第40話:動き出した計画
リリーは就寝する為、自分に割り当てられた部屋へと入った。
だが、入った瞬間何か違和感を覚え、扉の所で立ちつくすと、部屋の中を見回した。
(……?いつもと変わりない様に見えるけど…何かしら?)
しばらくその場で考えてみたものの、結局何に違和感を感じるのかが分からず、リリーは気のせいだと結論付けベッドへ潜り込むと目を閉じた。
そして寝息が聞こえ始めた時だった。
部屋の奥にある窓が静かに開き、そこから現れたアリスは音を立てないようにリリーのベッドへと近づくと何処からかナイフを取り出した。
そしてナイフを持って無い方の手をリリーの顔へと移動させ………。
(!!!!?)
リリーは突然口を何かに塞がれた事で目を覚ました。
目を見開き、視界に映るよく知った人物に驚愕とした。
「ふっ…んんんんんっ!!!」
すぐにアリスの腕から逃れようと、口を塞いでいる手を掴むと必死にもがいた。
だが、いくらもがいてもその手を退かすことが出来ず、リリーは苛立った。
そんな彼女を見て、アリスは不敵に口角を上げるとナイフをリリーの首元へと持ってくると、口を開いた。
「抵抗するのはよしなさい…これ以上抵抗するなら、おまえの息の根をすぐにでも止めるからね…」
首に食い込むナイフの冷たさに、その言葉が本気で唯の脅しではない事はすぐにわかった。
小刻みに震えだした手を相手の腕からゆっくりと離し、抵抗する気はない事を示す。
だが、首に添えたナイフはそのままに「ベッドから降りなさい」と命令された。
どうして自分が襲われているのか、どうしようというのか?
混乱する頭をどうにか鎮めようと試みる。
とりあえず冷静になろうと、わざとゆっくりと起き上がる。
口を抑えつけられていた手はいつの間にか退かされ、言葉を発する事も出来る状態になっていた。
だけど、まだナイフが首元にあるせいで、結局何も言う事が出来なかった。
相手はリリーの耳元へ口を寄せると囁くように呟いた。
「このまま黙ってわたくしについて来なさい。少しでもおかしな行動を取ったら……わかっているわね?」
念を押されるように言われた言葉に、リリーは小刻みに首を縦に振った。
誰かとすれ違うことを願ってついてきたが、無情にも誰ともすれ違うこともなく城の地下に連れてこられてしまった。
アリスは廊下の突き当たりにある扉の前まで来ると立ち止まった。
そして目の前の頑丈そうな扉を開けるとそこには男が一人壁際に置いてある椅子に腰かけていた。
中は地下だからか、窓の一つもなく、ただろうそくの火がおまけ程度に灯された薄暗く狭い部屋。
入口の所で入るのを躊躇っていると、腕を掴まれ勢い良く部屋の中へと押し込まれた。
「ぼさっとしてるんじゃないわよ」と一言悪態を付くと、アリスは男の方へとリリーを突き飛ばした。
男は床へと転がったリリーを何の反応も示さず一瞥しただけ。
床へと転んだ拍子に打った腕を擦りながら起き上がるとリリーはアリスが立っている方へと体を向けた。
「お、叔母様…どうして?」
そう震えた声で問いかけると、アリスは「ふっ」と嫌な笑いを漏したと思うと、リリーを鋭い目つきで睨み付けながら言った。
「お前は自分の立場を忘れたのかしら?」
「……え?」
「縁談の話を断ればどうなるか分かっていたはず…なのに、お前はマルクスに何と言った?」
「………」
「何と言ったのかと聞いてるの!!!」
「そ…それは……」
「なら、わたくしが代わりに言ってあげましょうか?あの後、マルクスがわたくしの所に訪ねて来て言ったわ…お前が縁談などする気もないと…その上あの女と縁談を進める気はないと言っておきながら数日後には婚約ですって!?冗談じゃない!」
「………」
リリーは目の前で怒りを露にしているアリスに青ざめた顔を向るだけで何も言い返す事が出来ない。
「役立たずのお前には本当にガッカリしたわ。せめてここでしばらく大人しくしているのね…時が来れば出してあげるわ……おい、お前!」
「…はい」という男の声を聞いて、リリーは今ここにいるのは二人では無かった事を思い出した。
「いい?ちゃんとこの子を見張っているのよ」
「はい…かしこまりました」
「それと、この子に変に手出しでもしてみなさい?その時は…どうなるかわかってるわね?」
「はい」
アリス達がそんなやり取りをしている間リリーは考えていた。
雰囲気と口調は少しあの時と違うが、この男は前に書庫にクラリスと一緒に居た男に間違いない。
あの時ハッキリ顔を見た訳でもないが、何故だかそう確信していた。
それにこんな地下に連れてきて、私を見張らせてこれから一体彼らは何をしようというのだろうか?
私を見張これもあの書庫で言っていた計画の一部なのだろうか?
どんなに考えてみても、全く見当もつかなかった。
ただ分かった事は、アリスはあの時本当は傷つけるつもりはなかったという事。
でなければ、男にそんな事は言わないはず。
「じゃあ、頼んだわよ」と言うとアリスをは一度リリーに一瞥くれると入ってきた扉から出て行った。
薄暗く、ろうそくの火だけが灯る密閉された場所で男と二人。
リリーは少しずつ後ずさりすると男と距離を取った。
そんなリリーを鼻で笑うと、男は先ほど座っていた椅子へと腰かけた。
「そんな怯えなくっても、何もしやしないよ」
呆れる様に言われても、信用なんて出来やしない。
とにかく男から距離を取ろうと対角線上に後ずさる。
だけど、狭い部屋ではそんなに距離を取れずに背中が壁へとぶち当たった。
ただ重苦しい沈黙が流れ、いつしか時間の感覚さえもなくなってきた頃、突然男が突拍子もないことを聞いてきた。
「なぁ、お嬢ちゃんはあの王妃様の姪なんだろ?」
「……えっ…」
男は驚き固まるリリーを無視したまま話を進める。
「本当の事言うとな俺は別にお嬢ちゃんや………ミレーヌ様に危害を加えたくて行動してるんじゃない。アリス様に弱みを握られててなぁ…仕方なくなんだ。そりゃ、中には忠誠心からアリス様に従っている者もいるがな」
「ど……いう事?」
あまりに衝撃的な話にリリーは思わず男に話しかけた。
男は彼女が反応を示したのに気を良くしたのか、聞いてもいない事をペラペラとしゃべり始めた。
「俺さぁ…田舎の下級貴族出なんだ。……親父は領主っていう地位を利用して領地内の民から国が指定する税より多くの税を徴収し余りを懐に入れていたらしい。一体何で知ったのかは分からないが、アリス様がそれをネタに脅してきたんだ。その事実を知ったのはその時が初めてで、まさかと思ったさ。親父がそんな事するはずが無いってね…」
そこまで言うと男は大きく息を吐き出すと項垂れてしまった。
そんな彼を見てリリーはなんでか居た堪れない気分になった。
同情なんてする事無いのに、なんだか目の前の男が気の毒に思えてしまった。
何と声を掛けていいのか分からず黙っていると、男から「ふっ」と笑う気配がしたかと思うと、顔を上げリリーに視線を寄越した。
お陰でバチッと目が合ってしまい、リリーは慌てて視線をそらした。
「なぁ、計画が何なのか知りたくないか?」
唐突にそんな事を聞かれ、リリーは眉間に皺を寄せた。
「計画?」
「あぁ。これから起きる事さ」
「……どうして私に?」
「…………なんでだろうな…これからも脅されたまま、いつ殺されるのか分からない人生が嫌になっちまったからかな…いっそ、何もかも話しちまおうかとさ」
「………」
「あの王妃様が生きてる限り、俺は親父がした事の罪を償う事も出来ず、馬鹿な計画に加担して…何をしてんだか…まぁ、そう思ってる奴は他にも居るかもな」
「ねぇ…あなたはどうしたいんですか?」
リリーは無意識の内に聞いていた。
「……そうだな…この計画を止めたいってのが正直なところさ」
「えっ、でも…」
「ははっ!一人じゃ何もできないだろって言いたそうだな…まぁ実際そうだ。俺一人じゃ何も出来やしないだろうな…でも…」
「でも?」
「まぁ…。とりあえず聞いてくれよ。王妃様が何をしたいのか」
リリーはどうしようか迷った末に黙って首を縦に振った。
変な緊張感が漂い、何故か口がカラカラに乾く。
これから聞く計画がどういったものなのか……高鳴る鼓動を抑え男が話し始めるのを待った。
「計画は簡単に言えばミレーヌ様の国外追放だ」
「………えっ!!?」
ミレーヌ様を国外追放!?
思ってもみなかった事を言われ、リリーは驚きに目を見開いた。
「こ、国外追放だなんて…なんで…」
「さあな…俺にもアリス様が何を考えてるのかさっぱりわからねぇ」
「………」
「………」
「もしかして…今、私が閉じ込められてるのも何か関係が?」
「ん?あぁ、そうだな…。これも計画の一部なんだろうな」
何とも煮え切らない答えにリリーは眉間に皺を寄せた。
「おい、そんな怖い顔するなって!可愛い顔が台無しだぜ?」
「………」
「……ってそんな事言ってる場合でもないか。ごめん」
リリーがじとーっとした睨みを向けると男は慌てるように言って、頭をポリポリと掻いたのだった。