理想の城を求めて
「うぬ……ぬぅ……あ……くま……!」
「ほら見ろジオ・ゼアイ殿。侶喧殿もあれを熊だと……」
「あ・く・ま! って魘されてるんだよ! どれだけ都合の良い耳してるの!」
魏儒の創作品を前に卒倒した侶喧の回復を待つ一行。
あれは流石に酷く、側近達が全力で拒否する気持ちが分かったナイツは、都合の良い解釈で己の芸術感性を正当化させる魏儒を叱っていた。
「ともかく、侶喧殿に倒れられては軍議を中断するしかあるまい。下手に進めて見落としがあっても適わんしな」
(……気絶させた本人がもっともらしい事を言うなよ)
李洪やシュマーユも未だに動揺しており、怖いもの知らずな一面を持つ涼周でさえナイツの影に隠れた状態であれば仕方がない。
ナイツは今できる事をすべきだと気持ちを入れ替え、現在の進捗状況を李洪に尋ねる。
「ところで、今はどんな感じで進めているの?」
「あっ、はい。現在、築城に関して言えば地均しを終えた後の基礎工事を行っています。侶喧殿が現場の総指揮に当たり、魏儒殿と私が設計を担って進めています。ただ、弟君の要望ですと城壁の無い平城……それも小川と城下町に囲まれた館の形態になりますので、一般的な城よりも比較的早く出来上がるかと。先程まで議論していた内容は館の防御性能についてです。天然の要害を城としたカイヨー城の飛氏館とは違い、この城はどちらかと言えば御殿です。それも街中の一角を担ってしまう為、防御力は皆無。いざ攻められればあっという間に陥落するでしょう」
「それ故、館の周囲に兵舎を築いて壁としようとも思ったのだが……それでは涼周殿の要望にある「解放的な城」とは程遠い物々しい造りになってしまう。かといって館を囲う塀だけでは、何処ぞフェニックス・ウジハルの本拠地・小田城になる」
「え? 今なんて言ったの? フェ、フェニ? ウジハ? 小田城?」
魏儒の提示した例が頭に浮かばず、ナイツは堪らず聞き返した。
「東方の勢力にオダ・ウジハルという弱小軍がいるのだ。彼等の本拠地は地名と大将の姓名に肖って小田城と呼ばれているのだが……それが平野に築かれた貧弱な御殿でな。柵と塀によって守られているだけに、何度も陥落している」
「何度もって事は……何度も奪還してるの?」
「聞けば最近になって記録を更新したらしい。……実に三十四回目の奪還だそうだ」
何とも詳しい魏儒の解説を聞いて、ナイツは唖然とした。
別の意味で次元が違う戦いをしている奴等だな、と。
「さ……三十……四回……! どんだけ弱いだよ、その城とオダ軍」
「でだ、奪還を記念した酒宴を開いていれば、その夜に夜襲を受けてまた陥落したらしい」
「…………もうなにもいえません……」
漫才の様な敗北に、ナイツは唖然し尽くした。
勝敗を重ねている筈なのに全く成長が感じられない勢力が、よくもまぁ乱世を生き抜いているものだと呆れつつ感心し、戦勝記念の酒宴には警戒が付き物であると改めて理解する。俗に言う反面教師だ。
「だがそれでオダ・ウジハルが諦める事はなく。彼は三十五回目の再起を図っているそうだ。その不屈の精神を讃えて、人は彼をフェニックス・ウジハルと呼んでいる」
「……もうそれさ、敵も楽しんでやってるよね」
「まぁ二十回目以降は死人が零だと聞くからな。如何にも平和的な戦争で微笑ましい限りだ。…………だがそれはそれ、涼周軍は涼周軍。剣合国を取り巻く敵はオダを相手にするような甘い奴等ではなく、情け容赦のない畜生だらけだ。脆弱な城と分かれば内地であっても破壊工作に乗り出してくる。それに耐え、本拠地の機能を果たし、涼周殿を守り、民と共にある解放的な城と町を造らねばならんのだ」
「うん。魏儒の仰る通りです」
抑えた声量ながら力強い雄弁を感じさせる魏儒に、ナイツは首肯した。
「分かってくれるか、ジオ・ゼアイ殿」
「嫌でも分からざるを得ないよ。さっきの話を聞いた後なら尚更」
涼周の理想を叶えつつも、戦乱の世に通用する名城。
それが如何に難しいものなのか、ナイツはオダ・ウジハルを教材にして理解した。
然し、理解したからこそ難しいのだ。
感銘を受けた秦織城の様子を涼周が語り、ナイツがそれを逐一補足し、魏儒や李洪やシュマーユが頭を捻らせ、依然として侶喧が魘されているものの、中々の良案が浮かばない。というか侶喧に至っては、珍しく何もしていない。
「……駄目だ……また落城した……これで十回目か……!」
そして守城を想定した仮想の模擬戦を行えば、余計に柔巧城の脆弱さが浮き彫りとなる。
「やはり……高い城壁がなければ敵を防ぎきれませんね。ここは景観を犠牲にしてでも守備力を高めるべきです。館の周囲にも関や基地を配置するか、設計を一から変えて館ではなく要塞を築くべきでは?」
李洪の主張は景観軽視にして堅牢重視だった。
あくまでも涼周軍の活動拠点を築く事を優先し、多くの兵を配備できる環境を整え、敵の攻撃にも耐えうる造りが望ましいと言う。
本来であれば彼の意見が尤もだ。
地の利を有さない平城の欠点を補う為に高い城壁を築くのだから、景観を求めて防御施設を除いてしまえば、只の平地に造られた町と館である。
「……もしくは、小川を深くして館の周りに堀を巡らせるか……」
李洪が空高く石を積むならば、ナイツの意見は地面を深く掘るだ。
魏儒と侶喧が先に定めた築城予定地の周囲には小川が入り組んだ状態で流れており、途中参戦した李洪を含む三人は、これを借景として利用する御殿の設計図を描いていた。
故にナイツは、その小川自体を強化して防御性能と景観性能を兼ねさせようと考えたのだが、そこで涼周が珍しく軍議に口を出してくる。
「ダメ。バイカモ、自然体の所にしか生えない、秦恵蘭言ってた」
そう、涼周が柔巧を選んだ理由の一つが、清流の小川に自生する水中花 バイカモである。
秦織城にも咲いていたあの花は人の手が加わり過ぎると生えなくなり、それが為に秦恵蘭も神経を磨り減らしながら都市計画案を練ったという。
「水路、水より上の影響ない所整ってた。川の中いじくってなかった」
流石に長時間眺めていただけあって、涼周は良く観察して良く理解していた。
秦織城の水路は水面下より上の部分かつバイカモに影響のない範囲を整備している。小川の中を掘削していなければ、新たに水路を築いて流れを変える事もしていない。浅い所はバイカモが占領し、深い所は花に気を配りながら木舟が通る。秦恵蘭が言った通り、限りなく自然体に近い状況であった。
「すみません……これを言ったら元も子もないと思うんですけど、抑々の問題として軍事施設に観光要素を織り込むのは無理があるのでは?」
シュマーユは涼周の理想が高過ぎる故、何処かを妥協するべきだと主張。主将達の幕僚衆も彼女と同意見を示した。
然し、魏儒一人だけが皆の意見に反して、頑なに涼周の要望を貫き通す。
「ならん。それでは柔巧に定めた意味がない。普通の軍、普通の城、普通の大将であれば山でも海でも背中にして勝手に城を築けばよい。だが涼周殿の理想はそれを上回り、ジオ・ゼアイ・ナイトもそれを望んでいた。ならばこそ理想を放棄する訳にはいかん」
ナイツは魏儒の熱意に感謝する。純粋に有り難く、そして頼もしいものだと。
だが然し、言うだけでは解決しないのが現状だった。
「…………この件、暫く私に預けてくれ。もう一度深く考えながら広く調べてくる。館の建築はそのまま続けて、町割りについては保留にしておいてほしい」
魏儒はそうとだけ言い残すと、地図と設計図の写しを持って本陣を後にした。
その数分後――
「お……おぉう。申し訳ありませぬ皆様。つい気を失ってしまいました。えっ? 結局軍議を進めてしまった? いえいえ構いませぬよ。あの悪魔像さえなければ構いませぬよ」
侶喧が目を覚ました。
彼にはあの最終兵器がトラウマになっている様だった。




