サイアスの千日物語 四十一日目 その十二
第四戦隊副長以下8名が内郭を抜け城砦北門に到着すると、
城門内側には第一戦隊の守備隊が城外との連携や敵襲に備え
臨戦態勢で待機していた。ベオルクはそちらに出向き指揮官と二、三
やりとりして開門許可を取り付け、再びサイアスらのもとへと戻ってきた。
するとそれに合わせて壁際に潜むように立っていた
2名のローブ姿が寄ってきた。
「お世話になっております。参謀部のアトリアです。
本日同行させて頂きたいのはこの者です」
「シラクサと申します。宜しくお願い致します」
待っていたのは昼間にサイアスらと一緒だったアトリアと、
アトリアより一回り小さな女性だった。闇夜にあってなお白い
乳白色の肌に鴉の濡れ羽色の髪、さらに真紅の瞳。一目で魔力を
帯びた者と判る様相であり、サイアスはアウクシリウムで出遭った
メディナに通じるものがあると感じていた。
「軍師としては新米であり、その実参謀部最年少ですが、
『城砦の子』でもあり能力は確かです」
アトリアはそう言ってシラクサを紹介した。
城砦の子とは城砦兵士や騎士、軍師の間に生まれた子のことである。
兵士や騎士、軍師はすべからく城砦の財産であり、城砦で産まれた子
であればそれは当然城砦の所有物である、という建前の下に、
アウクシリウムの施設で引退した騎士や軍師に指導を受け育った
生粋の戦士らの総称であり、早逝しがちな両親に成り代わって
最良の設備で最大限の投資の下育成された城砦の子たちは
成人した時点で一線級の知識と戦闘力を有し、大抵何らかの異能を
発現させていた。当代における代表的な城砦の子としては
剣聖ローディスや軍師ルジヌなどがいた。
「春に成人したばかりです。いまだ宴を知らぬため、
此度の同行で経験を積ませていただきたく存じます」
シラクサは小さいが脳裡に響く声で抑揚なくそう語った。
暗がりのため判然とせぬものの、口元がまるで動いて
いないようにサイアスには見えた。
「ふむ、何か特技をお持ちかね」
ベオルクはシラクサを興味深げに眺めつつそう尋ねた。
「空間認識、兵器開発を得意とし、念話を使えます。
現在も念話を用いてお話しております」
「念話? 同時に複数人にか……
遠方にも届くのか?」
「いえ、互いの顔が見える程度の距離でなければ無理です。
実際に顔を合わせる必要はありませんが、
小隊規模の戦闘範囲が精々とお考えください」
「素晴らしく現場向きの能力だな。司令塔に相応しい」
「……異能の引き換えと言っては何ですが、シラクサは
通常の方法、すなわち音声による会話ができません。
不要なため機能が発達しなかったのでしょう。
また日差しに極端に弱く、日中は状況により輿に入れて
運用する必要すらあります。参謀部での内勤向きな体質ですが、
夜間であれば城外でも十分に活躍できるでしょう」
城砦の子は両親がともに魔力を有するために、
生まれながらに魔力の影響、すなわち異能や容姿等の変容を持つ。
先天的に類まれな異能を有するシラクサの場合は長所も短所も
共に顕著であると言えた。
「成程な。よく判った。
サイアス、お前はシラクサの護衛にあたれ。
配下と共に周囲を守るがよい」
「御意に」
「代わりにワシの得点の半分をお前に付けよう。
後程配下と分けるがよい」
「お? つまり副長の得点は半分に……
これは俺が貰ったかな」
「馬鹿言え俺の勝ちに決まってる」
デレク付きの兵士らがそう言って笑い、
ベオルクの供らも自らの勝利を主張していた。
「ぬかせ。たかが半減程度でお主らに遅れは取らぬわ」
ベオルクはそう言って楽しげに笑った。
「あの、得点とは……?」
サイアスは訳が判らずベオルクに問うたが、
ベオルクと兵士らは口を揃えて
「内緒だ」
と言って笑った。
そうこうするうち、ごぅごぅと重々しい機械音を立て、
城砦北門の三重扉が全て開いた。見やると盛大な篝火の中城外にも
1部隊が展開しており、ベオルクの姿を見とめて一斉に敬礼し、
指揮官らしき騎士が寄ってきた。
「任務ご苦労。西の岩場へ『散歩』に出る。
二時間程で戻るつもりだが、まぁ予定は未定だ」
「了解しました。ご武運を!」
「うむ。貴公らもな」
ベオルクは指揮官らしき騎士と軽く会話を交わし、
自らの配下へと向き直った。
「丁度真夜中だ。良い月も出ている。
黒光りし過ぎで何も見えんがな。
闇夜の散歩も乙なものだ。存分に堪能するが良い」
ベオルクはそう告げると、敬礼して見守る守備隊を背に
自ら先頭に立ち歩き出した。一行はこれに続き、左手頭上に
ぼぅと並んで浮かぶ篝火以外僅かの灯りも無い闇の中を、
外壁に沿って西へ西へと歩き始めた。




