もう、何も要りません。10
第十話
自殺決行日の2日前、ユウは遊園地に行こうと言い出した。
「昔、父さんと母さんと優子と、4人で行った場所なんだ」
ユウの幸せな頃の思い出の場所。
そこに行く事は辛くないのだろうか。
心配だったけれど、ユウは普通に楽しそうに笑っていて、だから私も段々楽しみでわくわくしてきた。
この年で遊園地に行くなんて逆に新鮮。
朝早くから開園前に並んで、一番乗りをゲット。
その遊園地はここらでは一番大きいところで、平日だから人は少なかった。おかげで待ち時間無しでほとんどの乗り物に乗る事が出来た。
ジェットコースターに乗っては絶叫してる写真を撮られたり。
フリーフォールで恐怖で死にそうに叫んだり。
メリーゴーラウンドで異様にはしゃいで周りの親子をびびらせたり。
疲れてクソまずいアメリカンドッグを食べて、ソフトクリームを食べて。
二人とも、何かある度にそれがどんなくだらない事でも大笑いした。
周囲の人が奇異な目で見る程。
お化け屋敷に入る。最近のお化け屋敷はよく出来てる。本気の恐怖を感じながら、頭はどこか冷静で、必要以上の声で絶叫する。まるで絶叫自体が目的のように。
また別のジェットコースターに乗る。絶叫する。
バーチャルリアリティの館に入ってゾンビを撃ち殺す。叫びながら、笑いながら。
水の中を走るコースターに乗って、飛沫をかぶっては叫び、笑う。びしょぬれになって、また笑う。
子供が乗るような、ちゃちい電車に乗る。笑いながら。
ひとしきり乗り物に乗った後、ふらふらとベンチへ歩いて行く。
はあはあ息をついて、ベンチに座る。
二人とも同時に目を見合わせる。
するとどちらからともなく、大笑いした。
出せる限りの大声で、激しく、狂ったように。
一生分の笑いをここで出し切るように。
笑った。笑った。笑った。
とにかく、笑い続けた。
息が吸えなくて苦しくて、それでも必死で笑い続けて、喉が嗄れて、むせて。
息を吸おうとして、ぜいぜいと激しくなった呼吸に集中して、やっと私達は笑いやんだ。
二人とも涙ぐんでいた。笑いすぎたせいか、それとも。
日が傾き始め、遊園地は切ない雰囲気に包まれている。
帰り支度をする親子連れ。
これからホテルにでも行くのだろうカップル。
私達は雑踏を見ながら、無言でしばらく過ごした。
「そろそろ、帰ろうか」
ユウが言う。私も周りの切なさに感化されて、去りがたく切なく思った。
二度と来る事のない遊園地。
ああ、そう言えば、二度と来る事のないところばかり行ったなあ。
その中でも、周囲が賑やかで幸せそうである分、一番切ない場所はここだった。
私は、寂しくて子供のように泣いた。
しくしくと、泣きじゃくった。
ユウはそんな私の手を握ってくれた。
ユウを見上げると、私は彼の口元が震えているのに気付いた。
ああ、ここはユウにとっての思い出の場所だった。
お父さんとお母さんと、優子ちゃんと、ユウ。
幸せな思い出。
あの頃の彼も、この切ない風景を見たのだろう。
幼い彼は、寂しくて今の私のように泣いたのだろうか。
その時、一筋、彼の目から涙が頬を伝った。
そしてそれは二筋、三筋に増えて。
彼はまっすぐ前を見たまま、ただ涙だけ、頬に伝わせた。
私は。
こんな綺麗な泣き顔を初めて見た。
その雰囲気に気圧されて、私達はお互い泣きながらも、何も言わずに家へと帰った。
ただ握り合った手に力を込めて。
家に帰り、私達はお互い、ソファに沈み込んだ。
「疲れたね」
「ほんと、超疲れた」
私達は多分、あの遊園地で一番はしゃいでいただろう。
そして多分、一番悲しんでいただろう。
最後の遊園地。
楽しそうな親子連れ。笑い声。幸せの光景。
それは私にも、ユウにも辛い風景だった。
私は寂しくて泣きじゃくり、ユウは無言で泣いた。
それでも、私達は今日、遊園地に行かなければいけなかったんだ。
その理由に私はやっと今、気付いた。
楽しそうに笑う子供。幸せそうな家族。
普通の、当たり前の、幸せな家族。
それを目に焼き付ける。
その幸せは私達には永遠に手に入らない。
その事を心底理解する為に。
それでも、私達には握り合う手がある事。
それを心に刻み付ける為に。
強く、強く。
「ごはん、どうしよう?あんまりオナカ空いてないんだよね」
「中でいっぱい食べたからじゃん、ハナ」
ユウが笑って言う。
「あ、そっか。そうだったね」
あたしも笑う。
まだ遊園地の寂しさや悲しさを二人とも引きずっていて、何となく空元気。
でも、私達の握り合う手。
それはパズルのようにぴったりとつながる。
それはなんて奇蹟的な幸せ。
「今日は早めに寝よ。お風呂に入浴剤入れて、ゆっくり疲れをとって。今日の悲しみも幸せも、ぜーんぶ、お湯に溶かして、浴びよう。体中に」
空元気の笑顔で、少し笑いながらあたしはそう言った。
「それがいいな、明日もあるし。ハナが持って来てくれた入浴剤もまだいっぱいあるし。…今日は死ぬ程、本当に死ぬ程楽しくて、でも悲しくて、幸せだった。と思う。僕は」
「うん、私も。私も、そうだったよ」
バラの香りの入浴剤はとてもいい香り。
私は優子ちゃんの部屋で、明日の事を考えながら、ベッドに潜り込んだ。
自殺決行日の前日となる明日。
何をしようか。
何をするのがいいんだろう。
そんな事を考えながら、私はいつの間にか眠っていた。
優子ちゃんのベッドはいつもいい香りがする。
翌日。いよいよ、明日は自殺決行日。最期の日。
その前日となる今日。
何をして過ごそう?何をするのがふさわしい?
「おはよ」
「おはよ。なんか面白いニュースある?」
「うーん。何もないな。4コマが超つまらん。僕が描いた方が絶対面白い」
「あはは」
明日で全て終わる。
この1ヶ月、死ぬ程楽しかった。
この日々が終わるのが悲しい。ただ、悲しい。
その為、ほんの少し未練みたいなものも感じる。
でもこんな生活を続けられる訳がない。
この1ヶ月が終わったら、また地獄が始まる。
そして、その地獄から私達は永遠に逃げるんだ。
明日で、ほんとに全てが終わる。
全てが終わる。
なんて不思議な感覚。
言いようのない、不思議な感覚。
歯医者に連れて行かれるのを待つ子供のような。
遠足の前日の子供のような。
「ねえ、ユウ。今日は何をして過ごそう?」
ユウに問いかける。昨日から考えていたけど、思いつかない。
最期の日の前日。
「普通に過ごそう」
ユウは言った。
「何か特別な事をやる訳でもなく、普通の1日を過ごそう。食事をして、散歩をして、夜はTVを見てお喋りしたりする、普通の1日を」
そうだ。
きっと、多分、それが一番ふさわしい過ごし方。
穏やかな、穏やかな自殺の為の、最もふさわしい過ごし方。
「うん、そうだね。そうしよう。本とかも読んだりね。まだ読み終えてないのがあるし。とりあえず、朝ご飯食べよう」
朝ご飯は私の作ったベーコンエッグとトースト。
食事の後、各自の部屋に入って、各々の時間を過ごす。
私は本を読んだ。優子ちゃんの本。後少しで読み終わる。なかなか面白い。
疲れたらキッチンで紅茶をいれて飲む。窓からの太陽の日差しが眩しい。
お昼ご飯は残ったパンで作ったサンドイッチ。これも私が作った。
晩ご飯はユウに腕を奮ってもらわなくちゃ。
お昼ご飯の後、少しお喋りして、眠くなったのでお昼寝。
目が覚めたら3時半。
ユウを誘って散歩に出る。
この辺りは大きな川があって、その河川敷を歩く。
桜の木がたくさんある。まだ満開ではないけど、もうすぐ満開でこの辺りはとても美しくなるだろう。それを見れないのが少しだけ残念だった。
河川敷では野球をする子供や、お散歩の老夫婦や、手をつないで歩くカップルや、様々な人達が様々な過ごし方をしている。
ああ、美しいな。
人々の生活って美しいな。
最後にそれを感じられて良かった。
美しい生活を送れない自分が少しだけ哀れだったけど。
晩ご飯は予定通り、ユウに腕を奮ってもらった。
ハンバーグとマッシュポテト、カボチャのスープ。
「ユウって料理上手だよねー」
「美味しい?」
「超美味しい!」
楽しく食事をして、二人でTVを見た。あまり面白い番組はやってなくて、二人でお話をして過ごした。
9時になったらお風呂に入って、11時に二人とも各自の部屋に入って、寝る事にした。
本当に、取り立てて特別な事など何もない、普通の1日。
それが、もうじき終わる。
明日は、特別な1日。
このベッドで眠るのも、今日で最後。
優子ちゃん。ありがとう。
第十一話に続く。




