過去の夢ー2
私は女子中学生。
この町の中学校と小学校は隣接して建っており、渡り廊下で繋がっている。
職員室は中学校の校舎の1階にあり、小学校と中学校の先生たちは職員室を共有している。こうなると、小学校の話は中学校に、中学校の話は小学校に筒抜けだ。
職員室で大好きな英語の先生とおしゃべりするのが好きな私は、小学校の出来事や中学校の噂をここで耳にすることがよくあった。
まあ、私のことが話題になることもあったが・・・。
文化祭が近づきクラスで催しものを決めることになり、私達のクラスは劇をすることに。
先生が配役決定に悩み、簡単な寸劇をこしらえ、班を作って実演するよう言った。
教室の机や椅子は四隅に片付けられ、中央に舞台ができる。
教室内に、どこからともなくたくさんの衣装を下げたラックがガラガラと登場する。
衣装がまた奇抜だ。
バレリーナの白いチュチュに繊細なビーズがあしらわれたもの、侍の着物、ハンガリーの民族衣装、海賊にピエロの衣装もある。
それにいちいち着替えて実演させるため、待ち時間が長くてしょうがない。私は待ちくたびれて、トイレに行ったり、体育館に行ったり、時間を潰していた。
体育館から戻ってくると、クラスメートがざわざわしながら、まだまだ最初の方の班が実演している。それを横目に、私はクラスからそっと逃げ出す。
廊下は腰をかがめ、這うように進み、非常階段を上ったり下ったりしていたかと思うと、いつもそれは病院の中の階段に変わっている。
学校から逃亡すると、必ず行く場所だ。
町立総合病院の中。
この病院は大きくて、幾つもの棟から成っている。
私は最上階へ上がる階段の真ん中くらいにいて、その肩は少しだけ震えていた。
「そうだ。この階段を上れば、末期患者や死を待つ老人が入院している薄暗い階になる。どんよりとした黒い空気が立ち込め、不気味な感じがする。行きたくない!」
一つ階を下げて廊下を進み、大きな手術室のような緑色の摺りガラスのドアの前に来る。
その両開きのドアが開くと、手術室ではなく簡単な事務所があり、その奥には厨房が見える。
病院の食事を作る栄養課だ。ここはまあまあ明るい。
栄養士や調理師の人が白衣を着て、忙しく働いている。(たまに私はここで働いている。あ、話がややこしくなるので話を戻そう。)
栄養課の前を通り過ぎて、廊下を進むと売店が見えてくる。
売店は廊下を挟んで、左手窓側にお土産やお菓子、弁当を売っているお店、右手建物側に日用品や介護用品を売っているお店がある。
更に奥に進むと、待合いするためのレストランがある。
このレストランは半円形状でガラス張りになっており、町が一望でき、青い空と町並みのコントラストが秀逸で眺望が素晴らしい。しばし見惚れてしまう。
「おっと、こんなことをしてはいられない。学校に戻らないと!」
そう思ったら、学校の階段に戻っていた。
「○○ちゃん、探したよー、僕達の班の番がきたよ。でも○○ちゃんいないから、最後になったよ」
と、金髪の男の子が駆け足で寄って来て言う。
「ごめん、ちょっとトイレに行ってた」
その男の子の後に遅れてやってきた班の子達と教室に戻る。
海賊の衣装を着た私は、台詞を言おうとしたが声が出ない・・・。
あー声が出ない。どうしょう?
「女海賊は・・・貴婦人だ」
そう、台詞を言いたいのに・・・。
ここで私の意識は飛ぶ。
ここで場面は切り替わる。
詳しい年代は分からないが、時は海賊船全盛時代。
世界の大海原では、略奪行為が平然と行われていた。
悪い海賊もいれば、良い海賊もいる。
私はここで女海賊として名乗りを上げ、多くの海賊たちを従えて七つの海を航海していた。
略奪はしても、降伏すれば命は保証した。
見た目は男、言わば男装しているので、私の本当の姿に気付いている者は、私の船の乗組員だけであろう。
もちろん剣も使いこなし、海図を読み、機会を窺い作戦を練り、船の舵を取る。
私の剣は円を描くように柔らかく、そしてここぞという時にスパッと刃先で獲物を捉える剣法。
甲板に出て、マストの上の展望台に立ち、頭に巻いた大柄のスカーフが今日も青く黒く海風になびいていた。
「故郷に帰る」
私の一声で、海賊船は帰国の途につく。
波止場に迎えに来る者はいない。
身寄りは、年老いた祖母が郊外の施設で暮らしているだけ。今回の上陸は、その祖母を訪ねるため。
施設が開催する慈善事業チャリティーに参加し、祖母を見舞うのだ。
上等な青色の絹のドレスを着て、麦わら帽子に白いレースや花をあしらったボンネット、下がるピンクのリボンを顎下にて結び被る。身支度を整えた私は、馬車で施設へ急ぐ。
窓外の景色はどんどん移り変わり、緑が多くなり、道もガタガタしてくる。
だが、入ってくる風は心地よく、私の心を躍らせた。
しばしすると、白いカントリースタイルの大きな建物と木で出来た柵が見えてくる。
そこで道は二つに分かれ、建物の車寄せがある方はずっと道が続いていて、地方へいく道路と繋がっていた。もう一つの道は建物の裏へと通じていて、どんどん道が細くなり白樺の木が並ぶ遊歩道になっていた。
車寄せの方へと馬車を走らせ、玄関前に停める。
中から執事が出て来て、玄関ホールへと導く。中に入るとホール全体が応接間になっていて、右手奥に二階に上がる階段が見え、その階段下にドアがあり、そのドアを開けて入ると入所者の居住スペースになっていた。
また、ここには陽の光が降り注ぐ広いサンルームが続きで左手にあり、ランチをしたりお茶をしたりと、見舞客と歓談する人々で溢れかえっていた。
天井からはカラフルな飾りつけが下がり、大小のバルーンが床に転がり、子供たちがお菓子を抱えて走り回っている。
院長が姿を現し、私に挨拶をする。
「ようこそおいで下さいました。いつもご寄付頂き、誠に有難うございます」
「いえ、お役に立てているのでしたら宜しいのですが」
私は手袋をした右手を上げ、左手に持っていたビーズバッグから扇子を取り出した。
ひらひらと扇子であおいでいると、院長が次いでこう言った。
「本日は少々暑うございますわね。おばあ様はもうすぐこちらに連れて参りますので、少々お待ち下さい」
そう言った院長の後ろから、車いすに乗った祖母が見えた。
私は駆け寄り、祖母を抱きしめる。
「海の匂いがするわ」
祖母には何も隠せない、そういつも思う。
サンルームから裏手の遊歩道へ、車椅子を押して出る。
「元気だったかい?」
「ええ、おばあ様はどう?」
「私は元気だよ。そうだ、今回は私も手作りの作品を出しているのよ。見て帰っておくれよ」
「おばあ様が作ったもの?」
「ああ、そうだよ。展示が終わったら、お前にプレゼントしょう」
「なに?」
「それは見てのお楽しみさ」
私と祖母はそんな他愛のない話をして、のんびりと散歩を楽しんだ。
「お昼寝の時間だ。お前は二階の展示室を見て帰るといい」
「ええ、おばあ様」
肩から落ちかけたケープを祖母の肩にしっかりと巻き、施設へ戻った。
サンルームはすでに閑散としていた。入所者も客もみな、お昼寝に行ったのだ。サンルームの奥の書斎では男性達が煙草を片手に、暖炉の前で政治の話だかをしている。
「ごきげんよう、おばあ様。また参ります」
祖母は微笑み、上機嫌でメイドに車椅子を押され自室へと姿を消した。
「誰もいない今が絶好のチャンス!」
私は二階に設えられた作品の展示会場へ向かった。
階段を上がると、手前が展示室になっている。展示室の部屋の扉は開いていた。そこから奥の方にバルコニーへ行くドアがあるのが見えた。
青い空と白い雲。白いバルコニーで椅子が静かに人を待っている。
中に入り展示室のドアを閉め、並んでいるパッチワーク、レース、花、絵画などを見て回る。
「おばあ様の作品はどこかしら?」
部屋中をキョロキョロと見回した私の目に入ったのは、窓際の長机の上に置かれたベールだ。ここから見ても細かな刺繍が施されて大層美しかった。
引き寄せられるように、そのベールの近くへ行き、手に取ってみた。
「綺麗・・・」
「そうだね・・・ここの作品の中ではそれが一番だ」
背後から男性の声がする。
ベールが手から滑り落ち、私はさっと振り向いた。
ひとりだと思っていたのに・・・。
黒髪のとてもハンサムな男性。黒いフロックコートと詰襟の白いシャツが良く似合っている。
だが、きっと海賊の衣装も似合う。咄嗟に同じ匂いがすると思った。
「落ちましたよ」
彼はベールを床から拾い上げ、私に手渡した。
「あ、ありがとうございます」
「そのベール、素敵ですよね」
「ええ、誰の作品かしら」
私はベールの作者の名前を探す。
「え?私の祖母のものだわ」
「おばあ様は素晴らしい手を持っていらっしゃる」
「そうですね、レディーとして最高の女性です」
「あなたもレディーでしょう?」
「私ですか?ええ、そうですわね・・・」
生返事を返すと、男性はニヤリと笑った。
「どこかでお会いしませんでしたか?」
「あ、いえ、私は記憶にありませんけれど」
「あなたの記憶にはないかもしれないが、私の記憶にはあるかもしれない」
そう言われて、なんだかからかわれている気がして、胸がムカムカしてきた。
「私はこれで失礼します。家へ戻らねばなりませんので」
「そうですか、また、お会いするかもしれませんね・・・」
私はベールを長机に戻し、そそくさと彼を無視して足早に展示室を出た。
「さっきの男性は不躾だわ!」
馬車の中で私は両手を握り締めた。
でも、なぜか・・・数年前に遭難した時の光景を思い出す。
あれは・・・夕闇迫るころ・・・折れたマスト引き裂かれた帆。
甲板の上で、ぐったりして腕から零れ落ちそうな私を抱きかかえる逞しい男性。
独り残された彼は・・・・。
そう、彼も見た目は紳士だが中身は海賊の長。
彼は一目で女海賊と見破った。
なぜなら、何年も前のことだ。
彼女の船が嵐に遭い、船は崩壊寸前で大海原を漂っていた。見た感じではマストは折れ、帆は引き裂かれて垂れ下がり、とても船内に人がいるような状態ではなく、このまま見過ごそうと思った。
だが、万に一つでも人がいたらと思い、乗り込んでみると、船長室に男装の女性が倒れていた。彼は彼女を抱きかかえ船に戻り、自分の船に彼女の船を繋ぎ、近くの港まで航行した。港に着いても女性の意識はなく、昏々と眠り続けている。困った彼は海運保安局に彼女と船を預けると、自分は海へと戻っていったのだ。
『これも何かの縁』
彼は咄嗟にそう思った。
それは彼女も出会った瞬間に否定しながらも、分かっていたこと。
「これから楽しくなりそうだ」
そう彼の心の声が聞こえたような気がした。
望遠鏡でみているような彼の後ろ姿がどんどんと遠ざかってゆき、私は目覚めた。
この話の続きがいつやってくるのかは分からない、すぐなのか、永遠にこないのか。




