柔巧の豪族達
「ナイツ様! 涼周様! お帰りなさいませ! 聞けば戀王国でも大活躍したとか! 流石です!」
澄み渡る青空の下、太陽に敗けぬ元気の良さを以て、父や他の貴族達より先に挨拶したのはレモネだった。
父のシャーズを筆頭に数名の貴族達も続いて挨拶をしてくる。
「ご無沙汰しております。ナイツ様、涼周様。お元気そうで何よりです」
「お久し振りです皆さん。父母共々、先日帰還致しました」
ナイツは丁寧に一礼して挨拶を返し、李洪や他の将達もそれに続く。
するとシャーズ達は却って恐縮し、自然体の言動を望んだ。
妙に畏まって困らせるのも逆に失礼かと思ったナイツは普段通りの言動に戻し、先ずは三葉を拠点とする彼等が柔巧に居る訳を問い質す。
「はい。私共は現在、この地に根付く豪族達の説得に当たっております」
「豪族の説得? 柔巧に有力な第三勢力が居るなんて聞いた事がないけど……」
「小規模な者達と、それより若干上の者達が複数ございまして……この地に城を築くに当たり、彼等の存在も無視はできぬとの事です」
シャーズの説明を補足するように、続いて侶喧が詳しい経緯を話す。
「最初は私や魏儒殿が説得に赴いていたのですが、他所者である為に聞く耳を持ってもらえませんでした。……それ故に名家であるシャーズ殿をお招きし、安楽武殿にも事情を説明しまして李洪殿を派遣していただいたのです」
「成る程ね。それで李洪が此方に来ていたのか。やっと辻褄があったよ」
古くからの豪族は特に他所者を嫌う傾向にある。
言わば、素性の知れない涼周の城を築くだけでも嫌がっているのに、その説得に元承土軍の将軍である魏儒や、他国の頭目だった侶喧が出向いてきた事で反目を示したのだ。
こうなってしまえば、如何に魏儒や侶喧が優秀でもどうにもならない面がある。
故に、確固たる土地と名声と支持力を持つシャーズ達や、豪族達の宗主に当たる剣合国からは李洪が加勢に来た訳だ。
「そして肝心の進捗具合ですが……不甲斐なくも難航しております。日の浅い新興勢力という状態が災いしてか、多くの者が我々を信頼しておらぬ様子」
「だろうなぁ……。こう言うと悪いけど、実際に軍を指揮しているのが涼周ではないから、家の存続と安泰を願う豪族達からすれば涼周がお飾りに見えるんだろう。大将が飾りなら裏で操る者が居り、軍も所詮は操られていると考え、少なからず派閥争いが起きている……」
「それに巻き込まれて家を潰すのは御免だ……って事ですね」
何処の豪族も同じですねとばかりに、シュマーユがナイツに相槌を打った。
ナイツは大きく首肯するとともに、大局に影響を及ぼさない程の弱小勢力が意地を張る事へ、微かな苛立ちを覚えた。
「誠意は充分伝えたんだし、もう無視しても良いんじゃないか? 彼等は単に騒ぐだけで、何かを動かせるような力を持っていないだろ」
だが彼の主張に、シャーズはすぐさま異を唱える。
「ナイツ様、それは違います。内政に於いては強弱や損得で事を図るのではなく、一人一人に心を配って合議を為す事が重要です。……とまぁ、魏儒殿の受け売りで恐縮ですが」
どうやら彼も、当初はナイツと同じ事を思っており、そこを魏儒に諭された様だ。
「成る程、これは魏儒に一本取られたよ。正しく、その通りだ!」
そして素直で真面目なナイツも、魏儒の言葉を又聞きして考えを改める。
弱肉強食の乱世に於ける治世とは権力者の独りよがりではなく、実力の優劣や面子に拘らない広く大きい話し合いこそが大事なのだと。
「彼等の説得はお任せを。根気よく諭し、必ずや説き伏せましょう」
「……失礼ですが、説くだけでは決定打に欠けると思われます」
そこでシャーズに進言した者は、まだ紹介を受けていないシュマーユだった。
当然ながらシャーズは困惑の色を表し、ナイツに対して紹介を求める。
ナイツはここでもシュマーユの素性を隠し、彼女は戀王国で仲間に加わったと説明した。
シャーズは何となくではあるが納得し、シュマーユに向き直って意見を求める。
彼の一挙一動は、「小娘は引っ込んでおれ」といった傲慢ぶりを一切感じさせぬ、才ある者を愛する丁寧な仕草であった。
だからこそシュマーユは気後れする事なく、己の考えをはっきりと述べられる。
「彼等が恭順姿勢を示さないのは利点を感じない事も影響していると思います」
「……味方する事の利点を感じない……。差し詰、涼周と仲間達を支持しても確実に所領が安堵されるか心配しているという事だね」
「それどころか築城に際して所領を掠め取られるのではないか、そのように恐れている可能性もあります。何せ此方は勢いのある新興勢力ですから、その勢いに任せて強引な要求をしかねないと警戒して、強気にならざるを得ない面があるのでしょう」
示しがない為に先行く不安が払拭できず、甘く見られて下手に回らないように肩に力を入れている。シュマーユが思う豪族達の様子はこの様だった。
彼女は続けて提案する。
「ですから先ずは、彼等の関心を買う事からしてみては如何でしょうか?」
「関心を買う方法……」
ナイツが涼周の持つ木彫り人形を注視する。
張真から貰った物は全部で四つあり、ほんわか兎・ピョンピョン蛙・モフモフ羊……そして何故かムキムキマッスルファイヤーなケンタウロス。
しかもケンタウロスだけやけに好戦的だ。可愛い顔をしながら両手を前に繰り出した構えを作り、「閃裂轟爆破ァ!!」という吹き出しまで彫られている。
「ゴクリ! これならきっと、彼等の関心を……!」
「……ゴクリじゃありません。それが彼等にとって、何の利点に繋がるんですか?」
少年心をくすぐられたナイツがあらぬ確信を抱こうとするのをシュマーユが止めた。
止めて、それが豪族達の何の役に立つのかと問い掛け、ナイツは首を傾げて見せる。
「……目の保養と、忘れていた子供心の再燃?」
「聞かないでくださいよ。私には分かりませんから」
女の子であるシュマーユに少年の心は分からなかった。
抑々にして彼女は張真お手製の木彫り人形を見慣れている。今更感動する事はないのだ。
「そんな一時的な感情ではなく、実際の利益に繋がるような状況を示すべきです」
「涼周軍を支持する事で利を得られると思わせるんだね」
「はい。例えばそうですね…………涼周様、手始めに私を厚待遇で迎えてください」
涼周を除いた一同が、シュマーユの提案に唖然とした。
何と彼女は、豪族達に厚待遇の約束を持ちかけるでもなく、先んじて自分を重く遇して欲しいと言い出したのだ。




