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「ただいま戻りました。」
『スイレンお姉様、お帰りなさい。』
城の中に入るなり、藍色の髪を後ろでひとつに結んだ、赤い眼鏡をした使い魔が近付いてきた。手には分厚い本が握られており、何処かへ向かう途中のようだ。
「第129王子か。少し見ない間に大きくなったな。」
『そうですか。自分ではよく分かりません。』
『早くスイナールの所に行かないの?』
「兄弟の会話を邪魔したらダメだよ。」
久しぶりに再会した兄弟と他愛ない会話を続けていると、モコがソフィアの頭の上から不満の声を漏らした。ソフィアは慌てて注意をするが、今までスイレンとの会話に夢中でソフィア達に気が付かなかった第129王子と目が合ってしまった。
『貴女は誰ですか?』
「紹介しよう。僕の主人のソフィア様だ。頭の上に居るのはモコ様だ。僕が眷属として仕えているお方だ。」
『うわぁ、凄い。スイレンお姉様からお話しは聞いています。僕は第129王子です。人間とまだ1度も契約を結んでいないので、名前はないですが、仲良くして下さい。』
「ええ。…所で名前がないってどういう意味?」
スイレンに紹介されると途端に第129王子は目をキラキラさせて早口で話してきた。ソフィアは若干戸惑いつつも、先程の自己紹介の中で疑問に思ったことを聞いてみた。
「そのままの意味だ。使い魔は人間と違い両親から名前を授かることがない。人間と契約して初めて名前を貰えるのだ。」
『はい。なので、僕みたいに人間と契約していない使い魔は第129王子のように愛称で呼ばれるんです。』
ソフィアは使い魔の事は詳しいと思っていたが、まだ知らない事の方が多いようだ。
「そうなんだ。じゃあ私も貴方を呼ぶ愛称を決めようかな。ニックって呼んでもいい?」
「『えっ?』」
「えっ?」
何か変なこと言ったかな。もしかして、愛称が気に入らなかった?それとも、第129王子の愛称が既にニックだったのかな。29という数学から愛称を決めたのが悪かった。1を完全に無視していたよ。どうしよう。でもイチニックという愛称は微妙な気がするし…。新しい愛称を考える?
ソフィアが真剣に愛称を考えていると、第129王子が口に手を当てて笑い出した。
『す、すいません。でも、面白くって。人間とはとても興味深い種族ですね。』
「イヤ、ソフィア様が特別なだけだ。」
『そうだね。ソフィアが特別なだけだね。』
理由が分からず、首を傾げるソフィアを彼等は優しい瞳で見詰めるのだった。




