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アセンブル・ロジック ~高専祭殺人事件~  作者: 森鷹志
《第2章》 露呈する惨状
13/36

 数分して、サイレン音が聞こえてきた。音の大きさと方向から察するに、校門辺りに差し掛かっているのだろう。


「あ……来たみたい」楓馬は、スマートフォンに注いでいた視線を上げる。

「そうみたいだね」


 これから、警察官たちがここに来るはずだ。幸いにも、トイレの中で起こった事件を知っているのは理玖と楓馬、連絡を受けた教員たちのみで、校内で混乱は起きていない。だから、サイレン音が校内に入ってきているのを聞いた学生たちは、何があったのか、と眉をひそめていることだろう。殺人が起こったことなどつゆ知らず……。


「事情聴取とかされるんだろうなぁ……」

「そりゃね。そこで逃げたら怪しまれるだろうし、逮捕不可避だろう」

「うっはぁ……めんどくさ……」楓馬は肩を落として、重い溜め息を吐く。

「たしかに、面倒事になっちゃったな……」

「何言ってるん。面倒なのはこっちだよー?」


 突然の声。

 それが発せられた方向に視線を動かすと、シャツの袖をまくった緋香里がそこに立っていた。


「あ、緋香里……」理玖は眉を上げた。「どうしたの?」

「それは僕が訊きたいことだよ? 早く帰ってきてって言ったのに、何してるん? 男二人で……こんなところで……」

「いや……」理玖は、本当のことを言おうか迷った。

「何? なんか、パトカーのサイレンみたいなのも聞こえてきてるし……それと関係あるん? 何かあったん?」

「あぁ……」どうせあとで発覚することなので、理玖は話すことに決めた。「実は、殺人事件があったんだ、この、トイレの中で」

「はぁ?」緋香里は口を大きく開ける。「『さつじん』って……あれだよね、人を殺すって書くやつ」

「うん」

「マジで? ホントに?」

「うん」

「――」緋香里は口をぽかんと開けたまま動かない。

「だから、警察が到着するまで、ここで待機してるってわけなんだよ」

「ふぅん……」緋香里は、眉間に少し皺を寄せた。「んー……、嘘には聞こえないけど……なんか信じがたいな……」

「ほ……、ほんとだよ」楓馬が口をきく。「お、俺、見ちゃったんだもん、……死体を」

「そろそろ警察も来るし、一緒にいたら面倒なことになるよ」理玖がそう忠告する。

「……なら、僕は教室まで帰るけど……」

「けど?」


 理玖が訊き返すと、緋香里は首を振った。


「ん、何でもない。僕帰るよ」

「うん。一段落したら、戻るから」

「ん……りょーかい」


 緋香里は、腑に落ちない顔をしながらも、踵を返して教室へ戻っていった。


「ま、にわかには信じがたいよね、殺人が起こったなんて」

「たしかに……、テレビとかドラマで見るとかしか、触れ合う機会がないもんなぁ……」


 それから三十秒も経たないうち、たくさんの足音が近づいてくるのを彼らは感じ取った。


「こっちです」


 男性教員を筆頭に、濃紺の服装に身を包んだ警官が数人やってくる。

 警察官は道端でしか見る機会がないので、こうも目の前にぞろぞろと現れると、恐怖に似た感情を覚えてしまう。硬直した表情の理玖と楓馬は、警官たちが問題のトイレに足を踏み入れていくのを眺めていた。

 廊下の方からは、


「なんだ?」「うわ、マジで警察だ」「なんかあったの?」という戸惑いの声が聞こえてくる。皆も異変に気付いているのだろう。さすがに、殺人が起こったとまでは思っていないだろうが。


 理玖たちがぼんやりとしていると、二人組の男性警察官が彼らの前に立った。二人とも、背が高い。


「発見した学生の方たちですね?」片方の警官が訊いてくる。


 理玖と楓馬が「はい」と頷くと、その警官は手招きをした。「簡単に話を聞きますので、こちらに」

 二人は、呼ばれるがまま廊下の隅へと歩く。

 警官と向かい合わせになると、さきほど声を掛けてきた警官がメモ帳とペンを取り出した。もう一人の警官は、口を結んで理玖たちを見つめている。警察官ということもあってか、眼光は鷲のように鋭く、身が縮むようだった。今なら、蛇に見込まれた蛙の気持ちが解る気がする、と理玖は思う。

 まず、メモの警官に名前と住所、携帯番号を訊かれたので、理玖と楓馬はそれぞれに答えた。それらを一通り書き記すと、警官は再び口を開いた。


「――では、発見した当時の状況を詳しく教えてください。まず、何時頃のことでしたか?」

「えっと……、五時すぎです」楓馬が答える。「洗面台で手を洗ってたら、変なにおいがしたので、トイレに入ったら……、個室が閉まってて、あの、その個室の床から変な液体が流れてるのが気になって、中を覗いたら……、し、死体があったんです」

「変なにおいとは、どんなにおいですか?」

「あ、あぁ……、えっと、鉄……のにおいでした」

「鉄のにおいですね」警官は、手帳にペンを走らせた。「……では、勝占さんは?」

「楓馬……いえ、鎗戸君が個室を覗いたあと、俺も個室に入って中を見ました」

「それだけですか? ほかに何かしていませんか?」

「そのあと、先生を呼んで個室の確認と通報をしてもらいました」

「では……、ほかに、何か変わったことはありませんでしたか?」

「……いえ、何も思いつきません」

「ほんの些細なことでも結構です。おかしな点などがあれば、どうぞ」

「強いて挙げるなら、死体があったというのが最も変わった状況です」

「……はぁ、たしかに、それはそうですね」警官は苦笑を顔に表した。「では、発見直前まで、二人は何をされていましたか?」

「模擬店の宣伝とか……、してました」理玖が答える。

「宣伝ということは、校内を回っていたということですね?」

「そうです」

「ずっとですか?」

「いえ……、模擬店にいたときもあります」

「それは、いつ頃ですか?」

「九時まえから……三十分くらいと、十一時半から一時間くらいは模擬店の教室にいたと思います」

「鎗戸さんはどうですか?」

「あ、俺も……だいたい同じです。一緒に宣伝とか回ってたので」

「わかりました」警官はメモ帳を閉じる。「一応、質問は以上ですが、あとで調書を取るために呼び出す可能性もありますので、校内で待機しておいてください。では、失礼します」


 警官二人は軽く頭を下げると、躰を半回転させて去っていった。

 警官の姿が見えなくなってから、理玖は軽く息を吐いた。「……とりあえず、一旦は解放ってことでいいのかな」


「あぁ……ちょっと怖かった」

「ん?」

「いやぁ、隣にいた警察官、ずっと俺たちを(にら)んでたじゃん?」

「見てたね」

「あれ、怖すぎな……」

「仕方ないよ、状況が状況だからね」

「もしかして、疑われてるの? 俺たち」

「その可能性も無くはないんじゃないかな。第一発見者が一番怪しいっていうのはよく言われることだし、たぶん警察は俺たちも容疑者として見るんだろうね」

「やだなぁ……」楓馬は唇を突き出す。「でも、俺らずっと一緒にいたわけだしさぁ、疑いは晴れるよな?」

「ま……このトイレには一歩も近づいてないから、何も関係はないことにはなるだろうけど」

「なら、安心できるな!」楓馬はにやりとする。

「さぁね」理玖は首を傾げた。安心できるほどの材料が揃っているわけではないのだ。「それよりも、戻ろう」

「……。だな」


 二人は、目的地を模擬店の教室に定め、歩き始めた。

 問題のトイレを通りすぎるとき、入口に「立入禁止」黄色いテープが張られているのに気づいた。入り口には警察官が立ち、威圧の眼光を飛ばしている。そのせいか、寄り付こうとする学生は少ない。もとより、あと片付けで忙しいというのもあるだろう。

 理玖と楓馬は、その前を足早に歩いた。あまり関わりたくないものである。

 教室に戻ると、緋香里が腕を組んで待ち構えていた。掃除は大方終えているらしい。あとは、文化祭執行委員の点検を待つのみ、といったところだろう。


「あれ、割と早かったねー?」

「うん……、でも、あとで呼び出されるかもしれない」

「へー……。取り調べ?」

「事情聴取っていうんじゃないかな」

「ふーん。なんか、おもしろそう」

「全然、おもしろくないと思うよ」

「どれくらい?」

「黒い犬くらい」

「へ……?」緋香里は目を大きく開く。「黒い犬? 警察犬が来てるん?」

「いや、なんでもないよ」理玖は、軽く首を振った。

「ねぇ……勝占君」愛梨が腹部の前で腕を組み、うつむき気味に声をかける。「本当に殺人があったの?」

「まだそうとは断定できないかもしれないけど、死体があったのは事実」

「えぇ……」愛梨は、眉間にしわを寄せた。「み、見たの?」

「見たよ」

「ど、どんなだったの?」

「腹部を刺されて……座り込んでたような感じだったかな」

「えっと、じゃあ、血だらけ?」

「まぁ……、割とそうかな」理玖は視線を逸らした。

「うぇぇ……」愛梨は、臭いものを嗅いだように顔を歪ませる。「聞くんじゃなかったかも」

「血なんて見慣れてるんじゃないの? 毎月見てるんでしょ?」

「自分のと人のは、別物だよ……」

「そう」

「ん、あれ? ……ってそれ、セクハラだよね? セクハラ発言」愛梨は眉間に皺を寄せた。

「あ……、ごめん」

「乙女に対する配慮が欠けてる。そんなだから、高専の男子はモテないんだよ……!」


 果たして、それとこれとが関係あるのか、理玖は疑問で仕方がなかった。モテるかモテないかなんて、ほとんど顔で決まるじゃないか!……と、そんなことを彼は口にできるはずもなく。


「まぁ……」理玖は言葉を濁す。「とにかく、興味本意で見るものじゃないと思うよ、死体なんてね」







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