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学生から「人が死んでいる」との通報を受けた勝占警部は、いち早く現場に駆けつけていた。そのあと、校内にいた刑事や警察官が続々と到着する。応援を呼ぶまでもないほど、この日の校内には警察関係者が蔓延っていた。
死体があったのは、機械棟の南側の校舎、建設棟一階の「器材室」だった。
八畳一間ほどの広さの部屋に、建設科の学生が測量実習などで使う器材が所狭しと置かれている。そのほとんどは壁に沿うようにして置かれていたので、部屋の中央には空間が出来上がっていた。その何もない床に、死体は倒れていたのである。
「またコロシか……」動かない男子学生の躰の側に腰を下ろしながら、警部は抑揚のない声で呟いた。死体の周りでは、既に鑑識官が現場の調査を行っている。「まだ綺麗な状態なのが、せめてもの救いだな」
「首に、絞められたあとがありますね」警部の隣にいる若い刑事、森が言った。「腕で……後ろから羽交い絞めにされたような跡ですね」
「死斑の状態から見ると、死後半日から一日くらいか……」勝占警部は、死体の観察を続けている。「詳しくは検死に回さないと解らんが……」
「でも、それはつまり、昨日はこの学校で二つの殺人が起こった、と……そういうことですね?」
「そうなるかもしれん。それで? ガイシャの身元は判ったのか?」
「ええ。携帯していた学生証によると、七條駿という学生のようですね。顔の特徴も一致していますし、まず間違いないと思われます」
「なら、クラス担任と家族に電話をしておけ」勝占警部は、ゆっくりと立ち上がり、溜め息をつく。「……今は、鑑識の連中に任せておくしかない」
勝占と森は、器材室から出た。器材室の前の廊下には、学生による人だかりができていた。廊下には立入禁止のテープが張られている。その側に警官が立ち並び、学生の群れはその立入禁止区域外にできていた。
「伯父さん!」
その学生の群れから、一人の男子学生が飛び出してくる。警部の甥である勝占理玖だった。彼は、立入禁止のテープのすぐ手前まで出てきていた。
「また死体が見つかったって……」
「あぁ、そうだが……」警部は、口を歪ませる。「これ以上は入ってくるなよ。今は、警察関係者以外立ち入り禁止だ」
「それは分かってます」
「私たちは忙しいんだ……」勝占警部は、黄色のテープをくぐりながら言う。「昨日の件でさえまだ片してないのに、こうも連続されると……」
「さっきのも、殺人ですか?」
「……おそらく、な。ガイシャには、首を絞められた跡が残っていた。だが、絞殺かどうかはまだ断定できない。……そんなことより、捜査の邪魔になるから、お前たちは元の場所へ帰りなさい」
「あの……」理玖の後ろにいた楓馬が声をかける。「七條が……殺されたんですか?」
「えっと、鎗戸君……だったか。君は、七條駿の友人?」
「え、えぇ……、そうです……」
「そうか……」勝占は、急に神妙な顔つきになる。「……残念だったな。だが、あとは警察に任せなさい」
そう言い残して、刑事たちは二人の前から去った。今のところ、死体は七條で間違いないらしい。
「昨日……見ないと思ってたら……殺されてたのか……」楓馬は、呆然とする。
「そういえば、昨日もそんな話をしてたよね」
「まさか、殺されてたなんて……」
「これで、殺人事件が二つ、校内で起きたってことかな」
「なんか、俺……、怖くなってきたよ。次に殺されるのは俺なんじゃないか、って……」
「ここでは大丈夫だよ。でも、家に帰ったら背後に注意しなよ」
「え? なんで家?」
「それは説明する必要なんてない。教室に戻ろう、片づけはまだ終わってないから」
理玖と楓馬は、その場で回れ右をして、元来た道を辿り始めた。建設棟を出ると、機械棟へと続くコンクリートの地面を進んだ。校舎の陰に残っていた水溜まりは、まだ完全には乾ききっていなかった。
「でもさぁ……、誰がこんなことをしたんだろう?」
スタスタと歩く理玖に追いついてから、楓馬はそう口にした。
「誰かがやったんだろうね」理玖は、無機質な口調で答えた。「全知全能、天地創造の神じゃないし、俺にはそんなこと分からない」
「あっ……」楓馬は〇・二秒だけ立ち止まった。「そういえば、平島はどうなるんだろ?」
「平島?」訊き返しながら、理玖は脳内で「平島さん」を検索する。
「ほら、七條の彼女だよ」
「あぁ……そういえば、そうだったね」
「彼氏が殺されたんだもんなぁー……」
「その事実って、もう知ってるのかな」
「知らぬが仏って、こういうのを言うのかねぇ」
「でも、いずれは耳に入る」
「なんか可哀想……。絶対、悲しむよねぇ」
「そりゃ、好きな人が死んだのなら、誰だって悲しむよ。それが、恋人であれアイドルであれ、……二次元のキャラであれ、ね」
機械棟に入り、三階へ上がるための階段に差し掛かった辺りで、二人は足を止めた。
「ねぇ、なんか騒がしいけど……、一体何?」
「あっ……」
噂をすればなんとやら。目の前に平島琴葉が現れたのである。絶妙なタイミングというか、不運にもなのか、奇跡的になのかどうかは不明だが、現れてしまったのだ。
「どうしたの? 何かあったの?」ゆるくうねらせた髪をいじりながら、彼女が訊いてくる。
「え? えぇっと、あの……、何て言えばいいんだろう……」
楓馬は、慌てたように理玖に視線を送る。理玖は、ゆっくりと瞬きをして見せた。
「じゃあ……お、落ち着いて、き、聞いてくれよな」
「……? 鎗戸君のほうが落ち着いてない気がするんだけど……」平島は、軽く眉を寄せた。
楓馬は少しだけ息をつくと、視線が定まらないまま、口を開く。
「し、七條が……、死んで……たんだ」
四秒の間を置いて、平島の唇が開いた。
「――え?」
「う、うん。そこの器材室で、……死んでたらしい」
「……う……嘘……、だよね?」
「本当だよ。俺がこの目で見たわけじゃないけど、刑事さんは七條だ、って……」
「嘘! なんで……」
みるみるうちに、平島の目尻に涙が溜まる。彼女は、両手で顔面を覆った。
「なんで……、なんで……」
すすり泣く彼女の頬に、大粒の雫が伝っているのが見えた。しかし、気の利いた言葉が思い浮かばない男二人は、どうしていいか分からず、ただ立ち尽くすだけだった。
彼ら二人が彼女を泣かせたようにも見えるこの状況、とてもまずい。
向かいから人が来ているのが見えたので、理玖は咄嗟に、「……とにかく、教室に戻ろうか」と言った。
「あ、あぁ……」
楓馬は小刻みに首を振ったが、依然、平島は泣き続けている。
「平島さん? 大丈夫?」理玖は、できる限り優しい声で彼女に声を掛けた。「教室まで戻ろう」
「…………」
間を置いてから、平島はうつむいたまま小さく頷いた。
それを確認すると、彼らはゆっくりと歩きだした。




