真奈美の閃き
翌日の授業はずっと上の空だった。
「これが、こうなるわけで……」
数学教師の田山は、授業を進めながら一人の生徒が明らかに自分の授業を聞いていないのを、平静を装いつつも気にしていた。
田山は短気で有名な教師で、ちょっとしたことですぐに怒鳴る。例えば、自分が喋っている最中に、生徒が鉛筆や教科書を落としたりして音が出た途端、目つきが変わって怒りだす。
最近は歳のせいもあってか随分丸くなりはしたが、それでもまだ生徒たちにとっては危険な教師だった。
生徒たちは、田山のカミナリが落ちるであろう生徒が誰であるか、よくわかっている。窓際の一番後ろの席で窓の外を眺めて、まったく授業を聞いていないであろう男子だ。
もちろん大河のことである。
このままでは大河の上に落雷し、近くのクラスメートたちは、そのとばっちりを受けるのではないかとヒヤヒヤしている。
隣にいるイツキが定規で大河の肩を小さく叩いて、このことを気づかせようとしているが、一向にその努力は報われそうにない。
そうこうしているうちに、イツキの前が急に陰った。おや? と思って見上げたら鬼の形相の数学教師、田山が立っていた。驚いて思わず椅子から落ちそうになる。
田山はそれを一瞥して、大河の方を見た。そして一喝した。
「コラァ、葛城ぃ!」
一瞬で教室の空気に緊張が走る。その声を聞いて、気の抜けた表情でそばに立つ田山の顔を見た。
「……なんすか?」
「なんすか、じゃないだろうがっ!」
自分の怒りがまったく響いていない様子の大河に、フツフツとさらなる怒りのマグマが湧き出した。
「お前は、授業を聞く気はないのかぁ! さっきからずっと窓ばっかり眺めやがってぇっ!」
「あ、すまねえ――じゃなかった、すいません!」
大河はそう言って、慌てて両手に教科書持って眺めた。しかし、その教科書を見て田山は一気に噴火した。
「お、お前なあ……。それは、それは『英語』の教科書だろうがぁっ!」
「え? あ、ありゃ――これ英語だったか、あっはっは。わりい、間違えたぜ」
すでに顔が真っ赤な田山は、とうとうブチ切れたようだ。
「ええぃ! もういい! 後で職員室に来いっ!」
大河の持っている英語の教科書をふんだくると、それを机に力任せに叩きつけた。
放課後。大河は大分遅れて部室にやってきた。
「ちぃっす……」
一時間あまり怒られまくった大河は、部室に入ってくるのも、どこか元気がない。しかめっ面のまま無言で自分の席に座る。どうやら、宿題まで出されて明日提出しろと言われていた。
「大河、聞いたわよ。田山に相当絞られたらしいわね」
ミユキはニヤニヤと、大河のヘコんだ表情を眺めながら言った。どうやら先に部室に来ていたイツキに詳しい事情を聞いたらしい。
「――ったく、田山の野郎、延々と怒鳴りまくりやがって……よくあれだけ言うことがあるよな。おかげでまだ頭ん中に田山の声が、まだ響いてやがる」
「田山って、ホント短気よね。私も一年の時は厄介だったんだから」
「やっぱり変わっていないんですね。田山先生って」
しみじみとイツキが言った。
田山はこの東高では今年で七年目になる。当時から生徒に恐れられていた。もっとも、授業そのものは真面目な授業で特に悪く言われることはないが……。
「はぁ……まあ、いいや。これからワールドで大暴れだ。――先輩、今日はどこに行くんだ?」
「大河は、今日は射撃練習ね。もう一時間しかないし、いつもの公園で真面目にやるように」
「えぇ、またかよ……」
大河はガックリ肩を落とした。
「――お父さん、いいアイデアない?」
「アイデアねえ……」
真奈美は、父親の修平の部屋にいた。
真奈美もフェンリルのアクセラレートを活かす方法を考えていた。せっかくのオリジナルABS。しかも特殊な機能を搭載した特別なABS。
真奈美も父と同じプログラマーを目指すなら、アクセラレート・システムを活かせるようなものを自らの手で用意できたらと思った。
しかしこれだというアイデアが結局思いつかず、父に相談に来たのだった。
「せっかく珍しい機能を持っているし、大河くんはそれを使えるのよ。なんとかしたいの」
「うぅん、まあ確かにね。しかし――難しいな。アクセラレート・システムって凄そうな名前がついてるけど、基本的にただの加速装置だからね。それにオペレーターが対応できないと使えない。だから各国とも研究を続けなかった。……とはいえ、僕の試作品でも漁ってみるかい? もしかしたら掘り出し物があるかもしれないよ」
「お父さんの? どんなのがあるのかしら」
真奈美は修平のパソコンの前に行き、試作品を見せてもらった。
「こっちのフォルダのはダメだけど、このフォルダのは、色々試してみて結局使い物にならなかったものだ。未完成の試作品だね」
そのフォルダには四、五十ほどと結構な数の試作品があった。
比較的ありがちなものから、とても現実的とは思えないようなものまで本当に様々だ。
某ロボットアニメのビーム兵器を連想させるものまである。何やらハンマーだとか、何やらジャベリンなんていうものまである。
――な、何を作ってるの……お父さん。真奈美は苦笑いしかない。しかし、さらにヘンテコなものまであった。
「これは?」
「それは『漏斗』と言ってね、オールレン――」
「それ以上は言わないで。……もういいから」
「そ、そうかい」
真奈美は二、三十ほど見ていって、あまり使い物になりそうなものはないかも、と考え始めた。
修平はフリーでやっていけるほどの優れた開発者ではあるが、同時にかなりのSFファンであり、アニメオタクでもあり、そういった作品に多大な影響を受けたものも非常に多い。
ビームタイプの銃とか剣とか、メガな粒子の大砲や、果てはABSの下腕がロケット噴射で飛んでいくような破天荒なものまで試作したが、どれもうまくいっていない。アニメに見られる武器は、ワールドではなかなかうまくいかないようだ。
しかしこうして見ていくと、製品として完成しなかったものだけあって、さすがに試作品はいまいちなものだらけだ。
「……これもいまいちかしら。これもかな……うん? これは?」
真奈美は、何か引っかかるものを見つけた。
「それかい? それは昔作ったんだけど、エネルギーの問題がね。燃費が悪すぎて、現状では使い物にならない。メルトカッターの方がコストもいいからって、どこに持っていってもダメ。お蔵入りだよ」
メルトカッターというのは、ABSに接続しエネルギーを使って刃を発熱させ、斬りつけた対象を溶かしながら斬る斬撃武器だ。比較的割古くから技術が開発されて、確立した技術である。
通常の刃のついたものより簡単にウイルスの装甲を簡単に切り裂くことができるが、発熱に少し時間がかかる点が欠点だ。通常の刃型コンバットナイフ型の方が一般的で、使い勝手がいいとされる。
真奈美はふと何かが閃いた。もしかしたら……いや、確実にこれは大河くんとフェンリルにとってとても有効な武器になる。
「お父さん、これわたしにいじらせてもらってもいい?」
「そりゃ構わないが、これはまあ、今の技術ならもしかしたらっていうのはあるが……正直、それでも優位性が持てるかわからないよ」
「うん、でもね。何かこう――可能性が閃いたのよ」




