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サイアスの千日物語  作者: Iz
第三楽章 夜明けの運び手たち
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サイアスの千日物語 六十一日目 その二

久方ぶりに子供らの笑顔に触れ

いたく満足したインクスは、

城砦中最大規模かつ最大火力を誇る

工房長専用の大型の炉を活かして

これでもかと多量の焼き菓子を作成。

手土産としてサイアスらに持たせた。


そうした土産の焼き菓子の中には

鍛冶場焼きやたま焼きといった馴染みのもの

以外に初見の品も混じっていた。


一つは拳大の薄い円盤状。

東方風のタレがたっぷり染みた香ばしい品で

表面には黒い紙に似たものが貼り付けてあった。

また今一つは魚の姿をした、やや色味の濃い

鍛冶場焼きらしきものであった。





「新しく出来た集積所のお陰で

 かなり食材に余裕ができたらしくてな。

 そっちの平べったいのにゃ米を使っとる」


インクスは得意げな表情で説明した。

米は専ら東方諸国の産物なため、遥かな

西のかたとなる荒野では入手困難な品だった。


「こちらは魚の姿ですね」


サイアスは新顔な菓子のもう一種類を

興味深げに眺めていた。


「そいつぁ『魚人焼き』じゃよ。

 もとは手足も付けとったんじゃが

 気色が悪いとどうにも不評でな……」


あまりにうるさいので手足は省いたらしい。

インクスは不服そうだった。


「成程。まぁ妥当かと。

 ところでインクス様……

 粒餡つぶあんですか?

 それとも漉餡こしあんですか?」


過日の修羅場焼きの一件でサイアスは

餡の種類によっては明日という日を

迎えることが出来なくなることも

あるのだと学んでいた。


「ふぁっはっは!

 こりゃ意外じゃな!

 お前さん気になるんか」


サイアスの反応に楽しげなインクス。

一方サイアスは至って真剣な面持ちで


「……インクス様。うちの連中は

 中身次第で戦を始めかねないので、

 教えておいて頂けると助かります……」


と訴えた。


「……そらまた物騒じゃな。

 まぁ安心しろ。どっちでもないぞ」


「ほー。確かにそれなら安心、なのかな……」


「一つだけ言っとくと、

 娘っこなら確実に飛びつくはずじゃよ。

 荒野は夏でも涼しいから、特になぁ」


インクスはニマリとしてそう請け合った。


「そうですか。了解です。

 いつも有難うございます。

 

 インクス様お酒はお好きでしたね。

 お口に合うようなら遠からず

 うちの地酒を持参しますね」


「ほぅ! ラインの黄金かいな!

 楽しみにさせて貰おうかの!」


「お任せ下さい。それでは」


こうしてサイアスらはにこやかに見守る

武器工房長インクスの下を辞した。


武器工房最奥のインクスの炉から

出口へと向かう途上、サイアスは職人衆が

小遣い稼ぎで作っている品々の中から

クリームヒルトと護衛隊用に上等な短剣を購入。

今いる3名にはその場で好きなものを選ばせた。

そうこうして工房の表へと出た頃には

第三区分も終盤の午後4時半となっていた。





工房を出たサイアス一行が

四戦隊営舎へと引き揚げるべく歩き出して

すぐ、物陰からぬっと人影が湧いてでた。


「サイアス様、こちらでしたか」


もとより大抵の事には動じず、さらに

ニティヤやマナサのお陰ですっかり

隠密に慣れっこなサイアスは


「これはアトリアさん、御機嫌よう。

 どうかされましたか?」


とさらりと問うた。


「はい。参謀長より、というより

 ヴァディスより言伝を預かっております。

『明日の昼過ぎに戻るから起きておけ』

 だそうです。今はトーラナに居るようですね」


アトリアもまた抑揚薄く

実にさらりと返じてみせた。



宴の二日目に平原へと戻ったヴァディスが

いよいよ城砦へと帰還する。このことは

残り十日を待たずして黒の月や宴への

警戒態勢が内面的には終了し、諸々が

次の段階へと移行するのだということを

示唆している。サイアスはその様に理解した。



「おー。ということは。

 ……明日は酒宴ですか」


サイアスはやや肩を竦めた。


姉さんの事だ、絶対にラインドルフに

寄っている。そして母やアルミナ、

伯父からのそれは多量の荷物と共に、

今は銘酒・歌姫と名を変えた

ラインの黄金をも持参していることだろう。

そうなれば酒宴はほぼ決定事項だな、

とサイアスは確信した。


アトリアも同様の見解であり、


「それは間違いのないところでしょう。

 ちなみにヴァディスはサイアス様の御宅の

 浴場の事をも既に存じておるようです。

 自室に戻らずそのままそちらへ押し掛ける

 やも知れません」


「いっそアトリアさんや参謀長も如何ですか?

 ルジヌさんやシラクサも良かったら」


アトリアは無表情のまま


「参謀長は駄目ですね……

 他人と入浴するとヘコむそうです」


と告げ、サイアスは


「あぁ、成程……」


と判りすぎた理由を

敢えて語りはしなかった。


「私だけ伺うと確実にスネますので

 此度はお気持ちだけで。ただ宜しければ

 シラクサは是非誘ってやってくださいまし。

 同年代の知人がほとんどおらぬ子ですので」


アトリアはその眼差しに

僅かな柔らかさを宿した。


「承知しました。

 ではサイアスが誘っていたと……

 いえ、サイアス一家が誘っていたと

 そうお伝え願えますか」


サイアスは慎重に発言を選び


「ふふ、了解しました」


これにはアトリアも

苦笑せざるを得なかった。


「それと……」


やや歯切れ悪く問うサイアス。


「どうしましたか?」


「その、ファータさんの容態は」


サイアスがどこか辛そうに問う様に、

アトリアは眼差しに深い慈しみの色を宿した。


「既にかなり落ち着いていますよ。

 遠からず御目に掛かれるのではないかと」


「そうですか。楽しみにしています」


「えぇ。気に掛けてくださって

 有難うございます。それではまた」


アトリアは敬礼ではなく

深々と頭を下げ、そして消えた。

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