フェンリル発進
「真奈美、まだかよ!」
「焦っちゃだめ。もう少しだから。これをしないと、まともには使えないのだから」
真奈美は決してディスプレイから目を離さず、作業の手を止めなかった。
カゲミツをうまく扱うには、特殊であるだけにマニュアルで操作するのは無理だった。刀など振ったこともない大河ではなおさらだ。
それから三十分は過ぎただろうか。その間、数分置きに「まだか?」と尋ねる大河に少し辟易しながらも、真奈美は黙々と作業を続けた。
そして……。
「できた!」
真奈美は思わず大きな声で叫んだ。思わずガッツポーズで席から立ち上がり、大河の方を見た。
「これで――勝てるわ。そう、大河くん。きっと勝てる!」
「――細かな動作はAIを信じて。きっと大河くんの思った通りに動いてくれるはず。それから言い忘れていたけど、カゲミツは抜刀して三十秒しか刃を形成できないの。だから一度切りつけたら、すぐに鞘に戻して。そうしたら自動的にエネルギーをチャージして、また刃が復活するわ」
「戻したら何秒でチャージし終わるんだ?」
「……同じく三十秒。長く感じるかもしれないけど、三十秒だけ待って」
真奈美は少し申し訳なさそうに言った。しかし、大河は一切気にせず元気よく叫んだ。
「わかった、じゃあ行くぜ!」
大河はヘッドユニットを装着すると、自身のIDでログインさせた。目の前のディスプレイに、見慣れた東高基地内が表示された。機体のコンディションは最高だ。すぐにでも仲間たちのもとに駆けつけられる。
クラムを一気に前に押し出すと、フェンリルはすぐに駆け出し、基地の外に出た。
「待ってろよ、サソリモドキ! 俺が対峙してやるからな!」
そう叫ぶと、アクセラレートを作動させ、一気にウイルスとの最前線に向かって飛び出した。
「――散々たる有様ね。一体何機のABSがやられたのかしら」
「今戦闘してるのは……向こうですね。大丈夫かなぁ」
遅れてやってきたミユキとイツキABSは、前線での食い止めに失敗した後にやってきた形になった。
足元には上半身だけの無残な有様のABSが転がっている。よく見ると、何かに踏み潰されたようなグシャグシャの下半身も見つけた。ふと、肩にホライゾンのチームワッペンが見えた。
また、その隣にも、その向こうにも、見える範囲で十機ほどのABSの残骸がある。どれも壮絶に戦って撃破されたのだろう。ウイルスと相打ちのような状態の残骸もあった。
「辛いですね……」
「ええ、仲間の仇も討たなきゃね」
このワールドは、廃墟となった住宅街の地形となっている。周辺の建物はボロボロなものが多いが、ウイルスとの激戦のせいか、すでに建物の形をしていない、ただの瓦礫の山になっている。
「ひどい有様だわ」
ミユキは変わり果てた、見慣れたワールドの光景に、ため息交じりでつぶやいた。
イツキはウイルスの侵攻方向を眺めて、ふと気がついた。
「でもなんだか、かなり南方面に進んでいる気がするんだけど……まさか」
「まずいわね……」
すでにウイルスたちは、東高基地よりもずっと南の方へ向かって進撃している。東高AP周辺には来なかった形だ。
しかし南方面は非常に不味かった。南には、この岡山県のワールドの全域の防衛及び保全を担当する、自衛隊岡山方面ABS支隊の本部基地がある。
ここは今、倉敷市水島コンビナートのワールドで繰り広げられている、ウイルスとの激戦に駆り出されて手薄になっていた。
この本部がやれらると非常に厳しい状況に一転する。岡山県内のワールドの、自衛隊の足がかりを失うだけでなく県全体の戦力が激減してしまう。
そうなれば、この六、七割程度を解放している岡山市中心部のワールドが、ふたたびウイルスがあちこちで跋扈するマザーの支配エリアに戻される可能性がある。
「こんなところでモタモタしてる場合じゃないわ。トーコ、すぐに前線に向かいましょ」
「了解、飛ばすよ」
二機のABSを乗せた東高のキャリアはすぐに発進し、おそらく死闘が繰り広げられているであろう最前線に向かった。
「チーム1、チーム2! 前へ!」
北高の監督は、自身が指揮をとるチーム1とチーム2を、前方一キロほど先に見える巨大な影に向かって前進することを指示した。
すぐに行動を開始するABSたちは、どれも表情がなく無機質なロボットだったが、それを操縦するオペレーターたちは緊張感で一言も声を発することができない。
彼らはABSの操縦に慣れており、ABS同士だけでなくウイルス相手にも場慣れした、高校生としては比較的熟練したオペレーターたちだった。
が、しかし眼前のあの巨体をみれば、どう考えても一筋縄ではいかない、いや、無事に作戦を終えられるかも心配になっていた。
藤堂は大混戦となっている、ウイルスの主力とABSの主力がぶつかり合っている様を見て、血の気が引くような思いをしていた。
――凄まじい大軍団だ。とても対抗しきれない。
北高は、この戦いに向けて虎の子の戦車を用意していた。
この戦車は、ABSキャリアを戦闘用に砲塔を搭載し、現実の戦車のような形状と用途にしたものだ。一般的に「BT」と呼称される。
オーストリアのソフトウェアメーカー「ワイス」が十年ほど前に製造を終了した古いモデルではあるが、れっきとした戦車である。
搭載する百ミリ滑腔砲は、ABSよりも大きな三、四メートルクラスの中型ウイルスを木っ端微塵にできるほどの威力を持つ。大型でも、十メートルクラスの大型ウイルスを一撃で仕留めている戦績を持った強力な戦車砲だ。
今回、アンタレスに一撃を与える最終兵器と考えて用意し、チーム3とチーム4がこの戦車を運用する。
本来はチーム1、2とともに行動させて運用する予定だったが、ウイルスの早すぎる行動開始に、調整が間に合わず、とりあえずチーム1、2に前線への援軍として先行してもらう形になった。
北高のチーム1と2の前に、巨大な影が姿を見せる。その威容は遭遇したものを圧倒し恐怖に陥れた。
「せ、先輩……!」
「お、落ち着け、練習通りにやるんだ。撃て!」
恐怖に後ずさり、逃げ出しそうになる心を奮い立たせると、アンタレスに向けて一斉に射撃が始まった。凄まじい射撃音が辺りに鳴り響き、これでもかというくらいにライフル、ロケット砲を雨のように撃ちまくった。あまりにも激しく撃ちまくったせいか、塵埃が舞い上がりアンタレスが霞んだ。
「やったか?」
一瞬の緊張の後、それぞれのチームの隊長はすぐに判断を下した。
「……だめだ! 退け!」
チーム1とチーム2のABSは、すぐに後退を始める。
彼らはアンタレスにダメージを与えることができなかったと判断した。そして、その判断は正しかった。
埃の中から巨大なアンタレスの姿が飛び出した。その動きは巨体に似合わぬ素早さで、反応できず、退避が間に合わなかった数機のABSが餌食になった。
「た、たいち――!」
彼は最後まで言う前に、自分のディスプレイに「コア損傷・強制ログアウト」と表示された。
彼だけじゃない。すぐに別のABSがアンタレスの凶悪な牙に跳ね上げられ、強力な尻尾のニードルに串刺しにされた。彼もまたコアをやられた。
「監督! チーム1、三機撃破です!」
「ば、化け物め! なんてやつだ!」
監督の額に汗が垂れる。とても歯が立たない。
「チーム2、四機撃破!」
あっという間に、次々と撃破されていく。
「これ以上失うわけにはいかん! 全員ログアウトしろ!」
監督は叫んだ。




