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第1話 魔技士

 父は言った。誰かを守れる力を持てと。


 母は言った。誰かを守りたいと思う心が力になると。

 

 祭壇を思わせる石造りの丸い部屋の壁際で、少年は薄れゆく意識の中、父と母の言葉を思い出していた。


 彼の目の前には、牛頭人身の怪物『ミノタウルス』が鼻息を荒くして巨大な石斧を水平に持ち、今にも振り払わんと構えている。


 少年の体は既にミノタウルスの攻撃を受け、動くことも叶わない。


 もはや勝てる見込みなどない……はずだった……


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 



 冒険者ギルドの看板を掲げた建物に一人の少年が入ってきた。


 「こんにちは、ベルさん。買取お願いできる?」


 人々の喧騒の中、少年がカウンター越しに女性に向かって話しかける。


 「おかえり、ノアル君。今日は『朽ちた骨』が三つね」


 少年の名前はノアル。今年で16歳になる。身長は高くもなく低くもない同世代の中でも平均的と言っていい。簡素なレザーアーマーと腰に下げたロングソードが目を引く。16歳といえば、そろそろ独り立ちする歳だが、その顔には未だ幼さが残っている。


 「はい、代金の銅貨6枚。あまり無茶しちゃダメよ。ラーニングのスキルだって使いようによっては強くなるかもしれないんだから」


 少年はカウンターの女性ーーベルから鈍い色の硬貨を6枚受け取った。


 ノアルに比べればだいぶ年上だろうか。水色のシャツにベージュのベスト、黒いロングスカートに腰エプロン姿の彼女は、ノアルのことを本心から心配しているようだった。


 「ありがとう」


 感謝の言葉を口にし、ノアルはカウンターから離れた。


 木造の広めの室内には、性別、年齢を問わず様々な人が見える。


 ノアルが歩き出した時、奥の掲示板の付近にいた2人組の男達が近づいてきた。


 「おんやぁ。これはこれは魔技士のノアルさんじゃありませんか? 今日も雑魚狩りの帰りですかあ?」


 頭に革製のバンダナを巻いた人相の悪い中年の男がノアルに向かって話しかける。


 また、これか。この人たちはほかにやることはないんだろうか。ノアルは内心でため息をついた。


 男の言葉を無視して帰ろうとするノアルの正面にもう一人の男が立ちはだかり道を塞いだ。こちらも同じように人相が悪い小太りの男。しかも手には酒瓶を持っている。


 「おいおい無視かよ。『ラーニング』のスキルしか使えない奴がなに偉そうにしてるんだ。分かってんのか」


 こいつらはいつもこうだ。何がしたいんだ。


 酒臭い息を吐き出しながら言う男にノアルは心底嫌気が差したが、彼には逆らう力がない。


 「やめてください! ドルグさんもゴルドーさんもどうしてノアル君に嫌がらせするんですか!」


 騒動を見かねたベルがカウンターから出てきた。


 「なんだ、お前。俺たちに逆らうのか」


 バンダナを巻いた男ーードルグがベルに向かって突っかかっていく。


 「こいつが雑魚狩りにしか役に立たない『魔技士』だってことはお前も知っているだろうよ。それに比べて俺のクラスは戦士、ゴルドーは弓術士だ。ラーニングしかできない魔技士がどうやって俺たちに逆らえるんだよ」


 世界にはクラスと言われるものがある。冒険者ギルドにある「見極めの水晶」に手をかざすことで判別することができるそれは、否応なく冒険者の『格』を決めてしまうものだった。

 それぞれのクラスにはレベルに応じて習得できるスキルが複数あり、戦士の「スラッシュ」や弓術士の「曲射」などがそれだ。

 しかし、ノアルのクラスである『魔技士』にはレベル1で覚える『ラーニング』しかない。

 

 「だよなあ。ラーニングなんてモンスターのスキルを覚えられるって言っても、結局自分より格下のモンスターの技しか使えないからな。格下のモンスターのスキルでどうやって格上のモンスターと戦うんだっていう話だよなあ。なあ、ノアルさん」


 ゴルドーは話し終わるとノアルの顔に向けて酒臭い息を吹きかけた。


 「やめてください!」


 ベルの声が響き渡った時、ノアルが口を開いた。


 「ありがとうベルさん。でもこの二人の言う通りだよ。『魔技士』なんて誰もパーティーに入れてくれない」


 「そ、そんなこと……」


 「いいんです。ドルグさん、ゴルドーさん、すみませんでした」


 「分かればいいんだよ。これからは常に部屋の端っこを歩くようにな」


 ゴルドーは吐き捨てるように言うと、下卑た笑い声を上げた。


 「はい」


 ノアルはドルグとゴルドーに深く頭を下げると彼らを避け、ベルが心配そうに見つめる中、冒険者ギルドを後にした。


 既に辺りは夜の帳が降りはじめている。


 …………。


 ノアルは冒険者ギルドからしばらく歩き街はずれにある木造の一軒家に入っていった。


 「ただいま」


 「おかえりノアル。今日も無事だったんだね」


 中年の女性がノアルを出迎えた。スラリとした長身は彼女を実年齢よりも若く見せているのかもしれない。


 「危険なところなんて行ってないからね。ライアおばさんは心配しすぎだよ」


 「そんなこと言ったって、あなたは私の姉夫婦の唯一の忘れ形見なんだから、心配ぐらいするわよ。ご飯できてるから後で食べてね。じゃあ私は戻るから」


 「いつもありがとう」


 ライアはそう言うと、家を出ていった。


 「ライアおばさんは心配性だな。俺が行ける場所に危険なモンスターなんて出ないのに」


 そのまま部屋の中に入っていくが、そこには誰もいない。


 中央にあるテーブルの上にはライアが置いていってくれた硬いパンとスープ、そして野菜の塩漬けが並んでいた。


 「あれからもう5年か……」


 誰にともなくつぶやくノアルの脳裏に過去の情景が浮かんできた。


 ーー夜空に浮かぶ赤い月。街中に溢れる無数のモンスター。蹂躙される街の人。


 そして、モンスターに向かっていく両親の背中……。


 あの時、父さんと母さんがいなければ、この街はどうなっていたんだろう。それに比べて俺は……。


 パンをスープに浸しながら食べるがあまり味はしない。


 父さんと母さんに憧れて冒険者になったのはいいものの、この半年で上がったレベルは2つだけ。そもそも最初の三、四か月はモンスターとまともに戦うことすら出来なかった。


 『魔技士』じゃ強くなれないのかな。


 あの二人の言うとおり、周りのみんなはパーティーを組んでいるのに俺だけずっと一人でダンジョンに挑んでいる。

 

 冒険者ギルドでは『魔技士』と言うだけでみんな避けていく。なんでも昔『魔技士』を入れたパーティが分け前で揉め、仲間同士の争いにまで発展したとか。


 モンスターを倒さないとスキルを覚えられないのに、ラーニングできるスキルには癖が強いものも多いし、モンスターが使うよりもかなり効果が低い。

 ほかのクラスはレベルが上がるだけで順調に強力なスキルを覚えられるんだから、邪険にされるのも当然か。

  

 雑魚退治には役に立つけど、ダンジョンボス戦では役に立たない「雑魚専」クラスの『魔技士』とは的確な評価なのかもしれない。


 父さんと母さんは街を守った偉大な冒険者だった。クラス『騎士』のベルガルとクラス『神官』のアルリッテのコンビと言えばこの街で知らない者はいなかった。それに比べて俺は……。


 「ごちそうさまでした」


 味のしない食事を終え、手早く食器を片づけるとノアルはすぐに眠りに入っていった。

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