絶体絶命
北高情報技術部、第二部室の中は騒然としている。室長でもある副監督の藤堂は、ディスプレイの前で作戦行動中のオペレーターや、忙しく走り回るバックアップの生徒たちを見回し、えも言われぬ不安に苛まれていた。
チーム1とチーム2は、あの化け物に対抗できるのか? いや、おそらく……。
「副監督、チーム1とチーム2が戦線離脱しました!」
「損害は?」
「チーム1が三機撃破され二機大破。二機軽破。チーム2は四機撃破、残りは大破です!」
「……全滅か。幾ら何でも……まさに化け物ね」
藤堂の心に戦慄が走った。予想以上の打撃だった。
北高の主力であるチーム1とチーム2が全滅させられるとは……。自分の指揮するチーム3とチーム4は、これから対面することになる。
こんなときにも関わらず――これだけ散々にやられると夏の大会は厳しいな、と今は関係ないことに思考が巡る。現実逃避だとわかっているが、頭は現実から目を背けたがっていた。
戦車による砲撃が通用するかはわからないが、これがだめならもう自分たちの力では、アンタレスを沈黙させることは不可能だろう。
それは同時に、このワールドの大半が人類の手から奪われてしまうことを意味していた。
自衛隊は現状、当てにできない。悲惨な結果が目に見えている。
「予定の地点に到着します」
「配置につけ。砲撃の用意急げ」
どうなるか? 勝てるのか? 何度も自問自答する。しかし答えは出ない。
轟音が空気を裂き、激しい銃撃と金属がぶつかり合う音が断続的に響いている。視界の向こうには、あちこちでウイルスとABSの乱戦が繰り広げられていた。
「隊長、仕留められますかね?」
チーム3の隊員は隊長の川島に尋ねた。
「わからん。ただ、いま参加しているチームで最も攻撃力を持っているのは、この戦車の百ミリ砲だ。仕留められないと――本当に不味い」
川島は、強力な戦車砲を眺めつつも、不安に押しつぶされそうな心を落ち着かせようとしていた。
ウイルスの軍勢は一直線に、自衛隊基地に向けて進軍を続けている。その脅威の軍勢の中心には、あの化け物――アンタレスの巨体が見える。
チーム3はこの軍勢の前に進み出て、一斉に攻撃を開始する。小型ウイルスが銃撃で次々と撃破されていく。しかし、進軍は止まらない。
チーム4が戦車を前面に出し、チーム3のABSが砲撃のサポートに回る。
砲撃手が照準を合わせる。アンタレスはあまり機敏に動いておらず、他のウイルスと共に真っ直ぐにこちらに向かっていた。
戦車長のディスプレイに、照準が合っていることを知らせる表示が出た。
「撃てっ!」
戦車長が命令すると、北高戦車の百ミリ滑腔砲が火を噴いた。
狙いは正確で、大きさの割に素早いアンタレスに命中した。激しい衝撃音が砲弾が命中したことを証明してくれる。
「遠慮するな! 撃て、撃て!」
隊長の七瀬が叫び、それに呼応して戦車長はすぐに射撃命令を出す。轟音が何度も何度も鳴り響く。
しかし……その煙の中から姿を表したアンタレスは、あちこちにダメージは見られるが、特に致命傷を受けているようにはなかった。先ほどの砲撃で撃破された他のウイルスの残骸を踏みつけ、その禍々しい姿を見せつける。
「あ、あれだけの……攻撃を……」
チーム3の隊長、川島は絶句した。また、他のオペレーターたちも、この様子がにわかに信じられず硬直していた。
「総員退避っ!」
藤堂の急な大声に、全員がハッとする。そしてすぐに行動をおこそうとするが……一機がアンタレスの尻尾のツメに捕らえられた。そしてすぐに、その中央に備えられた針が、ABSの胴体を軽々と撃ち抜いた。あまりの勢いで下半身が引き千切られ、無残に落下していく。また残った上半身は、そのまま爪に押しつぶされるようにグシャグシャにされた。
その様子に恐怖が襲いかかり、退避しようとするABSを混乱させた。一目散に逃げようとするが、ショックのあまりか動きが鈍く、挙句に皆一方向に逃げようとしている。
「ち、散れっ! 固まるな!」
藤堂は叫ぶが――次の瞬間、チーム3の三機があっという間に脚で踏み潰され、牙で真っ二つにされ、尻尾の針で串刺しにされた。
また、そのままアンタレスは戦車を踏み潰し、チーム4の二機をあっという間に撃破、すぐにもう三機も撃破した。
あまりの惨状に言葉を失う藤堂。
――どうにも……どうにもならないの? 打つ手は……。
手強いと言うレベルをはるかに超えた怪物に、これ以上の損害は出すわけにはいかないと判断し、すぐに指示を放った。
「――残機はすべてログアウトしろ!」
予想以上の惨劇だった。
「せっ、先輩っ! もう無理です!」
「あの三階建ビルの向こうに逃げるわよ!」
ミユキのシュトラールが数発撃って、すぐにビルの方に走ると、それに続いてイツキのイェーガー2も走った。
ウイルスの数自体はかなり減ってはいるようだ。しかし、防衛するABSの数もかなり減っているようだった。
参加するABSの数は、事前の話では百機弱と聞いていたが、実際は五、六十機もあればいいくらいだろう。しかし、すでに前線で踏ん張っているABSは二十機もないようだった。十四、五機程度と思われる。それもじわじわと後退しており、戦況は非常に厳しい。
北高もほぼ全滅に近い有様で、撤退せざるを得ない状態だったと聞かされた。防衛隊の主力ともいえるホライゾンのメンバーもすでに数機しか残っていない。どれも満身創痍で、まともに戦えるABSは少ない。
――しかしあの怪物、アンタレスがまだ残っている。あの化け物はまだこれといってダメージを負っている風ではない。
雑魚をすべて倒しても、あのアンタレスが残っているのではどうしようもない。
「正直、打つ手なしね。――でも、このままやられるのを待つわけにはいかない!」
物陰に隠れて様子を伺うミユキのシュトラール。このままこんなところに隠れているわけにもいかないし、かといってアンタレスに挑んで勝てる見込みはない、どうすることもできず頭を抱えた。
そんな時、一体の中型ウイルスが、ふいをついてシュトラールめがけて突っ込んできた。
「せ、先輩!」
イェーガー2が慌ててライフルで狙うが、シュトラールに当たりそうで撃てない。
しかしミユキは気づいて、すぐに回避した。転がりながら距離を取ろうとするが、着地したウイルスはすぐに巨大な角をシュトラールに向けて、地面を蹴って突っ込んできた。
シュトラールは回避が間に合わずに、左肩を角に貫かれそうになった瞬間、ウイルスが真横に弾け飛んだ。爆散するウイルス。
いったい何だとその方を向いたら、そこには一機のABSがロケット砲を持って立っていた。
「大丈夫? 椎名さん!」
「と、藤堂先生!」
ミユキは驚いた。壊滅して撤退した北高の副監督である藤堂が、自らABSで前線にやってくるとは思わなかったからだ。
「生徒たちは撤退させたけど、私が何もしないんじゃ示しがつかないでしょ」
そばにやってきた藤堂のABSは、ロケット砲を足元に置いてアサルトライフルに持ち替えると、二機と共に二体三体と次々に現れる小型ウイルスを射撃した。
バタバタと倒れていくウイルス。ミユキとイツキも加わって、瓦礫の影に陣取ってウイルスとの銃撃戦が始まる。
「さっきは少なかったと思ってたのに……いつの間に、どっから湧いてくるんですかね!」
イツキはふたたび出現し始めたウイルスに辟易しながら、ひたすら撃った。
「そう簡単にはいかないわよ、やるしかないわ! ひたすらね!」
「そうね、やるしか――!」
藤堂は、何かの気配を感じ、ふとその方を見た。
その時そこには――あの怪物が……その禍々しい姿を見せていた。その眼前にはミユキのシュトラールがいる。
「――ア、アンタレスッ! 椎名さん、危ない!」
藤堂はすぐに反応し、銃撃していたシュトラールに突っ込み体当たりした。跳ね飛ばされるシュトラールに、驚くミユキ。
しかし目の前で、藤堂のABSが巨大な三本の爪に掴まれ、大きく上空に跳ねあげられるのを見た。
「せ、先生っ!」
「退きなさい、早くっ!」
藤堂がそう言った次の瞬間、アンタレスの巨大な針が藤堂のABSを貫いた。胸部を貫かれ、上半身と下半身が分断された藤堂のABSは、力を無くしなすがままに投げ飛ばされ、荒廃した瓦礫の山の上に横たわりピクリとも動かない。
明らかにコアをやられ、強制ログアウトされたと思われる。
「ち、ちくしょうっ!」
ミユキはちょうど側に転がっていた、藤堂のABSが使っていたロケット砲を手にとって、アンタレスの胴体めがけて撃った。
しかし、命中するものの大して効いているようには見えなかった。中型ウイルスを一撃で葬るほどの威力も、目の怪物にはほとんど通用していない。
「せ、先輩! 逃げましょう!」
イツキのイェーガー2がシュトラールを羽交い締めにして、逃げるように促した。
「このっ、化け物めっ!」
ミユキの叫びが虚しく響く。
アンタレスは、ターゲットをシュトラールとイェーガー2に定めたようだ。この二機に、アンタレスの強力な武器、尻尾の爪が伸びる。そのスピードに反応できず、固まってしまう。
絶体絶命の危機だった。




