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魔法使いを助けろ!


 時をさかのぼることしばし。


 山奥では、山くじら退治が大々的におこなわれていた。

 なにしろ相手が巨大なので、大変である。標的がちょっと移動するだけではるか遠くへ行ってしまう。

 そのため幾チームもが同時にかかり、あるいは待ち伏せて追い込み、また別の場所で戦いが繰り広げられる。追いかけっこはなかなか埒が明かなかった。


 そこへハルムスタッドの街から伝書玉が届いた。

 目指す相手に短いメッセージを届けるだけの、ごく初歩的な魔術である。


「なんだって!? 海坊主!?」


 山狩り中の一同に緊張が走った。

 山くじらが山の災害級なら、海坊主は海の災害級。それがハルムスタッドに近づいているという。

 しかし、そこにはいまF級の冒険者しかいない。

 今さら山狩りをやめるわけにはいかないが、かと言って海坊主を放置もできない。


 さらに続報の伝書玉が飛んできた。魔法使いニーナと仲間たちが海に向かっていると。


「ばかな!?」


 それを知った一部の者が激しく動揺した。


「山狩りは中止だ! 街に戻るぞ」


 最初に言い出したのはベッティルだった。彼は自分のパーティに、戦線の離脱を伝えた。が、仲間たちに止められる。


「待て。今ここを離れるわけにはいかない」

「そうだ。手負いの山くじらを放置はできない」


 中途半端にやめれば、手負いの魔物が残るだけだ。それでは事態がさらに悪化する。せっかく追い込んだ獲物を取り逃がすばかりか、傷を負って凶暴化し、さらにやっかいなことになる。


「何を言ってる? 街には今一般市民と初級の冒険者しかいないんだ。おけたちが助けにいかなくてどうする!?」


 ベッティルの剣幕に気圧されながらも、パーティメンバーも一理あることを認めた。海坊主が通った後にはなにも残らないと言われている。手を打たないとハルムスタッドの街が消えてしまう。


「おれもベッティルに賛成だ」

「そうですね。一刻を争います」


 続いて手を上げたのはビャルネとアヴェーネだ。

 かれらの思いは同じだった。


(ニーナを助けないと)


「待て。気持ちはわかるが、このまま山くじらを放置したら大変なことになる」

「ならばチームをふたつに分ければよかろう」


 そう言いだしたのはアルベルフトだった。

 冒険者を一時休業中のアルベルフトだったが、今回大物の狩り出しということで声がかかり、参加していたのだ。


「ここにはたくさんの上級冒険者がいる。中級の者が何人か抜けても問題はあるまい?」

「しかし……」

「先輩方の腕を信頼して言っているのだ。頼りにしておるぞ?」


 下の等級の者にこう言われては断りずらい。みな面子というものがある。


(言うねえ、お貴族さまは) 


 内心おかしさを堪えながら、ネブレクが口を挟んだ。


「よし、話は決まりだな。ハルムスタッドの街に戦力の一部を戻そう。急を要する。誰か転移の魔術を使える奴はいないか?」


 話の流れが変わらないうちに話をまとめてしまおうと思ったが、意に反して誰も手を上げる者がいない。

 目的の場所に一瞬にして移動できる【転移】の魔術。やや高等な魔術だが、上級の魔術師ならできないことはない。

 だがいくつか制約がある。まず、術者が行ったことのある場所でないと跳べない。しかし今ここにいる者はみなハルムスタッドの街に一度は行ったことがある者たちばかりだ。その点は何も問題ない。

 次に、転移できる人数の問題だ。自分ひとりなら何とかなっても、他人、それも多人数を一度に跳ばすとなれば、難易度は跳ね上がる。


 今、ハルムスタッドに戻ると表明している者は十数名。それをいっぺんに運べる、上級の魔術師。

 それがここには、ひとりだけいた。


「あんたなら出来るだろう、グンナル?」


 ネブレクが声をかけたのは、A級の魔術師、グンナルだった。


 正確にいうと、彼は今回の討伐に「参加」してはいない。現場を監督する者というのが名分。あとは自分の興味で現場に居合わせていた。


「なぜわたしに言うのだ? わたしはここで魔術を使う義理はない」

「それはもっともだが、おれは、いやおれたちは友人を救いたい。力を貸してくれないか?」

「あの魔法使いか……」


 グンナルは押し黙った。


 実のところ彼が再びこの地を訪れたのは、興味本位というところが大きかった。魔法使いを名乗る不思議な女。あれは世界を滅ぼすと伝えられる魔女に連なる者ではないのか。

 その疑念が消えず、ずっと気になっていたのだ。


 あれの素性が何か知れれば、と思ったのだが、その人物は今ここにはおらず、はるか遠く離れた場所で別の厄介ごとに巻き込まれているという。


「このわたしに魔術の行使を依頼するとはどういうことか、わかっているのか?」

「わかっている。無理は承知のうえだ。頼む」


 本来なら、A級魔術師に「依頼」するだけで報酬のやり取りが発生する。上級とはそういう存在だ。魔術師はただの道具ではない。

 だからネブレクの頼みは筋違いだ。それでもネブレクは頼み込んだ。


「何故だ? 何故あの魔法使いに肩入れする?」

「友だちを助けるのに理由が要るか? 今ニーナがひとりで戦っている。たった一人で、だ。あいつのことだ、どうせ無茶してるんだろう。だから行ってやらなくちゃならない」

「あれは世界を滅ぼす存在かも知れぬのだぞ」

「知るか! たとえあいつが世界を滅ぼした後だって、おれは助けに行く。そのくらいできなくて、友人と言えるか! あんたの力は何のためにあるんだ?」


 にらみ合うふたり。

 魔女を敵視する魔術師。

 友人を助けたい冒険者。


 ふたりの立場は、ひとりの魔法使いをめぐってぶつかり合う。


「大丈夫だ、魔術師どの」


 そのとき、間に入ったのはアルベルフトだった。


「ぼくはニーナにいろいろ教えてもらったが、世界の滅ぼし方は教わっていない。だから大丈夫だ」

「違いない。そんなことを言ったらニーナに叱られる。『わたしは魔法使い!』って言うのと同じ勢いでな」


 ベッティルの言葉に、その通りだとみなひとしきり笑う。

 その様子をグンナルは黙って見ていた。


「もし報酬が必要というなら、ぼくが出そう。それなら文句なかろう? いかほどあればいい?」

「……報酬の問題ではない」


 グンナルは魔術師の杖を掲げた。


「飛ばされたい奴はそこに集まれ。ぐずぐずするな」



 ◇



「というわけで、あんたを助けるために最優の魔術師まで向こうに回して駆けつけたんだ。感謝しろよ」

「う、うるさい!」


 わたしは混乱していた。とても混乱していて、なんて言っていいのかわからない。


 そんな雲の上の人に目を付けられていたなんて。

 思い当たる節がないだけに、よけいに怖い。どうしたらいいのかわからない。ぷるぷる、わたし、わるいまほうつかいじゃないよ。


 でもそんなことより。

 仲間たちが集まってくれた。わたしなんかのために。

 まったく想像すらしていなかったのでびっくりして、次いでそれが嬉しくて。

 口を開いたら思わず泣いちゃいそうで、わたしはどうしたらいいのかわからなかった。


「おまえはちょっと休んでろ。嬢ちゃん、こいつに回復を頼む」

「はい。まかされました」


 ネブレクににっこりと答えたのはミラだ。あなたまでここに来ていたなんて。


「よし、野郎ども! この意気地なしな魔法使いが立ち直るまで、少し気張るぞ!」

「「「おう!」」」


 ネブレクを始めとして、ベッティル、ビャルネ、アヴェーネ、アルベルフト、ギリアテ、ウルリク、ミラ。それに彼らの今のパーティメンバー。

 加えて今の仲間、ペリトとルネー。みんなが一斉に海坊主に向かっていく。


「ニーナさん、今のうちに回復しますね」

「ありがとう、ミラ。でも今のわたしじゃ……」

「大丈夫、あたしはニーナさんの手ほどきを受けたんですよ。すぐに元に戻して見せます」


 シャン! と杖の環を鳴らして、ミラが詠唱を始める。それは【回復】の魔術ではなかった。

 わたしがやるような、魔力の流れを作って集める魔法。自分を通した魔力の流れを、ミラはわたしに向けた。


「はうっ!」


 膨大な量の魔力が、ミラを通して流れ込んでくるのがわかる。身体が熱い。

 わたしは歯を食いしばった。気を抜いたら身体が弾けてしまいそう。


 でもミラ、すごいよ。わたし、大して教えてもいないのに、こんなことが出来るようになってるなんて。きっと一人でいっぱい練習したんだね。


「どうですか? だいぶ戻ったと思いますけど」

「うん」


 ミラに支えられて、わたしはゆっくりと立ち上がった。確かめるように手を握って、ひらく。


「……うん、戻ってる。ミラ、すごいわ」

「えへへ。ニーナさんの教えですよ」


 はにかんで笑うミラは、相変わらず可愛らしいし、言うこともいじらしい。男じゃないわたしでもきゅんとしてしまう。ナチュラルに男心をわしづかみにする、もはやこれは一種のスキルよね。


「なんて、ときめくのは後回しにして、と」


 わたしは再び呪符を構えた。いける。まだ戦える。


 男たちを見る。果敢に海坊主に挑み、足止めしていた。

 大木どころじゃない、歩く巨大建造物。それを相手に一歩も退かない。その心意気に応えなきゃ。





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