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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十一日目 その十一

夜10時過ぎ。サイアスの居室にベオルクの使いがやってきた。

遠からず出かけるので準備をしておけとのことであり、

サイアスはいくつかの注意事項を聞いた。

いわく、装備は日中と同様に。武器は主副二つ程度に絞ること。

そして一番驚いたことに、照明器具は不要、とのことだった。

サイアスはやや首をかしげつつも了承の意を伝え、

デネブやニティヤと共に準備を開始した。


早々に脱いでおいたケープや装飾品を除き、セラエノの庵で作戦中に

着用していた諸々の衣服は、結局一日で処分することとなった。

サイアスは新たなおろしたての一式に身を包むと、セラエノから

手土産に貰った「ちょっと変わった」剣帯を身に付けた。

一見すると皮革製の一本の帯にしか見えぬこの焦げ茶の剣帯は

「生きて」いるそうで、帯のどの部位であれ、意図に応じて装備を

着脱できるという、不可思議極まる特徴を持っているとのことだった。


剣帯には留め金も何もなく、焦げ茶色をした蛇の如き有様であり、

腰に宛がうと絶妙な具合で勝手にピシリと巻き付いた。

サイアスや近くで見ていたニティヤは暫しじっとりと剣帯を見つめたが

特にうんともすんとも言うものではなく、気を取り直してポーチを

近づけると、どういう訳かポーチが飛びつくようにしてペタリと張り付き、

剣の鞘を近づければやはり同様に張り付いてしまった。


サイアスは試しに自分の指を近づけて見たが、何の反応も起こらなかった。

だがその指に皮袋を引っ掛けて近付けると、皮袋だけが分捕られるように

付着した。どうやらこの生きた剣帯とやらは、装備品以外には見向きも

しないらしい。付着した装備を外そうと意図すればあっさり素直に

手放すので、害がないなら良しと見做し、サイアスは剣帯に語りかけた。


「委細君に任せる。宜しく頼む」


剣帯が仄かに明滅した気がして、サイアスとニティヤは顔を見合わせた。

サイアスは首を傾げニティヤは肩を竦め、結局、気にしないことにした。

サイアスは右腰に地図や布、薬品その他を入れたポーチを、

左腰には繚星を帯び、ケープを羽織って八束の剣を右手に携えた。

サイアスの準備はこれで整った。


ニティヤは墨染めの衣にいくらかの布袋と装飾品といった

初めて出遭った折に近い姿であった。デネブは左手にメナンキュラス、

右手にギェナー。3名ともわずかの武装と少量の備品のみという、

小規模任務向けの準備を整え、ロイエとベリルに見送られて居室を出た。



詰め所に入ると、ベオルク以下数名の兵士が準備を整え談笑していた。

また、大抵ここにいるはずのデレクは姿が見えず、供回り数名が

武具の手入れに勤しんでいた。


「準備は良いようだな。まぁ座れ」


ベオルクはサイアスらを席に着かせ、卓上に地図を広げて説明し始めた。


「順路を説明しておくぞ。外は完全なる闇だ。城壁の篝火を除けば

 目印の類は一切ない。今ここで地形を頭に叩き込んでおけ。

 また今回に限った話ではないが、歩数を数えるクセを付けておけ。

 自分がどこをどれだけ動いたかを視覚以外で把握するのだ」


ベオルクは地図にペンで書き込みを始めた。


「城砦内は篝火の密度が高く、それなりに視野も保てる。

 警備の者もいるから危険度は低めだ。

 ここを出たら本城の城壁沿いを奇襲に警戒しつつ北門へと向かう」


ペンは北西区域から本城に沿って矢印を走らせ、

内郭を抜け外郭北門へと進んでいった。


「夜間、城門周囲には哨戒部隊が常駐している。

 戦闘になっていれば散歩は中止だ。そのまま戦闘に参加する。

 手空きの様なら部隊の脇を左へと、外壁に沿って外れまで進む。

 訓練課程で一度や二度は歩いた順路だ。迷うこともないだろう。

 西の外れに着いたら周囲を警戒しつつ南へ折れ、先導に続き

 50歩進む。ここまでは城壁に備えられた篝火の灯りがある。

 危険を感じたら城壁を背に武器を構え、指示を仰げ」


ペンの矢印はそこで止まり、ついで直角に西へと進んでいった。


「城砦の防壁外部を南に50歩進んだ位置から、

 真西へ向かって150歩進む。そこまでは緩やかな下りになっている。

 その先は50歩程で岩場になっているため、魔や眷属が集団で移動する

 場合、岩場の城砦側の先、すなわち防壁外部よりおよそ150歩目から

 200歩目の狭間を通ることが多い。特に眷属は必ずしも闇の中で

 目が利くものでもないのでな。移動には平地を好む傾向がある。

 

 この50歩程の狭間の領域では、そこを通る眷属の集団が

 丁度顔をあげて仰ぎ見たあたりに城砦の篝火が灯って見える。

 表現を変えれば連中の視界の水平方向には、距離感の判らぬ深い闇が

 横たわっているわけだ。我々はそこを目指し歩数を数えつつ進んでいく。

 現場に着いてからはまぁ、お楽しみだ」


ベオルクは地図にいくらかの数字と角度等を書き足し、説明を終えた。



「敵としてはどういった相手が出るのでしょうか」


サイアスはベオルクにそう問うた。


「常であれば城砦の西側には大口手足がいる。

 城砦を中心として北に魚人、東に羽牙。西に大口手足、

 南にできそこない、と概ねそういった具合だ。

 もっとも境は怪しいし、黒の月にはこれら以外にも珍しい連中が出る。

 断言できるのは平素の活動域から城砦を越えて現れるケースは無い

 ということだな。ゆえに今回の場合、羽牙だけは出現しないと

 言い切ってしまっていいだろう」


「成程、了解しました」


「魔は単独で徘徊するということをしない。

 必ず手勢を率い、目的を持って行動する。ゆえに自ら意図をもって

 姿を見せるのは宴の際だけであり、遭遇戦で出遭う可能性はほぼ無いと

 言っていい。そこは安心しておけ」


ベオルクはそう言って周囲に頷いた。


「参謀部から軍師を1名同行させたい旨、連絡を受けている。

 我々にとっても益のある提案だ。色々手間が省けるからな。

 軍師は戦闘力で選抜された集団ではない。場合によっては

 護衛も必要だ。手隙の者は気にかけてやってくれ。

 ではそろそろ行くとしようか」


ベオルクはそう言うと供回りのうち2名を連れて営舎を出た。

それにデレクの供回りのうち2名が続き、サイアスやデネブ、

ニティヤも後を追った。営舎の外では時折パチパチと音を立てる

篝火の灯りが火の玉のように浮かび上がり、自身と僅かな周囲を

照らしていた。ぬらりとした、実体を持つかのような暗がりの中を、

一行は外郭北門目指して進んでいった。

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