物だったら、ここに閉じ込めておく方が安全だからなぁ」
「だからぁ! 脅かさないでよ!」
サキは、幽霊屋敷から出るのは大歓迎だった。そそくさと立ち上がる。こんな得体の知れない何かの気配の中では、どうも落ち着かない。
だが、子猫はそうでもない様子だった。十年も前からこの屋敷に暮らしてたかのようにくつろいでいる。
「チビ! お家に帰るわよ!」
サキは、名残惜しげに鳴く子猫を摘まみ上げ、懐に入れて門の外へ出た。




