35話 夢のような美しい世界で、美しい夢を見た
「じゃあ、飛ぼうか」
「うん」
私達は部屋の窓からテラスに出た。
私が前に立って、カトリーさんが後ろから腕を回してきた。
私は後ろから抱きしめられる。
「うん、抱き心地いいわ~」
けれど、いつまで経っても飛び上がらない。
「カトリーさん、何してるの?」
「え? 抱き心地の確認」
早くしてくれないかな……。
「……」
「……うん、確認できた……。浮くよ」
私とカトリーさんの身体が徐々に浮いていく。
更に上へ、上へと舞い上がっていく。
私たちの部屋のある3階を超えて、4階を超えて、屋上を超えて、どんどん上がっていく。
「ここから、結界を抜けると危ないから隠蔽魔法使うよ。後、気温が下がるから防寒魔法も入れていく。あと、風が強くて話が聞こえなくなると困るから……」
「空を飛ぶのって、難しいんだね」
「まだ、貴女の身体が弱いからしょうがないの。生身の身体じゃ危ないから強化魔法もかけるよ」
やがて学校を覆う結界の膜を抜けた。
確かに、私達のすぐ下あたりをナイトバットが何匹か飛んでいるのが見える。
「昼間の方が飛びやすいんだけど、若干目立つの。飛ぶ時は軽く隠蔽を使うのよね」
色々、目立たないようにカトリーさんって気を遣ってたのね。
食堂でちょっと失礼なこと言っちゃったかな。
「まあ、最近はエネルギーがもったいないからやってないけど」
やっぱ、カトリーさんだものね、そうだと思った。
「ねえ、どこまで上がるの?」
「えっと、モンスターとかが出なくなるくらいまでかな」
「それって、上昇気流とか空気とかそういう話?」
「そうそう、鳥類のモンスターが飛ぶのって最高でも高度1万メートルくらいだから、それよりちょい上を飛べば快適に飛べるのよ」
ああ、なるほどね。
生物が飛ぶのより高く飛べばいいのね。
私の知識がマダラハゲワシという鳥が海抜11300mの上空で飛行していて、驚かれたという情報を伝えてくる。
マダラハゲワシって何かな?
私とカトリーさんはグングン空へ舞い上がっていく。
私の今までいた地上はどんどん離れて、夜の暗闇に覆われた地上はただの黒い塊みたいに見える。
黒い塊の大地に建物の明かりが点々としている。
橙色の光は大地を彩っているようにも見える。
私の住んでいる所は夜になるとこんなに寂しそうなのね。
森の向こうにも街があるけど、高度が上がるにつれてどんどんみすぼらしい光になっていく。
森の向こうの街の……さらに向こうにようやく見え始めた光は王都かな……。
その光でさえも小さくなっていく。
「どう? 怖い?」
カトリーさんが高度を上げていきながら、私に尋ねる。
「うん、怖い。怖いけど、こんなの初めて。少しワクワクする……」
「フフフ」
カトリーさんは私の答えを聞くと、満足そうに顔を上に向けて更に高度を上げていく。
うん、だんだん寒くなってきた。
「寒くなってきたでしょ。対流圏だと1km高くなると6.5℃も気温が下がるのよ。魔法をもうちょっと、強くするから大丈夫よ」
風も強い。
ものすごい強い風が吹いているけど、カトリーさんはやっぱり魔法で何とかしている。
私はその魔法で、ものすごく緩和された自然現象の、わずかな感覚を味わっているんだ。
目を凝らすと私達の体の周りには結界のような薄い膜が覆っていて、守ってくれている。
それらの表面は少し凍っている。
「着いたよ。ここが上空12000m」
カトリーさんと私の上昇が止まった。
私はカトリーさんに抱き抱えられて、足を下にして浮いている。
足元には目眩がするくらい広大な世界があるはずだけど、真っ暗でよく見えない。
雲の白いのがちょっとだけ見える。
ただ、私の周りには眩しいばかりの星々が輝いている。
どの方向を見ても星イッパイの空。
遮るものは何もない。
星と空がどこまでも続いている。
「カトリーさん、綺麗だね。星がいっぱーい」
「貴女とこうして、こんな綺麗な星空を見ることが出来るなんて思わなかったわ」
私も今日、空を飛ぶなんて思わなかった。
「ちょっと、立ってるのも勿体ないから、飛んでみようか?」
今まで、空中にフワフワと浮いていただけの状態から、カトリーさんは私を抱えて飛び始める。
瞬いているだけの星達に途端に動きが起こる。
縦長に、横長に……光の点が直線に。
輝く短い線が長い線になる。
くるりと回ると渦巻き線。
やがて、その輝きの中に、白くフワリとした柔らかなものが舞い始めた。
いつの間にか、カトリーさんの背中から、真っ白くて大きな翼が生えてきていた。
フワリとしたものは、羽毛が舞っていたものだった。
その翼と羽毛は星の光を受けて更に白く煌めいている。
まるで、星の光でできている翼みたい。
「カトリーさんの翼……ドキドキするくらいスゴイ……」
綺麗すぎて、頭がボーっとしてしまう。
「ウフフ」
カトリーさんは嬉しそうにクルクルと私を抱き抱えながら飛んでいる。
黒のキャンパスに光が散りばめられ、輝く羽が舞い踊る。
私とカトリーさんは夜と光でできた海を泳ぎ回る魚かな。
輝く輝く、キラキラ光る。
星と翼と私達。
暗くて明るい光の海を。
くるくる回って、雲の中。
激しい風と厳しい寒さ。
光と白さが際立つの。
私の気持ちは夢心地……。
気が遠くなるような美しさ……。
私は母の胸の中……。
遠くなっていく、私の意識……。
気持ちがいいな、閉じてく世界……。
「あら? 寝ちゃったのね。子供にはもう夜も遅い時間だものね」
モルフェウスの誘いの中で、そんな声が聞こえたような、聞こえなかったような……。
私は夢のような美しさの世界で眠りにつき、美しい夢を見た。





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