勝利
「――このやろうっ!」
叫び声とともに、アンタレスの胴体に体当たりしたものがあった。突然の衝撃に何事かと思ったのか、動きを止めるアンタレス。
「た、大河――ようやく登場ね……」
ミユキは思わず安堵した表情を見せた。
「遅れてすまねえ! だが俺が来たからには、もう好き勝手にはさせねえっ!」
大河のフェンリルはアクセラレートを発動させ、アンタレスの反応速度以上の動きでサイドに回った。すかさず背後のカゲミツを抜き取ると、すぐに目の前に見えたアンタレスの脚を一閃した。
「どぉりゃあぁぁっ!」
あれほどの強度を誇ったアンタレスの装甲を、いとも簡単に切り裂く。それを目の当たりにして驚くイツキたち。
カゲミツの『切れ味』はまさに真奈美のいう通りだった。
「サソリモドキ! 千切りにしてやるぜ!」
大河はアクセラレートで巧みに翻弄しながら、アンタレスの周囲を飛び回る。そしてすかさず、あちこちを刻みまくった。
一度斬っては、ふたたび鞘に戻し、三十秒待ってふたたび抜き取り斬撃する。確実にアンタレスはダメージを負っていた。
これまでの絶望感が嘘のようにアンタレスを押している。
その様子を見た、ほかのABSたちに歓声が上がる。
しかし……。しかし、不安が収まらない。
ふとイツキは叫んだ。
「大河くん! だめだ! それじゃ決定打にはなってない! 『赤い星』を狙うんだ!」
「赤い星? 頭のアレか!」
大河は、アンタレスの頭部を見上げた。
地面からでは見えないが、あの上にアンタレスの名前の由来でもある『赤い星』がある。その直下にはコアがあり、それが弱点だった。
「ちくしょう! あの上かよ! どうやったら!」
一般的にABSは空を飛べない。フェンリルも同様だ。
しかしフェンリルにはアクセラレート・システムがある。アクセラレートはその特性として重力の影響を受けない。
前に下に向けて発動させて、無事着地できた。同じように、今度は上に向けて発動すれば、上空に飛ぶこともできるはずだ。が、そんな空中戦などまだ試したことがない。というよりも、ABSはそもそも空中戦などできないものだ。大河自身も、空を舞うという感覚がわからない。
しかしやらなければ勝てないのも事実だった。
「グダグダ考えてる場合じゃねえっ! やってやらあ!」
フェンリルをジャンプさせると、すぐにアクセラレートでそのまま上空へ移動する。以外にも簡単にうまく上がることができた。しかし、すぐ目の前に巨大な爪が見えた。
「うわぁぁ!」
慌てて仰け反ったその時、無意識にアンタレスの爪に足をかけ、ふたたびジャンプするように飛び退いた。しかし退いた場所が、ボロボロに崩れさったコンクリートの瓦礫の山だった。
体制を整えることもままならず、そのまま瓦礫の中に突っ込み動けないフェンリル。
アンタレスがフェンリルに狙いを定めて、頭部の牙で真っ二つにするべく飛びかかってきた。巨大な影がフェンリルの頭上に現れた。大河はすぐに反応してアクセラレートで、一瞬で飛び退いた。
間一髪でかわし、すぐに体勢を整えアンタレスと距離をとった。
「て、手強い……」
大河の本音が出た。これだけ滅茶苦茶にやられているのもわかる気がした。
本当に勝てるのか? さすがの大河も弱気が漏れた。躊躇していると、ミユキが叫んだ。
「大河っ! 私が引きつけるからアンタは『星』を狙いなさい!」
ミユキはそう叫んで、シュトラールが手に持ったロケット砲を一発撃った。命中するが、やはり大してダメージは受けていない。
アンタレスはゆっくりとシュトラールの方を向き、その鋭い眼を光らせた。
しかしそんなことは御構い無しに、シュトラールはさらにもう一発お見舞いした。
「こっちよ! 化け物!」
叫ぶミユキの額に、じわりと汗が滲んだ。
アンタレスはシュトラールに狙いを定め、その巨体を一気に踏み出し突撃した。鈍重そうな巨体とは裏腹に、凄まじい瞬発力を持つアンタレス。
あっという間に側まで接近を許し、その素早さに驚くミユキ。
「くっ!」
すぐに避けようとしたが回避できず、アンタレスの凶悪なまでに鋭利な牙がシュトラールの右腕に深々と突き刺さり、さらにその衝撃で軽々と跳ね飛ばされた。
瓦礫に叩きつけられたシュトラールは、ズタズタの無残な姿で横たわる。
ミユキのディスプレイにはシュトラールの複数箇所の損傷警告が出て、ほぼ行動不能状態に陥ったことを思い知らされる。
「化け物めっ! なんてヤツ!」思わず吐き捨てた。
しかし、大河はその瞬間を見逃さなかった。
「うぉおぉぉぉっ!」
アクセラレートを作動させ一瞬で上空に跳ね上がった。
勢いでバランスを崩して、思わず手足をバタつかせたが、すぐに姿勢を落ち着かせた。まだフェンリルの学習が完全ではないので時々こういった場面が出るが、やはり大河には天性の才能があるのだろう、そんな場面でもうまく切り抜けられる。
近くに見えた廃墟ビルの屋上に飛び乗って、またさらに上空へと飛び上がる。大河はどこまでも飛んでいけそうな、そんな気がしたが、真下にいるであろうアンタレスの弱点に一撃を加えるべく、下を向いた。そして――その眼下に、アンタレスの額に「赤い星」を見つけた。
「あれだ! あれが弱点かっ!」
落下しつつ、そう叫んだ。瞬間、アンタレスの尻尾が横殴りに飛んできた。しかし、大河はそれにしっかり反応していた。
「うるせえっ! 小賢しいんだよっ!」
フェンリルはすぐさまカゲミツを抜くと、そのまま針と爪のついた端部の根元を一閃した。尻尾と端部が分断され、倒れる巨木のごとく崩れ落ちる。
カゲミツの切れ味は、戦車砲をも貫けなかったアンタレスの装甲をいとも簡単に切り裂いたのだ。すぐにカゲミツを背後のホルダーに接続する。
「大河くん!」
イツキが叫んだ。その表情には、勝利への確信が見えていた。
フェンリルはそのまま落下していき、アンタレスの頭部の上に着地した。
その足元に、アンタレスの弱点『赤い星』が見える。大きな、そして吸い込まれそうなほどに綺麗な赤い球体だった。
「これで――終わりだ。あばよ、アンタレス!」
フェンリルはふたたびカゲミツを抜き、そのまま逆手に両手で持って、足元の『赤い星』に向かって一気に突き下ろした。
軽々と、そして深々と差し入れられるカゲミツの刀身。アンタレスは胴体を仰け反らせ、激しい咆哮を鳴り響かせた。
そして……ゆっくりと力を失い、崩れ去るようにその巨体を地面に這わせた。色を失い完全に沈黙する巨体。それは古くからそこに存在していた、巨大な石像のようでもあった。
フェンリルはカゲミツを抜き取ると鞘に戻した。
静かに佇むその姿は凶悪な銀狼の名にふさわしくなく、邪悪なる怪物を討伐した高貴なる王狼ともいうべきであろうか。
「やったぁっ!」
イツキは椅子から飛び上がるように叫んだ。
力が抜けたように、ぐったりと椅子の背もたれにもたれた大河に、真奈美が駆け寄ってきた。
「大河くん! すごいよ!」
思わず抱きつき喜ぶ。
「へへっ、やったぜ……」
大河は疲労困憊の様子だが、真奈美やイツキの歓声に嬉しそうだった。
対面側の机にいるミユキはゆっくりとヘッドユニットを外すと、
「やったわね、大河」
とだけ言った。
「ああ、任せとけって言ったろ。へへっ!」
大河は満面の笑みで言った。ミユキはそれにただ微笑むだけだった。
あの後、この事件は報道され大きく話題になった。
大河も岡山県警本部長からの感謝状を贈呈された。また、報道陣にインタビューされるなど、なかなか大変な数日間になった。
その間、部活動どころではなく、彼らがワールドでの活動を再開できたのは三日後だった。
本来ならすぐにホテル最深部に進出し、ゲートを開放させるところだが、それをするのはアンタレスを撃破した東高情報技術部がするべきだという方針で一致していた。
調査だけ終わらせて、ヒーローの来訪を待っている。
「ここね」
ミユキは、ホテルの最深部にある大きな部屋の前までやってきた。ここのウイルスは完全に駆逐されており、簡単に来ることができた。
部屋の中心部に円柱形の大きな機械らしきものがある。その下部にいくつものボタンやレバーが並んだコンソールパネルがついている。
ミユキのシュトラールはその中から、ゲート開閉用のレバーを見つけて後ろを振り返った。そこにはイツキのイェーガー2と大河のフェンリルがいる。
「大河、アンタレスを倒したのはあんたよ。これで峠のゲートは開くわ。――さあ」
ミユキが言った。普段と変わらないようだが、内には何かこみ上げるものがあるように感じた。
「やるじゃん、大河」
トーコも言葉少なだが、嬉しそうである。
「大河くん、早く!」
イツキは少々興奮気味だ。
「やっぱり大河くんが主役だね! ほら――」
真奈美が微笑み、肩に触れた。
「じゃ、じゃあいっちょやったるか。……よっしゃあ、いくぜ!」
フェンリルが前に進みでてパネルの前にやってきた。そしてゲート開閉レバーを握ると、それを一気に動かした。
長く閉ざされたままのゲートが、とうとう解放される時がきた。
遠くで金属の擦れる重たい音が響く。もちろんそれは、大河たちには聞こえてはいないが。




