押し寄せる脅威
翌日の午前十時頃、イツキがマンションにやってきた。
真奈美が対応する。
「おはよう、霧島くん。何かご用?」
「うん、大河くん……起きてる?」
イツキはどうやら、大河がまた寝坊するんじゃないかと思って訪ねてきたらしい。
「うん、起きているんだけど。ちょっとすぐには出られないの」
「どうしたの?」
「フェンリルに新しい武器を作ったの。それを使うために色々とプログラムの書き換えが必要なのよ。ちょっと時間がかかるわ」
大河はフェンリルの改造プログラムを実行中に、カゲミツの扱い方を練習及び勉強していた。
抜刀したらこう動いて、こう動かすと防御できて……基本的にAIが動かすが、オペレーターはその際にどういう動きかたをするか知らないといけないし、ちゃんと操作できないといけない。
「フェンリルに? わあ、どんな武器なの?」
「それは後でのお楽しみということで。イツキくん、先に行ってて。改造プログラムが完了したら、動作プログラムは部室でやるから」
「わかったよ。じゃあ先に行くね」
イツキは、そう言って学校に向かった。
それから、大河と真奈美は午前十一時過ぎ頃に部室にやってきた。そしてすぐに、フェンリルにプログラムを追加させる作業に移った。
このままでは、午後二時までに間に合わせるのが難しいかもしれないので、出来上がり次第すぐに参加できるよう、部室での作業になった。
「フェンリルはこのカゲミツを使う技術を持っていないの。だから、これからそれを覚えさせるのよ」
真奈美はパソコンのディスプレイを見つつ、カゲミツの動作プログラムを入力していく。そしてフェンリルに実際にカゲミツを使うシミュレーションを行って確認する。これを何度も繰り返して、フェンリルがカゲミツを扱えるようにしていく。
延々と続けていると、さすがに疲労が溜まっていく。大河は背伸びして、一息ついた。
「いろいろ面倒だな。ナイフの方が使いやすいんじゃ……」
「そんなことはないわ。今のところ、これしかないのよ。そして、刀を扱うのは特殊なの。コンバットナイフを使うのとは技術が違うのよ。だから一から覚えさせなきゃならない。わけもわからず振り回していただけじゃ、カゲミツの性能の一割も引き出せないわ。フェンリルには正しく使ってもらわないと」
大河に説明しているが、視線はディスプレイだけを捉え両手は常にキーボードにある。
真奈美の指は、ものすごいスピードでカチカチとキーボードを叩いていく。よくまあ、こんなにできるものだと大河には不思議でならない。
大河もタイピングくらいは普通にできるが、こんなに速くはない。
そんな時、ミユキとトーコが部室にやってきた。
「あら真奈美ちゃん、いらっしゃい」
「お邪魔してます。椎名先輩」
真奈美は、そう言いつつもミユキの方を見ていないし、作業の手も止めない。
「――間に合いそう?」
「すいません。ちょっと厳しいかも。なるべく早く終わらせたいのですが」
「お願いね。――大河、準備だけは忘れないように」
「おう、任せとけ!」
午後十二時三十分。
集合場所の野球場に隣接する三階建ビルの屋上から、峠の方を眺めているABSがいる。峠の凄まじい事態に慄いた。
「うわぁ! ま、まずい!」
おびただしい数の大小ウイルスが真夜中峠を進んで行く。
その後方には、一段と大きなウイルスが確認できる。アンタレスだ。
ビルの屋上で偵察を行っているホライゾンのメンバーは、初めてみるその異様な軍団に戦慄を覚えた。あんな大軍団が押し寄せてくるなんて。
「おい! 今、どの辺だ?」
同じ部屋にいる別のメンバーが偵察隊に聞いた。
「先鋒が峠の中ほどに差し掛かってる! 後二、三十分そこらで降りてくるぞ!」
「冗談じゃない! まだ準備が終わってないんだぞ!」
これは――彼らの予測していた時間よりも早かった。
大手民間チームのホライゾンを中心とする討伐隊は、完全終結を待たずして行動に移ることになった。昨晩までのスローペースから打って変わって、凄まじいスピードで行動している。
完全に不意を突かれた形となった。
ただでさえ厳しいのに、こんな不完全な形で対応せざるを得ないのは、事態を余計に厳しくしてしまう。
「せ、先輩! これは大変なことに!」
イツキはメインディスプレイに映るウイルスの軍勢を目の当たりにして、顔を青くしている。昨日設置された共用の定点カメラの映像は、恐るべき状態を映し出していた。
ミユキは一瞬、言葉を失った。こんな大群が押し寄せてきたら、押しとどめることなど無理ではないかと思った。
「真奈美ちゃん、どのくらいかかりそう?」
「もう二、三十分欲しいです。なるべく急ぎます」
真奈美の手は止まらない。少しでも早く終わらせるべく全力で進めている。
「わかったわ。なるべくね、お願い。――大河。私とイツキは先に行くわ。出来次第すぐ来なさい」
「了解! 任せとけ! 先輩、まだやられるんじゃねえぜ!」
「生意気言ってくれるわね。ふふ……イツキ行くわよ。トーコ、キャリアを出して」
「了解」
東高基地から真夜中峠の方をみれば、何かが押し寄せて来るのがわかる。同時に無数の不気味な音が鳴り響いている。
まるで津波でも押し寄せて来るかのような、凄まじい音だった。
「もう野球場は無理ですかね……」
「もう来てるでしょうね。まともに集合できるか……もう少し近づいて様子を見ましょ」
防衛する人類軍は、民間のABSチーム「ホライゾン」の二十二機を中心に、「岡山大学オンライン防衛隊」や「チーム・ソージャ」などが十機程度という、三十数機しか間に合わなかった。本来なら五、六十機は集まるはずだったが、ふいを突かれたせいで準備も整わぬまま交戦することになってしまった。北高も遅れてしまい、前線に急行中だった。
警察などのABS部隊も迎え撃ちに向かうが、対応が遅く前線にはまだ辿り着けていない。
「このやろう!」
ホライゾン所属のABSが小型ウイルスを一体、二体と撃破していく。
「負けてたまるかよ!」
叫んで、アサルトライフルを撃ちまくる。撃っても撃っても、その残骸を乗り越えて押し寄せてくるウイルスは、その勢いを止めることはない。あらゆる障害をすべて蹂躙しなぎ倒して侵攻していく。
「おい!」
仲間が自分に向かって叫んだ次の瞬間、彼のディスプレイに「ブレーンユニット破損」と表示される。
「しまった!」
目の前のウイルスに気を取られて、他から来たウイルスの射撃にやられた。ブレーンユニットは、人間でいう脳に当たる重要な部分だ。破損するとAIのサポートができなくなり、結果としてABSは、まともな行動ができなくなる。
彼のABSは、ほぼ行動不能状態に陥り焦っていたところに、大型ウイルスの巨体に踏み潰されて撃破された。
「チクショウ! ……やられた」
彼はヘッドユニットを外すと、憔悴した顔で、
「みんな……すまん。あとは頼む……」
とつぶやいてうなだれた。




