第9話 新たな問題
今日はゴールデンウイーク一日目だ。
今日までの間、乙矢は菖蒲に昼休みや放課後もみっちり怪談や伝承について教えてもらった。
今、乙矢は菖蒲と合流する為にコンビニにいる。待ち合わせの時間まで後二十分程だ。
乙矢は菖蒲を待つ間に、コンビニでペットボトルのお茶とツナマヨのおにぎりを買って食べた。
乙矢が食事を終え五分程したら菖蒲がやって来た。菖蒲はいつも、待ち合わせの十分前に来る。
「おはようございます、乙矢さん」
「おはよう、菖蒲」
いつも通りの挨拶がどこか可笑しかったのか、二人はクスッと笑いあった。
挨拶を済ませた二人は『幻想堂』に向かった。
前に来てから十日も経っていないのに乙矢は、とても懐かしく懐かしく感じていた。
まぁ、『幻想堂』では摩訶不思議な体験をしているから仕方ないのかもしれないが。
乙矢が前になり扉を引き開いた。相変わらず扉に付けられたらベルはカランコロンと軽快な音をたてた。
中に入り、二人は奥にあるソファーに向かった。
ソファーには玉藻がいつものように腕を組んで座っているが、机に紅蓮の姿がない。
「玉藻ちゃん、おはよう。士道さんはどこ?」
「おはようございます、玉藻さん」
二人が挨拶をした。玉藻は挨拶を返し、二人にとりあえず座れと言い、冷蔵庫に向かった。
冷蔵庫からペットボトルの水とカステラを用意して玉藻は元の場所に座った。
「二人ともよく来たの、紅蓮ならば所用で外しておるが、すぐ帰ってくる。妾は紅茶なぞ淹れられんからこれで我慢するんじゃな」
そう言った玉藻は二人に水とカステラを差し出した。
カステラを食べながら乙矢は、今日までちゃんと勉強していた事を言った。
このカステラ、甘さ控えめでしっとりしていて美味しいな。
「当たり前じゃろうが、学んで来ねば追い返しておったわ、このたわけが」
玉藻は、乙矢に対してそう言った。やっぱり乙矢と菖蒲の扱いに差異がある。
「でもね、『力』ってのがどんなものかは、わかんなかったんだけどね」
そう言った乙矢に玉藻は、後で説明すると言った。
「あの、玉藻さんに聞きたい事があるのですが、宜しいですか?」
乙矢の隣に座っている菖蒲がそんな事を聞くと玉藻は−−よいぞ、申してみせよと言った。絶対二人の扱いが違う。
菖蒲はわかりましたと言った。
「玉藻さんには、諸説ありますが、鳥羽上皇に呪いをかけたとか那須野で女性を誘拐したとか、安倍晴明、他の人だって話もありますけど、退治されたとか色々な話が伝わっていますが、本当はどうなのかなって気になったんです」
その話は乙矢も菖蒲から聞いていた。
確か退治された後は殺生石って石になったんだよね。
「そうじゃな、鳥羽上皇には呪いをかけたが、熱病に魘される程度の呪いじゃ。人をいやらしい目でジロジロと見てきおっての、腹が立ってやった。後悔はしておらん。それに那須野では拉致した訳ではない。近場の村娘共が妾に綺麗になる方法を教えろだの好いている男と一緒になれる呪い(まじない)を教えろだのと言って来て、集まっておっただけじゃ。それと、晴明か。確かにヤツには封じられはしたが、別に死んではおらん。ただ『力』を砕かれての、最後は妾自身を石に封じよったが、ヤツが姑息な手を使わなければ負けておらんかった」
二人が知っている話と違った。
やっぱり伝承って色々都合がいいように脚色してるんだな。
「安倍晴明が姑息な事をしたんじゃなくて、玉藻が慢心していただけだろ」
いつの間に帰って来ていたのか、二人の後ろに紅蓮がいた。クーラーボックスを持っているが、所用とは釣りにでも行っていたのだろうか?
「何を言うか、8万余りの軍勢で取り囲んで、トドメは背後からの不意打ち。これを姑息と言わずなんと言う」
あまりの凄さに乙矢は息を呑んだ。8万の軍勢を相手に出来る玉藻の強さに純粋に驚いた。
菖蒲もハッと息を呑んでいる。
「でも、助けに駆けつけた連中を、人間くらいどれだけいようがどうということはないって追い返したんだろ? それを慢心って言うんだよ」
え、追い返したの? 助けがあれば勝ったんじゃないかな。
それは確かに玉藻の慢心だ。
「助けに来たのってどれくらいですか?」
単純に気になって乙矢が聞くと2体だと玉藻は言った。
じゃあ助けがあっても圧倒的な差じゃないか。
「まあ、奴らがおれば簡単に蹴散らせたであろうがな。それでは面白くないであろう?」
なんと、面白くないという理由で追い返したのか。無茶苦茶だ。
乙矢達がそんな話をしていると、コンコンとドアノッカーを叩く音がした。
その音を聞いて紅蓮は扉に向かった。
「話は少し中断じゃ。」
玉藻がそう言った後、カランコロンと扉が開く音がして、扉の方から声が聞こえてきた。
「ご機嫌よう、紅蓮。入ってもいいかしら?」
玉藻とはまた違った澄んだ綺麗な声が乙矢の耳に聞こえてきた。
「やあプランセスシルヴィアどうぞお入り下さい」
少しふざけた様な紅蓮の声も聞こえる。
その後、何かの話をした後、乙矢達の方に紅蓮と声の主は歩いてきた。
その女性は太陽の様な玉藻の金髪とは違う、月の様な金髪を腰までストレートに伸ばしたフランス人形のような絶世の美少女だった。
「あら、お客様がいたの? 連絡してくれれば時間をずらしたのに」
その女性は微笑みを浮かべたまま、紅蓮にそう言った。
「大丈夫。彼女達は僕と玉藻の弟子だからね」
二人を弟子だと紹介したと言うことは、彼女も関係者なのか。
その少女は、二人が紅蓮の弟子だと聞いて、驚いた様な顔をした。
「はじめまして。私はシルヴィア・ローゼンバーグよ、よろしくね」
シルヴィアは手近にあった椅子を引き寄せながらそう言って、椅子に腰掛けた。
「はじめまして。私は葛城乙矢、彼女は小野寺菖蒲です。よろしくお願いします」
乙矢が挨拶をすると、シルヴィアは再び紅蓮に話しかけた。
「今日はあなた達に頼みがあって来たのだけれど、後にした方がいいかしら?」
どうやら乙矢達には聞かせたくない話のようだ。
「君が僕達にお願いか、僕だけならまだしも、玉藻にまでとなると相当厄介な事なんだね。彼女達なら大丈夫だよ、玉藻の事も知ってるしね、きちんと説明さえすれば問題ないよ」
やはり関係者みたいだ。
乙矢がそんな事を考えていると玉藻が−−その女もいることじゃし、今日は血吸い虫、いや、吸血鬼について教えよう、と言った。
血吸い虫って、玉藻は吸血鬼の事が嫌いなのか?
それにシルヴィアがいる事だしというのはどういう意味だ?
そんなことを乙矢が思っていると、シルヴィアが−−
「そうね、では吸血鬼に対する講義が終わってから頼み事を言うわ。勿論講義の協力は惜しまないわよ」
なんて言った。
吸血鬼と言えばかなりメジャーな怪物だ。乙矢達も一応調べはしたが、多種多様の伝承があって、どれが本当かわからなかった。
「そうだね。じゃあ吸血鬼について君達が知っている事を言ってごらん」
紅蓮にそう言われ、二人は顔を見合わせ、まず乙矢が話す事にした。
「まず、吸血鬼は非常にメジャーな妖怪です。吸血鬼に関しては様々な話がありますが、共通しているのは人間の血を吸うと言うことです。血を吸った相手を吸血鬼にするとか隷属させるといった話が有名で、後は狼人間に縁があるという話も多いです。それと、弱点に関しては日光を浴びると灰になるとか十字架で追い払えるとか、ニンニクが苦手だとか言われています。それと、心臓に木の杭を打ち込めば殺せるとも言われています」
こんなところかな。
本当に吸血鬼に関しては話が溢れかえっている。
乙矢がそんなことを考えていると、菖蒲が話を補足した。
「後は、流水を渡れないとか、家主の許可が無いとその家に入れないなんて言われてます。それと、ドラキュラの語源はドラクル、ドラゴンの子供、悪魔の子だと言われています」
そうなのか、それは知らなかった。
「そうだね。一般的な話ではそれで間違いないね」
一般的な話か。やはり実際の吸血鬼は伝承と違うのだろうか。
紅蓮の話を聞き乙矢はそう思った。
今度は、それまで黙って話を聞いていたシルヴィアが口を開いた。
「それでは、本物のヴァンパイアについて教えてあげましょう。まず、ヴァンパイアは大別すると二種類いるの。あなた達の言っているのは、その内の一つが近いわね。まぁ、ヴァンパイアと言われるものは確かに日光に弱いわ。でも、強力なヴァンパイアは灰にはならない。嗅覚が鋭いからニンニクのみならず、臭いの強いものは苦手だけど別にそれくらいで逃げたりしないわ。それ以外は基本的に創作ね。特に、ヴァンパイアを殺す方法は、圧倒的な『力』で再生力の限界を上回らないとヴァンパイアは殺せない」
人がヴァンパイアを上回るなんて事が出来るのだろうか?
「でもね、真祖と言われるヴァンパイアは殺せない。いえ、殺す方法はあるけど弱点はない。日光だろうがなんだろうが意味はない。まぁ、真祖と闘うなんて滅多にないことなのだけれどね」
弱点のない、とても強いヴァンパイアと言う事だろうか? しかし、人に害するモノならば闘う人もいるのではないのだろうか?
「まあ、ほとんどの真祖は合意の上でしか血を吸わないから問題はないわ。それに、真祖に血を吸われても吸血鬼になる訳ではないしね。真祖が吸血鬼を作るには自分の血を飲ませないと駄目なの。でも、ヴァンパイアは別。ヴァンパイアに噛まれたら、死ぬか吸血鬼になるかしかないの。まぁ、ヴァンパイアにも、人から直接血を吸わない平和主義者もいるのだけれどね」
シルヴィアの話を乙矢は、いまいち理解出来ていなかった。
真祖は比較的安全でヴァンパイアは危険。でもヴァンパイアの中にも安全なのがいるのか。
菖蒲はなんとか理解しているようだが、正直話が複雑で乙矢には理解が及ばない。
「ヴァンパイアについての基本はこんなところかしら」
シルヴィアはそう締め括った。
これで基本だとは、乙矢にはついて行けなさそうだ。
乙矢が考えを纏めているとシルヴィアと紅蓮は話を始めた。
「それでは本題なのだけれど……アレハンドロ・サイラスが日本に入国したらしいわ」
その言葉を聞いた紅蓮はとても険しい顔になった。
今回の玉藻御前の伝承については諸説ありますが、これまた独自解釈を多分に含んでおります。ご了承ください。