決戦前夜
部活動が終わり間近な頃、ミユキのスマートフォンに北高の藤堂から電話があった。
「はい、椎名です」
ミユキが電話に出ると、藤堂の様子はどうもいつもと雰囲気が違うように感じられた。それは何故なのか、すぐに判明する。
『――椎名さん、ホライゾンが動くみたいだわ』
チーム・ホライゾンが動く。それは自分たちの手でホテルに巣食うウイルスに総攻撃を仕掛けることを意味した。
――ホライゾンはとうとう決断したか。ミユキの表情はこわばった。
「総攻撃ですか?」
『ええ、あちこちに声をかけて、参戦者を募っているわ』
「それで、いつですか?」
『明日、土曜日。時間は午後二時。峠の麓に荒れた野球場があるわね。あそこに集合とのことよ』
「わかりました。いよいよですね」
『ええ。北高は全員参戦するわ。学生に戦わせるのは忍びないが、とは言っていたけど、これは対岸の火事ではないわね。もう見過ごせないし、あのまま放ってはおけない』
「はい、絶対に……勝ちましょう」
『ええ――それじゃ、明日ワールドで会いましょう』
電話が切れた。
大河とイツキが席から立ち上がった。
ミユキの話していたことが耳に入ったせいか、二人とも少し興奮気味だ。
「先輩! とうとう決戦なのか!」
「そうよ。明日午後二時までに麓の野球場に集合だわ。みんな、午後一時に部室に集合して揃ってキャリアで野球場に向かうわよ」
「はいっ!」
大河とイツキは、驚くほど大きな声で返事した。
真っ暗な部屋の中、机のデスクライトとパソコンのディスプレイの光だけがぼんやりと浮かんでいる。
その前に座って、黙々と作業を続けるのは真奈美だった。
「……」
ひたすら無言でキーボードを打ち続けた。そして時々、グラフィックを呼び出しては確認し、さらにまたキーボードを打ち続ける。
それから一時間ほど経ったころ、動作の確認を何度も行い、うまく動いていることを確認すると――真奈美はニヤリとした。
そして拳を振り上げ、
「できたぁ――!」
普段では考えられないくらい大きな声だった。それほどまでに達成感があったのだ。
ふいにドタドタと廊下を走る音がして、真奈美の部屋のドアが急に開くと、修平が部屋に飛び込んできた。
「ど、どうしたんだいっ! 真奈美!」
「あ、お父さん」
真奈美は消していた部屋の照明を点けた。
「ごめんなさい。とうとう完成したものだから、つい嬉しくて」
それを聞いた修平は、すぐにピンときた。
「うん? もしかして、アレかい?」
「そう、アレ。『フェンリルの牙』よ!」
「へえ、見せてごらん。どれどれ……」
修平は、娘が完成させた『フェンリルの牙』を丹念に見ている。ABSを使い、動作させてみて、その使用感を確認した。
「いいじゃないか。うん、よくできてるよ。なるほどねえ。これは確かに大河くんとフェンリルには相性がいいだろうね」
「早速、フェンリルに装着してみたいんだけど、大河くんは?」
「まだ帰っていないけど、そろそろかな」
修平は時計を見て言った。
それからすぐに玄関のドアが開く音がして、「ただいま!」という大河の声が聞こえた。
「フェンリルの牙! ……なんだそりゃ?」
意外な言葉に真奈美はずっこけそうになった。
まったく能天気な性格だ、と考えながら、それでも真奈美はくじけない。
「……大河くん、前に椎名先輩に『フェンリルには牙がない』って言われてたでしょ」
そう言われて、ようやく思い出した。大河も色々考えてはいたが、今日は明日の決戦のことで頭がいっぱいだった。
「あ、そういえば……まさか、真奈美が作ってくれたのか?」
「そうよ。私の自信作なの。早速だけど、フェンリルに装着させたいのよ」
真奈美が完成させたフェンリルの牙。それは外観を見るに、「日本刀」のような形状をしていた。細長く、少し湾曲したメカニカルな日本刀。それに「ホルダー」と呼ぶマウントラックが付属しており、そのホルダーをABSに固定して使うのだそうだ。
なんとも格好のいい武器に、大河のテンションも上がる。
「すげえっ! 真奈美、これは凄すぎだろ!」
「うふふ、苦労したんだから」
「なあ、これ、なんていう名前なんだ?」
「『カゲミツ』よ」
「カゲミツ?」
「『影』と『光』。このカゲミツはその両端を象徴し、また、そのすべてを断つ世界最強の刃なのよ! カゲミツに斬れぬものなどない! ……なんちゃって」
真奈美は刀を振るような仕草をしながら、一生懸命語っている。
これまでのイメージとは違う真奈美に、大河は少し面食らっていた。言っていることもよくわからないというか、何を言っているんだ真奈美!
「ま、まあ……それはそれとして、このカゲミツをどうやって使うんだ?」
「このカゲミツは、フェンリル専用の装備なのよ。この本体の外側に光の刃を発生させて、その刃でウイルスの装甲を切り裂くの。鞘――カゲミツを固定するホルダーのことね。この鞘を右肩の後ろ側に固定して、必要な時に抜刀して斬りつけるのよ。それから、このカゲミツは本体ジェネレーターからエネルギーを供給するから、ジェネレーターの強化も必要なの」
様々なことを一度に喋るものだから、大河はすべてを理解できていないようだ。
このカゲミツは、『アクセラレート・システム』と同様に、ロウの隙間をすり抜けたシステムだった。以前、真奈美の父、修平は偶然に、簡単に構造物を切断できるプログラムを発見した。
エネルギーをつぎ込めばつぎ込む程、ゴツくて硬いものを簡単に切断できるようになっている。が、そのエネルギーの消費量が凄まじく、数年前の開発当時、ABSに直結して十秒間だけしか刃を発生させられず、「使い物にならない」と売り込みをかけた各メーカーから却下されていた。
米国などの一部機関などが、似たようなシステムを開発していたが、やはり燃費の悪さが仇になって、今では研究が凍結されている 。
真奈美のプログラミングは、父と比べて明らかに未熟だ。しかし、未熟であるが故に、修平ではまず考えないような発想があった。
また、フェンリルのジェネレーターはブラックボックス化されており、外すことすらできないようになっているが、性能そのものは相当優れているようだった。これに加えて、実はサブジェネレーターまで搭載していた。これは一時的に高出力が必要なアクセラレート・システムを搭載しているためだが、カゲミツを使用する際にも、このサブジェネレーターは有効だった。
しかし、それでも出力不足が懸念されるため、もう一つサブジェネレーターを外付けする必要があった。これは、これから装着するための改造を行わなくてはならない。
「なんか色々やらなきゃならねえんだな。どのくらいかかるんだ?」
「そうね、サブジェネレーターを付けるのと、改造プログラムを実行するのに自動プログラミングソフトを使うんだけど、それでも十五時間はかかるかも。それから学習させる時間がないから、動作プログラムを導入してAIに直接――」
何やら随分時間がかかるようなことを言っているが、大河にはそんなに待っていられない事情がある。
「なあ、ちょっと待ってくれ。明日なんだ。明日の午後二時に総攻撃なんだよ。それに間に合うのか?」
大河は、明日ホテルのウイルス軍団に総攻撃を仕掛ける作戦があることを、真奈美に説明した。
「え? 本当に? それは……あと二十時間くらいあるから、ちょっとギリギリかも。なるべく早くするつもりだけど……」
「まずいな。じゃあ、また後にしたほうがいいか」
時間的にギリギリだと、間に合わなくなりそうな気がする。今でなくてもと思った。
「ダメよ! 先輩に聞いたわ。あのラージニードル、アンタレスなんでしょ。だったら、あのアンタレスを退治できるのは、このカゲミツを装備したフェンリルだけよ」
大河に詰め寄り、力説する真奈美。
その鬼気迫る勢いにたじろぐ大河。
「そ、そりゃ幾ら何でも……」
「アンタレスの外装は、民間で用意できるレベルのものでは無理よ。ここではそう、大河くんとフェンリルだけがあのアンタレスを退治できるの。だから、カゲミツを! 大河くんっ!」
なおも力説し、大河のすぐ目の前まで顔を近づけた。
うっかり唇が触れてしてしまいそうなほど近く、大河の顔が赤くなる。
「あ、ああ。――まあ、わかった、わかったよ。でも早くしてくれよな」
「任せてっ!」
真奈美は大きく胸を叩いて、自信満々に言い放った。




