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スピンオフ置き場  作者: 土広 真丘
第1章
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8.元人形が泣く時

お読みいただきありがとうございます。

 息子たちの声を聞き流しながら、アルシオとウォーロックは滲む視界の中で、眼前に舞い降りたラグドールを見ていた。


 フードを外しているため露わになっている美貌は、彼の想念が消える寸前に見えたものと変わらない。だが、布の下でヘラリヘラリ笑っていたかつてと違い、今は無表情だ。感情が抜け落ちた人形のような、呼吸を忘れるほどに美しくも生気の無い顔。あるいはこちらこそが彼の本当の顔なのか。


 無機質な宝石のごとき眼を見ていると、アルシオの胸中に不安が湧き上がって来た。

 呼び戻したのは迷惑だっただろうか。彼は本当に疲れて疲れて疲れ切っていた。蘇りたくなどなかったのかもしれない。余計なことをしてくれた、声に応えるなどと言わなければ良かったと悔やんでいるかもしれない。

 こちらに対して怒っているから、こんなに無表情なのだろうか。自分たちと再び(まみ)えても嬉しくないのだろうか。喜んでくれないのだろうか。……まさか嫌われたのだろうか。


 そんな思いが心を席巻し、アメジストの瞳が揺らぎかけた時。


 澱みのように深い紫眼が、不意に暖かさを宿した。人形が息を吹き返し、停滞していた心を取り戻す。切れ長の眼差しの縁に薄く盛り上がった雫が、滑らかな白い頰をツゥと伝った。

 精緻な顔を滑り落ちる一筋の涙。その煌めきが、感情の鼓動を蘇らせた彼の心を雄弁に示す。最期の刹那に見せてくれた容貌、あの時と同じ尽き果てぬ慈愛を。


 アルシオの中で岩のようにわだかまりかけていた不安が、瞬きもしない内に綿菓子のような薄雲に変じ、しゅわしゅわと消えた。彼は怒ってなどいない。嫌われたわけでもない。喜んでくれている、かつてと同じように愛してくれていると分かったから。


『ヤベー、もう使役界が保たねーぞ!』


 感極まったまま言葉が出て来ないアルシオとウォーロックが棒立ちになっている中、焦った声を上げたのは、チラチラと門の向こうを見遣っていたアーディエンスだ。


『偉大なる先達様方のお戻りを心より歓迎し、お喜び申し上げます。本来ならばきちんとご挨拶させていただくところですが、現在は火急の最中(さなか)。神成なされた皆様におかれましては一刻も早くお休みされたいことを承知の上で、このまま本題と状況の説明に入ることをお許し下さい』


 先達たちへ目礼したシルファールが、簡潔に請願を述べる。ラピスラズリの輝きを宿す目に怖れや嫌悪感はない。彼はかつて受けたケアを通じ、既に先達たちと通じている。ミスティーナも然りだ。


『そりゃそうじゃろうなぁ。緊急事態が起こったから我らを復活させたのであろ。眠気のことは気にするな。ぜーんぜん平気だでな』

『想念の時から完全な御稜威を使えるようにしていただいて、実施神成したも同然だった。あの期間で、既に神威が己に馴染んでおった』

『儂らが蘇るとなれば、それは何かの有事が発生した時。そこでグーグー眠らんで済むということも見込んだ上で、復活の方法を教えたからな』

『何だか使役界が大変なことになっておる気配がするのう。崩壊寸前ではないか。何があったのじゃ?』


 ラグドールを除く先達たちが口々に応じてくれた。以前と同じ隠居爺の口調だが、彼らの外見は容姿端麗な青年だ。先駆者たちの反応に力付けられたように、シルファールが続ける。


『有り難きお言葉にございます。……故ありまして、天界の表たる神域と裏たる使役界を分ける神器が根幹から壊れてしまいました。境界の設定を弄るという誤った処理で起動したまま、取り消しができなくなってしまったのです』


 ほぇ〜と気の抜けるような相槌が返る。だが、そうだったのかと頷く先方の中で、ラグドールだけは表情を変えず無反応だ。


『この上は、神器の修復及び直前操作の取り消しにつきまして、最古の精霊であり彼の神器の創世者でもあらせられる皆様方のお力添えを賜りたく、ここにお願い申し上げます』


 シルファールの言葉をフンフンと聞いていた先達たちが、次々に手を打った。


『おー、あの神器か』

『うん、創った創った』

『懐かしいのぅ』

『精霊側の作成者は老爺が中心であられた』


 彼方の昔日を懐古する言葉が投げられる中、進み出たミスティーナが先達たちを凛と見据える。


『どうかあなた様方の故郷をお助け下さい』

『お願いいたします……!』


 続いて、イルーナも胸の前で両手を組んで懇願した。それを受け、先達たちは異口同音に問うた。



『『何で?』』


ありがとうございました。

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