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午後七時。
蒼華祭一日目のあと片付けも既に終了し、大半の学生が帰路に就いている頃である。
蛍光灯の明かりだけが、静かになった教室を照らしていた。教室に残っているのは、理玖、緋香里、楓馬と残り数人だけだ。
静寂を打ち破るかのように、理玖のポケットで着信音が鳴った。
彼はポケットからスマートフォンを取り出すと、画面に表示された通話アイコンをスワイプして、電話に出る。それは警察からだった。
簡単な応答が行われたあと、スピーカーから、『一般棟二階の会議室までお越しください』という指示が聞こえた。
一般棟は、理玖が今いる機械棟の一つ北側の校舎だ。一年生の教室や、総務課、校長室がある校舎でもある。
理玖は「了解しました」と言って電話を切ると、彼の隣にいた楓馬に顔を向けた。「楓馬、呼ばれたよ」
「うへぇ、呼ばれるのめっちゃ遅いじゃん……。んで、まだまだ面倒なことが待ってるわけでしょ?」はぁ……、と楓馬は深い溜め息をつく。
「仕方ないよ」
理玖は元の場所にスマートフォンを滑り込ませると、歩きだした。楓馬、緋香里もその後についていく。
「えっと……緋香里もついてくるの?」理玖が訊いた。「……というか、なんでさきに帰らなかったの?」
「え、ついてったらダメ?」
「いや、俺たちは構わないけど、警察の人に何か言われるかもしれないよ」
「目撃者です、とかなんとか言えば大丈夫だよ、たぶん」
「確証十パーセント未満の『たぶん』かな……それは」
「まぁ、別に大丈夫じゃないかなー?」
「面倒なことが好きなんだ?」
「えっ、面倒なん?……そういうことなら、やめとこっかなー」
「そうしておいたほうがいいよ」
「んー、でも、やっぱりついてく」
好きにしろ、理玖はそう思いつつ足を進める。
理玖と楓馬は並んで歩き、その後ろを緋香里がつけていった。
会議室には、一分半後に着いた。ドアの前には、制服姿の警官が立っている。
「すみません」理玖は彼に声をかけた。「ここに来てください、って言われた者ですけど」
「事件の発見者の方たちですか?」
「はい。そうです」
「では、こちらに……どうぞ」
開かれたドアから、三人は室内に進入する。
教室の半分ほどの広さがある会議室には、面接のときのような配置で長机と椅子が置かれていた。長手方向を密着させた二つの長机を、複数のパイプ椅子で挟んでいる。
そして、二人の刑事が、机の向こうのパイプ椅子に腰かけていた。メガネをかけた四十代くらいの男性と、若い男性。そのどちらもスーツを着用していた。二人とも刑事だろう。
「あっ……!」
そして、メガネをかけた方の刑事は、見知った顔だった。間違いなく、その人物を理玖は知っている。
「伯父さん!」
「勝占先生!」
理玖と緋香里の声が重なった。そして二人は、顔を見合わせる。
「緋香里、伯父さんのこと知ってるの?」
「うん。勝占先生には、道場で剣道の稽古をつけてもらってるんだ。……それに、理玖こそ、先生の親戚だったんだねー。同じ苗字だから、まさかとは思ってたけどさ」
人は、意外なところで繋がっているものだ。二人は、改めてそれを実感した。
「お前たちが事件の発見者とはな……」勝占警部は腕を組んだ。
「いえ、私は部外者なんですけどね……」緋香里は、申し訳なさそうに言う。
「なら、なぜここにいるんだ」
「あ。え、えと……、成り行き……ですかね?」
「ふん……。ま、いても構わない、邪魔さえしなければな。だが、あとでそれなりの制裁は加えさせてもらう」
勝占警部は、緋香里を睨みつけた。いつもは少し強気な感じの緋香里だが、今は蛇に見込まれた蛙のようになっている。
「それで? 遺体を見たのは誰だ?」
「楓馬と俺です」
「二人、か」
勝占警部は、ふんふんと頷く。別に深い意味は無さそうだ。
「それじゃ、そこに座ってくれ。解っているとは思うが、詳しく話を聞かせてもらう」
指されたパイプ椅子に、理玖、楓馬、緋香里は腰かけようとする。
「落雷は立っていろ」警部が緋香里を睨みつけた。「お前に座る権利はない」
「……はい」エサを盗られた子犬のようにしゅんとした態度で、緋香里は立ち尽くす。彼女のそんな姿を見るのは、なかなかレアなシーンだ。
「よし……」長机を挟んで向かい合っている警部が、口を開いた。「それじゃ、発見当時のことを聞かせてもらおうか」
「……伯父さん」理玖が口をきく。「さっきも同じことを訊かれましたよ。だから、その警官さんに聞いたらいいんじゃないですか?」
「人から聞くよりは、発見者本人から聞いた方が確かだ。それに、質問したいこともあるからな。それに……仕事上やむを得ない手続きなんだ、我慢してくれないか」
「刑事って、面倒なんですね。嫌われそう……」
「好かれようとして、刑事やってるわけじゃない。さて、現場を発見したときの状況を詳しく聞かせてもらおうか。まず、何時頃のことだ?」
「五時過ぎ……ですね」
「それで?」
「まず、楓馬が死体のあった個室の隣の個室に入って、死体があるのを見ました。そのあと、俺も個室に入って、確認しました」
「それだけか?」
「そのあと、楓馬に先生を呼んでもらって……。その場で待機してました」
「どうして、死体があったのに気づいたんだ?」
「においがしたんです。血のような、生臭いにおいと一緒に。あと、個室から液体が流れてきてたので、それが気にかかって……」
「それで、覗いたわけか……。ということは、まったくの偶然だったんだな?」
「伯父さん、俺たちが殺したんじゃないかって疑ってますね?」
理玖が訊くと、勝占警部は目を閉じて鼻息を洩らした。
「疑って掛かるのが刑事の基本だからな。……身内だからといって、易々と信じるわけにはいかん」
たしかに、犯行をしていないという証拠が理玖・楓馬側あるわけでもない。わずかな可能性でも逃さないという刑事の意思が見て取れる発言だった。
「それで、死んでいたのは誰ですか?」今度は、理玖が逆に質問をした。
「知らないのか?」
「はい。この学校の教員だということまでしか……」
この質問をしたのは、理玖が個人的に気になっていたからだ。他意は無い。
彼の問いに、勝占警部は一拍おいて答えた。
「……建設科の教員らしい。携帯していた教員証には、『利根田雄二』とあったようだ」
「利根田?」楓馬の瞼がピクリと動く。
「楓馬、知ってるの?」
「あ……うん。だって、俺たち、あいつの授業、受けてるし……」
「それは、何の授業かな?」勝占警部が訊く。
「土質……、土質工学ってやつです」
「どんなことを教えてる?」
「あぁ、えぇと……。〝土のきもち〟ですかね」
「……土の気持ち?」
「あ……! え、えぇと、土壌とか、水質なんかについて勉強するやつです」
「なるほど、そうか。……そうだな、ついでに訊いておこう。利根田についてだが、何か恨みを買うようなことは?」
「まぁ……いい人だったかと言われれば、決してそうじゃないと思います」
「例えば?」
「試験が鬼畜、とか、授業が分かりづらいとか……」
「学生ならではの意見だな。しかし、それが直接、殺人に結びつくとは考えられん。あるとすれば、セクハラなんかがあるが、それはどうだったかな?」
「うーん……」楓馬は唸った。「とくにそんな話も聞かないですし……、僕にはわかりません」
「理玖は――」勝占警部は言いかけて、口を止めた。「知らないか」
「ほかの学科の教員のことは、あまり知らないです」
警部は小さく吐息をついた。「なら、これ以上の情報は引き出せそうにないな」
「そうか、あいつだったのか……、気付かなかった……」理玖の隣で、楓馬がぶつぶつと呟いている。「死んだら、人相ってけっこう変わるんだなぁ……」
「伯父さん、死因は何だったんですか?」
「詳しくは検死を待たないと解らないが……、おそらく、凶器で刺されたことによる失血死だとみるのが妥当だろう」
「そうですか」
「……さて。今日はこれくらい、だな。お前たち、もう帰っていいぞ」
その言葉を聞いて、学生たちの緊張がほどける。「今日は」の部分を強調されたように聞こえたが、それはただの思い過ごしだろうと、理玖は考えていた。
そして、彼らは席を立ち、ゆっくりとした足取りでドアの方へ向かった。
「伯父さん、明日の文化祭はどうなると思います?」去り際に、理玖が言った。
「私の知ったことではないが……、さすがに、中止にせざるを得んだろう。明日も警察が現場で捜査をしているだろうからな。ま、それは、学校側の決定を待ちなさい」
「はい」と返事をしてから、理玖は最後に部屋を出た。




