アレクシア嬢、勇者を治療+αする。⑥
ミスリル繊維を負傷箇所にあてがい、先ほどと同様に光線でなぞる。表層を治療したときにはなかった、明るい青に銀が混じった火花が散った。
ぱちぱちと爆ぜる音がするたび、息を詰めて見ている勇者の、頬の辺りが強張るのがわかった。やはり痛むようだが……こっちに気づかせないように堪えているのだから、変に気遣うのも野暮というものだろう。
(よし、集中! さっさと今日の作業終わらせて、ゆっくり休んでもらおう!!)
意識して気持ちを切り替え、相手の顔を見ないように傷の上に屈み込んで治療を続ける。その頭のてっぺんを、主従二人がそっと見守っていた。
作業に専念したおかげで、神経を使う内側の治療は一時間足らずで終了した。あとは先日と同じ要領で表層を治して、一日おいて様子を見て、という行程の繰り返しだ。
そうこうしているうちにお互い、良い意味で治療に慣れてきて、余計な力を入れなくて済むようになった。少なくとも表面の治癒を進めている間は、他愛のないおしゃべりが出来るくらいには。
「あのー、セリオン様。余計なことかもしれませんけれど、肩で受け身を取らない方がよろしいですよ。関節を痛めますので」
『……はっ!? 何故それを、武術の心得でもおありなのか!?』
「いえ全く。傷の様子から十分推理できますわよ? ついでにその原因になったのがお腹への攻撃で、先に利き足を怪我していたから踏ん張りきれなかったのも分かりますわ。あと、勢い余って頭を打って傷を作ったこととかも」
『う゛っ、……うう、こうまであっさり読まれるとは情けない……』
今日は左肩を治す日で、お互い顔の位置が近いのもあって話が弾んでいる。すっかり怪我した状況を看破されてしまった勇者がしょんぼりしているのを、アレクシアは微笑ましい気持ちで眺めていたりした。うん、ちょっとはフォローしておこうか。
「いえ、セリオン様が分かりやすいわけではありませんのよ? わたくしの所には方々から、膨大な数のお人形が持ち込まれておりましたから、お怪我の様子で大体の経緯を察するようになっただけですの」
『経緯……というと、経年劣化だとか、落として割ってしまったとか、そういうことか』
「ええ、大半はそういう平和な理由ですわ。……けど希に、ごくごくたま~に、なんだか様子のおかしい子が来るときがあって」
『……おかしい子?』
「はい。お顔に大きな傷のある子がいたのですけれど、持ち上げると妙に重くって。変だなーおかしいなーと思って分析したら、中に灰がみっしり詰まってた、とか」
『…………灰?』
「ええ、灰です。依頼主はお若い淑女でいらしたのですけれど、恋人さんの浮気で切羽詰まっておられて。なにがしかの呪術に手を出されたようですわね、何を燃したのかはあえて聞きませんでしたが」
『………………』
「他にも、御髪の触り心地が変だな~と思いつつちょっと待ってもらってたら、ふと気づくと肩までだった丈が足下まで伸びていたとか。入っている箱が護教帯でぐるぐる巻きになってて、開けないままで別室に保管したはずなのに、夜中の作業中に視線を感じて振り返ったら、何故か廊下でひっくり返ってたとか。
あ、大丈夫ですよ? すぐさまお世話になっている神殿に持ち込ませていただいたので、ご縁はきれいさっぱり切れておりますわ!」
ちなみにこういったケース、今世だけでなく前世でもあった。あっちのはもっと地味で陰湿だった気もするが、魔法や呪いが実在するこっち側の人々も負けてないと思う。いや、世間的に認知されている分、よりパワフルで激しいヤツが多い。そんなのの対応を重ねる内、気がつけば少々のことでは動じない精神力を持つに至ったアレクシアである。
「お人形とかぬいぐるみとか、生き物の姿を模したものには魂が入り込みやすいので、その性質をいろいろと悪用する方がいらっしゃいますの。それでまあ、今言ったようなケースが後を絶たないわけでして。お人形と関わる者の宿命ですわねぇ……って、あら? セリオン様??」
『…………すまない、ちょっと気分が……』
「まあ!! 申し訳ありません、わたくしったらつい!!」
元々顔パーツは白いが、それをさらに青っぽく変色させた勇者が頭を抱えてしまった。そういや前世でも同じ調子で話してて、兄に『頼むから流れるように怪談を披露しないで!!!』と絶叫されたんだっけ。すみません。
――そんなこんなで、時々予想外の足止めを食ったりしながらも、治療は順調に進んでいき。
全ての作業が無事に終了したのは、承諾をもらってからおよそ一週間ほど後のことだった。
ちなみに護教帯というのは、聖典の文句を長いテープ状の紙や布に書きつけたものです。巻き付けることで簡易的な結界を作ったり、自分の身を守ったり。現代日本で言うお札とか経典みたいなもの、なんですが……ガチ案件じゃねーか!!! と、ホラー苦手な人に叱られそうです。すみません、オカルト好きなので……




