前哨戦 対律聖騎士団
松唐軍の先陣がマヤ家兄弟に迎撃された一方、南東より沛国へ侵攻した律聖騎士団の許にも、迎撃の部隊が当てられていた。
その者達は営水配下の三葉(沛国の南隣)兵二千と、ルーキンを隊長とする豪族遊撃兵一千の計三千名。
彼等は本隊到着までの時を稼ぐ先遣隊であり、営水より授けられた機動戦術を駆使して、沛国軍の陣地攻略を進める律聖騎士団を妨害していた。
「ご苦労様です、楊俛。状況の報告をお願いします」
そして陣地陥落が現実味を帯びた夕暮れ刻。待ちに待った営水本隊五千と、オバイン率いる沛国軍七千が参上した。
営水の側近の一人・楊俛は、今しがた合流した上官達に現状の報告を行う。
「はっ! 敵と対峙してから現在まで、孔俛とルーキン様の騎馬隊が広域に展開し、律聖騎士団を多方面より牽制しておりますが、二刻(一時間)程前に此方の戦術が完全に見破られました。敵は我々を無視して沛国軍の陣地に猛攻を仕掛けだし、陣地から至急の救援を求める狼煙があがっております」
「もって、あとどれ程でしょうか?」
「このままでは、あと二刻もないかと……!」
普段から冷静沈着な楊俛が、額に汗をかいて危機的状況を告げる。
それを聞けば知将・オバインとて冷静ではいられず、彼はバッ! と営水の顔を見る。
「一刻以上、二刻未満とは……三国一の結束力、見事です」
然し、この戦場に於ける総司令官・営水の端正な顔に、動揺は一切なかった。
彼は沛国軍の粘り強い性質が計算通りとでも言うように、彼等の奮戦を淡々と讃える。
讃えて、気が焦るオバインや楊俛を落ち着かせるように、冷めた言動に反する熱き視線を浮かべて断言する。
「一刻もあれば充分です。それでは早速……参ります!」
戦場に到着次第、営水は全軍を突撃させた。
攻撃陣形を万全に整えるよりも先に、まず号令を下したのだ。
「来たな、俺を見捨てて自分だけ鞍替えしやがった卑怯もんがぁ……!」
対する律聖騎士団側は、外周部に備えていた猛将・田俚の部隊が対応に当たる。
読者の中には田俚の名を覚えていられる方もあろう。
ヴァレオーレを当主とした三葉ナムール家に雇われ、営水と共に私兵軍の双璧を成していた傭兵隊長であり、魏儒曰く「闇の矛」と称された悪将だ。
彼は、涼周軍に仲間入りした営水が反乱鎮圧に加わった際、包囲される寸前に三葉を離脱。沛国を武力突破し、僅かな部下と共にファライズ(重氏本拠地)へ亡命していた。(第189話「三葉戦終結」参照)
そして今は重横に厚遇され、特別に設けられた第八大隊々長を任されている。
※本来ならば、律聖騎士団は常時七人の隊長が取り仕切る伝統となっている。
現在の隊長は「鬼軍曹」シチー・オルファイナスを筆頭に、鈍寧、モスク、司福、オネウス、匡支、馬順。オネウスはカイカンの後任、馬順は馬延の後任だ。
「忠義者ぶって玉砕を強いてきた癖に、自分の身は可愛くなってさっさと降伏した糞野郎が……てめぇは俺の怒りを買ったんだ。
――だからこの戦で、俺の恐ろしさを存分に思い知らせてやるよ! さぁ、死にに来い!! すまし顔の卑怯役者・営水ィィーーー!!」
自分だけ剣合国へ寝返った営水を、田俚は激しく罵った。
元々気に食わなかった事も影響して、その想いはとても深く、誤解を解く為の話し合いなど無駄に思える程、田俚本人の士気が自然と高まる。
「……あの悪垂れ野郎……噂以上に短気だな。……ったく、此方の迷惑も考えろよ」
沛国軍の陣地を攻囲する総代将・鈍寧が、営水隊に反応し過ぎる田俚の事でぼやく。
実力はあれども御し難い悪将の尻拭いなど、貧乏くじ以外の何物でもなかった。
「とは言っても、あいつが率いる兵達に罪はねぇ。……気は進まねぇが、肩持ってやるか」
怒りに呑まれて視野の狭まった田俚を補佐するべく、鈍寧は手勢を割いた。
用兵戦術に関しては一枚上手であろう営水に、田俚が敗北した場合の兵の不憫を想って。
結局、この日の戦は鈍寧の予想通りに終わった。
田俚は営水の手のひらで踊らされ、広範囲に展開するルーキン達を用いた営水の戦術を前に、手痛い打撃を受けて敗退したのだ。
それでも田俚隊は、鈍寧・モスク両将の懸命な援護により、何とか半壊を免れた。
「営水様! 律聖騎士団全体が後退を始めました!! 田俚隊への撹乱攻撃が見事に決まったので、態勢を立て直さずにはいられなくなったのでしょう!」
陣地攻略を断念して後退を始めた律聖騎士団。
その様子を楊俛が報告すれば、顕現した氷の野原に佇む当の営水は、三尖刀を振るって刃に残る血肉の結晶を払いつつ、周囲の環境に当てられた様に冷ややかに喜ぶ。
「不本意ながら、田俚とは長年に亘って共闘した仲です。彼の動きは深みに欠け、敵に挑めば単調な攻めしかできません。そんな彼が受け身を演じたとすれば、結果は始めから決まっていたようなものですよ」
「流石でございます。……して、追撃はどうなされますか?」
「不要です。猪突猛進の四字に相応しく、田俚は獣です。追い詰められれば本能に従った反撃を仕掛けてくる事は間違いありません。……それに、律聖騎士団の総代将を務める鈍寧は地に足の付いた名将。数に劣り、体力も限界に近い我々が追撃を仕掛ければ、そこを突いた逆転の一撃を繰り出すでしょう。
――第一目標の陣地救出に成功した状態で満足すると、皆にも伝えてください」
「ははっ! 承知いたしました!」
営水の判断で、律聖騎士団への追撃は中止された。
沛国軍を率いるオバインも、前線の被害状況を把握する時間を要した為、この判断に賛同して態勢の立て直しに専念する。
この戦場に於ける侵攻初日の被害総数は、沛国・三葉連合軍が二千余の死傷者を出し、律聖騎士団は五千名近くにも及んだ。
「諸君……よくぞ耐えてくれた。それでこそ沛国の勇者だ。…………然し……すまない……! 諸君らを勇者たらしめる為に、多くの者に死を強制させてしまった……!! 本当に、すまない……!!」
沛国・三葉連合軍の死者の大半が、陣地防衛を任務とした守備隊所属の兵士だった。
その数、実に千四百名に及び、生き残った六百名の中にも、無傷の者は居なかった。
対応に遅れ、戦場に遅れ、その遅れを部下達の戦死で補ったオバインは、動かなくなった勇者達の前で深く項垂れたという。
この出来事が、今はまだ良将の一人に過ぎないオバインに大きな影響を与え、後に名将として知られる彼の成長に大きく関与するのであった。




