もう、何も要りません。9
第九話
翌日。
二人で朝ご飯を食べていたら、電話のベルが鳴り響いた。
「はい、松本です」
ユウが出ると、相手はユウの担任の先生のようだった。声がバカでかくて、耳を澄まさなくても会話がまる聞こえだった。
「松本、お前2日とも無断欠席してるけど、どうしたんだ?大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です。あの、1ヶ月程休みます。親戚と事件の事で…」
「そうか…分かった。ところで、お前、サクライハナって子、知らないか?」
私の名前だ。
「サクライハナ?知らないですけど…誰ですか?」
「いや、知らないならいい。お前と同じく2日無断欠席なんだが、その2日前から家出したみたいなんだ。お母さんが怒鳴り込んで来てな。心当たりはないのかって。たまたまお前と同じ時期だから、もしかしてと思ったが、知る訳ないよな。すまん。親戚と話がすんだら学校に来いよな。もうじき春休みだから進級は大丈夫だ。心配するな。じゃあ、体に気をつけろよ。」
いい先生だ。
それにしても、お母さん、学校に乗り込んだのか。携帯を着信拒否にしてるから、他に手がかりがないんだろうな。
「ハナのお母さん、心配してるんじゃない?大丈夫?」
電話を切ったユウが聞く。
「大丈夫。愚痴をぶつける相手がいなくて不便してるだけだから。気にしない。それより、ユウって松本って苗字だったんだね」
私は話題を変えた。
もう、ママの事は考えないって決めたんだ。
最後なんだから。ママの事で煩わされる事はない。
思い出さない。
もうママとはさよならしたんだから。
「ハナもサクライハナって言うんだね」
「そう、サクライは難しい櫻に井戸の井。ハナは中華の華」
「僕たち、こんなに親しいのに苗字も知らなかったんだね」
「ね。ユウってどういう漢字?」
「悠久の悠」
「かっこいいねー」
「でも、名前なんか単なる記号に過ぎないよ。現に、苗字とか知らなくても僕達はこんなにも仲がいいんだし」
「ほんとに、そうだね」
その日の夜、私達は この辺りで有名なホストクラブ、「Platinum」に行った。一度ホスクラって行ってみたかったから。
ユウは例のワンピースを着て、私はまたも全身をあのブランドで固めて行った。
これで大金持ちに見えるかな。
入り口で出迎えてくれた黒服は私達の顔を見て、露骨に怪訝そうな表情になった。高校生を店に入れたら大問題だからだろう。年齢確認でもされたら店には入れてもらえない。
咄嗟に私は、あの一流ブランドのロゴの入ったバッグを見せつけるようにして、言った。
「プロフィールファイル、見せて下さらない?それと、この店にはドンペリのゴールド、置いてありますかしら?」
自分でも吹き出しそうな程嘘くさい、カネモチコトバ。
ユウはさりげなく向こうを向いているけど、きっと笑いを堪えているんだろう。
黒服は驚きの表情と、その次に『上客だ』という笑顔を見せ、プロフィールファイルを見せてくれた。
私はNo.1のシュンリを。ユウはいかにもホストって感じのレイジを選んだ。
「いらっしゃいませ」
まずレイジが来て、跪いて挨拶をした。
黒服が私の側に来て、申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません。シュンリはただいま接客中でして。もうしばらくお待ちください」
「すぐにシュンリを呼んで。ボトルはドンペリゴールドで」
即座にそう答えると、黒服は
「か、かしこまりました!」
と慌てて走って行った。
「いらっしゃいませ」
それから僅か数十秒。
ほんとにすぐにシュンリが来た。ドンペリゴールドの威力だな。
黒服がボトルを持って来て、ドンペリコールの中、栓が開けられた。
私達4人はそれで乾杯。
まずっ。
やっぱりコドモにはシャンパンの味なんか分からないや。
「レイジ君、僕の好みかも。ねえ、男同士って抵抗ある?」
ユウが冗談とも本気ともつかない調子でレイジに迫っている。
それまで完璧に女だと信じていたのか、レイジはびっくりして対応に戸惑っている。
私の隣にいるシュンリは、さすがNo.1だけあって会話がうまい。うまくオンナゴコロをつかむ。顔は、まあオトコマエかなって感じ。
シャンパンはまずいけど、アルコール度が高いから酔うのも早い。
「次、クリュッグ!」
ユウが黒服に言う。
「クリュッグの銘柄は如何いたしましょう?」
「一番高いやつでいいよ」
「クリュッグなんてよく知ってるねえ」
感心して私が言うと、ユウは笑いながら答えた。
「これとドンペリしか知らないんだ」
「あはは!じゃあその次はピンドンいこっか〜」
「ハナちゃんとユウ君って面白いね、付き合ってるの?」
シュンリが検討はずれの事を言う。
「付き合ってねーよ!」
二人ともハモって大笑い。
「僕ゲイだから。シュンリ君はゲイ、どう?」
今度はシュンリに迫るユウ。しかしさすがそこはNO.1。
「美しいと思うよ。特にユウ君みたいな綺麗な子だと」
うまくかわすなあ。
シュンリは私の肩を抱きながら、甘い言葉を囁く。
シュンリの接客はうまい。
ホストクラブにハマる人の気持ちがちょっとだけ分かった。
「次、ドンペリロゼ!ピンドン!」
私達は余り飲まないけど、レイジとシュンリ、それにシュンリが席を外したときのヘル
プホストがガンガン飲むから、私達は次々とシャンパンを注文した。
他の客も、『なに、あの子達?』みたいな目で見てる。面白いな。
「ねえねえ、彼女っているの?いるでしょ、本命ってヤツ」
「いないよ。でも…ハナちゃんみたいな子が好みだな」
「あはは。常套句だよね」
「本気だよ」
真顔で言うシュンリ。こういうのがウリか。
その隣では、まだユウがレイジを口説いてる。
「ね、この近くにさ、ゲイバーあるんだけど、アフター行こうよ」
「あ、あの…終業が朝9時までなんですよ…」
「あー大丈夫。待つし」
レイジは泣きそうになっていた。
私達は散々ホストをからかって、店を後にした。
お会計は軽く100万を超えたけど。
シュンリとレイジが、店の外まで見送ってくれた。最後にシュンリが私を抱き寄せてキスしてきた。この野郎、と思ったけど、私は『ホストクラブに来てる客』だったんだった。
じゃあ、しょうがないな。最後まで、そう振る舞わないと。
「あー面白かった!」
「ね!超面白かった!」
ユウと二人で家に帰る道すがら、話した。
「ねえ、マジでレイジってユウのタイプ?」
「うーん、実は微妙。反応が面白くて、つい」
笑いながら正直に答えるユウ。
「シュンリはちょいキモいくらい接客上手だったよ。携帯聞かれたけど嘘教えちゃった。超上客捕まえたと思っただろうけど、気の毒」
「僕も、嘘教えた」
二人で笑う。
「それにしても今日の売り上げ、すごいだろうなあ。シュンリとレイジ、褒められまくり
だね」
「もう二度と来ない客だけどね」
「あははは」
また別の日には、私達は高級フランス料理店に行った。
マナーも何もよく知らなかったけど、美味しかった。
一流のサービスをしてくれる店でふざけるような事は出来ず、一流の味とサービスを堪能した。シェフに敬意を払って。
フランス料理って案外美味しいかもしれない。
でももう二度と来る事もないだろうな。そう思うと、寂しい。
またある日は、お酒をどっさり買い込んで、家でトランスパーティをした。
二人だけのパーティ。
かけるCDは私の大好きなCD。主にトランスと、サイケ、テクノ。それに、ユウのアレンジしたカノン。
大音量でかけて、間接証明の中、リビングで踊り狂う。これでミラーボールとかターンテーブルがあったらカンペキ。
買い込んだお酒を飲みまくり、踊って踊って、狂ったように踊った。
踊り疲れた後は、二人ともソファで倒れ込むように寝た。
またある日は、二人で買い物に出かけた。何だかデートみたいで照れくさかったけど。
アジアンな雑貨屋さんでお香を見たり、オソロイでペンダントを買ったり。
夜、有名なデートスポットの港に行って、海を見た。周りはカップルだらけで、部外者の目からその様子を見るとかなり笑えた。
だって、肩を抱き合ったり手を繋いだりして海を見ている2人連れが、延々と港に連なってるんだもん。
ユウがゲイバーに連れていってくれた事もあった。
ゲイバーのママは、びっくりするくらい男前で、これでゲイなんてもったいない、と思ってしまった。
ユウは常連で人気者なのか、女連れでもみんな優しくしてくれた。
そこであるネコの人が見せてくれたペニスピアスは一生忘れられない。あれで本来の機能を果たすんだろうか?全く余計なお世話だけど。
多分世界一有名な、高級ホテルのエクストラスイートに泊まった事もあった(王様気分!)。
プールと滑り台のあるラブホに泊まった事もあった(無論、何もなかった)。
ハンバーガーを100個買って、それを店の前で歩く人達に配った事もあった(滅茶苦
茶怒られた)。
また別のクラブに行って、踊りながらサルビアを吸った事もあった(サイケデリック!)。
私達は、毎日毎日遊び続けた。ただただ、無邪気に、夢中で遊び続けた。
それが他人からは狂ってるように見えたとしても。
私達は、幸せだった。
最期の瞬間は徐々に近づいて来ている。それを待ちながら。
第十話に続く。




