あなたの隣で
フランツとアダムが去り、近衛兵たちも外に出て扉が閉められた直後、シルヴィアは腕を引かれてセシルの腕の中に抱き寄せられていた。
セシルの大腿の上に座るような格好になって、気恥ずかしくなる。
「ちょっと……」
上半身を押して抵抗するが、このような振る舞いをしておきながらセシルは思いのほか真面目な面持ちをしていて、シルヴィアは思わず口をつぐんだ。
「フランツはああ言ったが、まあ夢物語だな。緊張関係は当分続くだろう」
「……ええ、そうね」
「オスカーの部隊には、しばらくカルヴァリースに駐留してもらおうと思う」
「兵力が十分に整うまでは、それが良いでしょうね」
「この十年で疲弊した国力を、急いで回復させなければいけないな」
深い息をついたセシルに、シルヴィアは決意をこめたまなざしを向けた。
「もしも戦いになったら、私も行くわ」
そう言うと、硬い表情をしていたセシルは、途端に困ったような笑みをつくった。
「ありがたいけど、さすがに連れてはいけない」
「……今更、待っているだけなんてできると思う?」
もう何年も、一緒に戦ってきたのに。たとえ実際に剣を取ることはもうないとしても、側から離れたくはない。
そう思っていたのだが、セシルはくすりと笑った。
「でも君には、他に頼みたいことがあるし」
「……何?」
「子供が欲しいな、たくさん」
「こ――」
突然の宣言に、シルヴィアは思わず言葉を失う。
しかしシルヴィアはすぐに冷静に考える。後継者を産み、育てること。それはセシルの伴侶となるものに、求められて当然のことだ。
「それは確かに、大切な責務ね……」
「……そうじゃなくて」
セシルはやれやれとため息をついた。
「責任とか役目とかそう言うことじゃない。俺はただ、君に俺の子供を産んで欲しいんだ」
「…………」
「夫婦になって、親になって、家族として一緒に過ごしていきたい」
セシルの気持ちを理解して、シルヴィアの心は震えていた。家族という言葉が胸に響いて、涙が出そうになった。
「……それって、とても素敵なことね」
はにかんだような笑顔になると、セシルはシルヴィアとの距離を詰めた。
鼻と鼻が触れあうくらい近くなって、セシルは意味ありげに口の端を上げる。
「そのためにも、君と愛し合う必要がある」
熱をはらんだセシルのまなざしに、シルヴィアはぞくりとした。セシルは男の目をしていた。こうして見つめられることが、こんなにも甘やかなものだとは知らなかった。
シルヴィアの反応を見てセシルは、ほほえみをいっそう艶やかにした。
「今、少し赤くなった」
「…………」
「手の甲にキスをしたときは、眉ひとつ動かさなかったのに」
「……からかわないで」
体を離してじろりとにらんだのだが、自分でも頬が紅潮しているのは分かった。セシルはうれしそうに笑うばかりだ。
それからセシルはふっと真面目な顔をして、シルヴィアの片手を取った。
「……シルヴィア、この先どんなことがあっても、ずっと一緒にいて欲しい。どれだけ困難なことがあっても、君となら乗り越えられる」
どんなに正当化しても、復讐の結末が幸福ばかりであるはずはない。困難は続くだろう。その度に痛みを感じても、こうしてつないだ手を強く握りあえばいい。
「どんなときでも、あなたの隣には私がいるわ」
セシルの気持ちに寄り添うように、シルヴィアは答えた。
するとセシルは目を閉じて、心からの祈りを捧げるように言ったのだ。
「愛してる、シルヴィア」
その言葉は、シルヴィアの胸の中にすとんと落ちた。
フランツのときには恋じゃないと言い聞かせた。セシルの気持ちを知った後は自分の気持ちをどう呼べばいいのか分からなかった。
今になってシルヴィアは思う。彼のために人生を捧げ、どんなときでも共に歩んでいきたいと心に芽生えたこの気持ちは、愛と呼んでもいいのかもしれない。
それに気づいたら、言葉が自然とこぼれていた。
「私も愛してる」
するとセシルは驚いたように目を見開く。それから、見ているこちらが泣きたくなるくらい美しいほほえみを浮かべた。
腰を引き寄せられ、セシルの顔が傾きがちにシルヴィアに近づいてくる。それを受け入れるようにシルヴィアが瞳を閉じれば、待っていたのは目もくらむような情熱的なキスだった。
何度も口づけを交わしながら、二人の指と指が絡み合う。シルヴィアは確かめるようにしっかりとその手を握りしめた。
どうかこの先も離れることがないようにと、願って。
(THE END)