32.大精霊選での珍事③
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『そんなぁ!』
悲鳴を上げたのは床に崩れ落ちて泣いていたフィーラスだ。可愛らしい顔が涙でぐちゃぐちゃになっている。同室にいる上級使役たちは固まっており、青年姿のイバリアは魂が抜けたような顔で呆けていた。
『せ、正規の神の権能ならどうにかできますよね? 神の一存で霊具も使役界の決まりも粉砕できます。神威で強制的に白札に戻すか、箱の時間を逆転させるか、私の札かこの投票自体が無効だと神として宣言して下さればっ……!』
『何を仰せなのですか、副大精霊様!』
顔面蒼白で止めたのは、色々な意味でフリーズしていたイバリアだ。新たな声の参入に、皆の視線がそちらに集中する。
『使役の長は使役が選ぶことになっているでしょう! 明らかな不正行為があったならばともかく、使役がミスした尻拭いを神にしていただくなど有り得ませんよ! 申し訳ございません、皆様!』
フィーラスより幾らも年少である彼が、冷や汗をかきながら必死に頭を下げている。アルシオが硬い面持ちで告げた。
『……副大精霊も混乱していたのだろう。今の言葉は聞かなかったことにする。だが、使役の立場にある者が、神に対して指図するような言葉を述べてはならない。副大精霊は箔付けの神格を賜っているが、正規の神ではない。お前はあくまで精霊だ。それを忘れるな』
大丈夫かコイツ。そんな視線が、髪を振り乱して嫌々をしているフィーラスに注がれる。目を三角にしたアーディエンスが怒鳴った。
『お前なぁ、自分よりずっと年下の奴にフォローさせんなよ、頭かち割るぞ!』
『ひゃあぁ! だ、誰か物入れして下さいいぃ!』
ズズイと詰め寄られ、フィーラスが降参のポーズで叫ぶ。物入れとは、使役同士の喧嘩を第三者が仲裁する時、外から何かを放り込むことだ。その辺にしておけという合図でもある。神成したアーディエンスにはもう適用されないが、元使役なので制止の意図は伝わるはずだった。
だが、それは下手をすれば、アーディエンスを未だ使役扱いしているとも取られかねない。精霊たちが行えば不敬行為になる恐れがあるため、やるとすれば神成した面々の誰かだ。
アーディエンスを諌められるのは2名。内1名であるイルーナは大人しく繊細な性格なので、何かをぶん投げて下さいとは言えない。となれば消去法で一択しかない。
『叔父様……』
シルファールが残りの1名に呼びかけた。虚空に並ぶ画面を注視したままのウォーロックが腕だけ動かし、デスクに置いてあった燭台型の霊具を掴んで投擲した。霊威で燃える炎をたなびかせながら宙を飛んだ燭台が、アーディエンスとフィーラスの間を割いて壁に深々と突き刺さる。衝撃で両者の前髪が煽られた。
『『…………』』
部屋に沈黙が流れた。ついでに過去視で映像を視ている先達たちも黙り込んだ。
そう、ウォーロックは強いのだ。彼自身の性格が温厚で柔らかなので見えにくいが、使役時代からアルシオや先達たちに次ぐ戦闘力を持っていた。神成し、同等の神格を得た現在では互角だろう。
かつての光景を眺めていたアルシオは、恐る恐る聞く。
『ウォーロック、何故あの時あれを投げた?』
『え? ちょうど視界の端に見えたから、これで良いかなって』
あははと頭をかいて答えるウォーロック。もっと別の、穏便な物にして欲しかった。ペンケースとか外套とか。
過去の映像の中では、ラピスラズリの双眸を見開いたシルファールが戦慄している。
『お、叔父様……まさかこれで頭をかち割れと……凶器を……!?』
『いや違うだろ、普通に制止だろ! たまに思考が物騒だよなお前!』
ツッコんだのは冷静に戻ったアーディエンスだ。当のウォーロックはじっと画面を見て考え込んでいたが、ふぅと力を抜いた。
『残念だけど、投票を無かったことにするのは難しいね。言ってもどうしようもないことなんだけど、何であそこでコケちゃったかなぁ』
『大前提として、使役の長は使役が選ぶのが原則だ。不正行為があったわけでもない現状で、神成した私たちがこれ以上しゃしゃり出るのも良くないだろう』
トパーズとアメジストの眼差しが、そろって打つ手なしと告げている。
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