想いとは別に、求められる利益
ナイト、安楽武、淡咲が豪族の懐柔案を承認するや、ナイツ達はシュマーユの存在を柔巧中に認知させ、同時に涼周軍内の各将に事情を伝える使者を飛ばす。
カイヨーにあった楽瑜は涼周への挨拶を兼ねて稔寧を派遣し、彼女がシュマーユと顔合わせを行ったのは、ナイツ達が剣合国に帰還してから四日後の事だった。
結論を先に述べるならば、稔寧の妹がもう一人増えた。
素っ気ない兄二人と、心配症な保護者代わりの猛将が上におり、長兄派の主とその護衛少女も年下であった為、シュマーユには稔寧から放たれるお姉様オーラに耐えるだけの免疫がなかったのだ。
「稔寧はすごい人気者だな!」
木彫り人形を手にお土産話をする涼周の聞き相手を務めつつ、軍の状況をシュマーユに教えている長女の稔寧。
ナイツは彼女の聞き上手と、的確で分かりやすい説明を前にして尊敬の念を抱く。
当の稔寧はゆっくりとお辞儀をするに留め、妹達の相手に専念した。
暫くしてシャーズとレモネが本陣に姿を現し、シュマーユに同行を願い出る。
「失礼します。シュマーユ殿、もうそろそろ参りましょう」
「はい、宜しくお願いします。……では行って参ります。皆様、また後程」
「うん、頑張って来てね。シャーズ達も頼んだよ。向こうの出方次第では俺を呼んでくれても構わないから。いざとなったら立場を利用して圧を掛けるつもりだからさ」
「ふふ! 実に頼もしき御言葉。されど、そうならぬに越した事はございません。お手を煩わさぬよう、全力を尽くして参ります」
ナイツの激励を受けたシャーズ達は貴族らしからぬ丸い物腰で頭を下げる。
兄弟に多大な恩を感じる彼等は必然的に士気が高く、とても頼りになる存在と言えた。
それが為にナイツも彼等を信頼し、期待する。
いつしか彼の中にあった貴族嫌いは大分薄れており、自らも協力を惜しまない程であった。
そして兄が兄なら弟も弟。いや、感情をもとにした行動であれば弟は兄以上だった。
「涼周も行く! 行ってお話する!」
『えっ……!?』
いきなりの大将出馬宣言に、皆が素っ頓狂な声を上げた。
しかも涼周の様子から察するに、この子は遊び半分の遠足気分だ。
(……絶対に寝るぞ……交渉中にこっくりと寝よるぞこいつ)
現時点で先が見えるナイツは、別の関心を持たせて涼周を思い止まらせようとする。
「なぁ涼周。稔寧にまだお土産話が残っているだろ? それは良いのか?」
然り気無く稔寧を利用したが、彼女は別段気にしなかった。
寧ろナイツの意図を察し、彼の話に合わせる様に微笑みながら頷いた。
「ぅ、そうだった。ごめんマーユ、涼周やっぱ行けない」
そういう訳で、涼周は本陣に留まる事を決めた。
シュマーユにバイバイする弟を余所に、ナイツは黙って稔寧に手を合わせる。
「ふふふ、お気遣いなく」
涼周の肩に後ろから手を当て、静かに微笑み返す稔寧。
もう本当の姉とも思える程に、彼女のお姉様オーラは眩しかったという。
シュマーユ、シャーズ、レモネ達は安心して出立。豪族の懐柔工作に出掛けていった。
説得初日の成果は中々に上々であった。
シュマーユ厚遇という実例と本人の弁舌が大きな好影響を及ぼし、豪族達の関心を買うことに成功。多くの者が耳を傾け、早くも協力を申し出る者まで現れた。
だが、それでも不支持の姿勢を変えない者達も中にはおり、ナイツはその日の夜にシャーズ等からの報告を受ける。
「以前から強く反発している三つの豪族が、全くという程に耳を貸しませぬ。彼等はこの一帯に於ける有力者でもある為に、自尊心が強いのでしょう」
「前に言ってた、小規模より若干上の者達の事だね。明日にでも俺が伺おうか?」
「いえ、今はまだ結構です。彼等の動きは想定の範囲内ゆえに、先ずは正攻法に則って数百人単位の小規模な者達を取り込むつもりです。そして確実に外堀を埋めた上で、彼等と共に総攻撃を行おうと考えております」
純粋な武力の衝突ではない為に、小さな者でも束になれば実力者に匹敵する。
シャーズは柔巧での勢力図を着実に塗り替えていき、中規模以下・小規模以上の者達は最後に降すつもりでいた。
「なら俺の出番は、その総攻撃でも三つの勢力が揺るがなかった時だね」
「はい。全力を尽くしますが……そうなってしまった際はお願いします」
「承った。因みに、総攻撃までにはどれぐらいの日数が掛かりそう?」
「五日もあれば充分と思われます。今日の様子を見るに、二、三日で殆どの者が帰順を表明するでしょう。偏に……早めの帰順が良い印象を与え、それが家の繁栄に繋がると思っているのです」
シャーズは家の存続を図る者達の心が分かっていた。
だからこそ彼が説得役に適しているのだが、ナイツは彼の発言から複雑な心境になる。
「……こう言うのも何だけどさ……現金な奴等だよね」
誠意を示しても首を縦に振らなかった連中が、利益を望めると知れば手のひらを返す。
真面目で素直で正直なナイツには、彼等の心が理解し難かった。
「…………否定はしません。皆が皆、義や想いで動く訳ではありませんので」
「あっ……ごめん。……これは失言だったね。今の言葉は忘れて」
かく言う自分もまた、彼等と同じ部類であると言いたげなシャーズ。
ナイツは自分の言葉が軽はずみを帯びた皮肉である事を理解して、彼に謝罪した。
「いえ、剣合国は特にそういった貴族・豪族が多い故に……致し方ない事かと」
仕方ないと言っても、どこか複雑な気持ちにならざるを得ない事情が剣合国にはあった。




