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第13話 個人請負人

採用します。それでは第13話を書きます。

第13話は戦略会議→クレハとの面会→住居と生活立ち上げ→最初の依頼という構成になります。少し長めになりますが、二人体制の生活立ち上げという重要な転換点なので、丁寧に描きます。


第13話 個人請負人

アレクサスに戻った夜、俺と雫は俺の宿舎で一晩を共にした。

雫が居場所を確保するまでの暫定的な処置として、宿舎の管理人に事情を説明して、もう一つベッドを運び込んでもらった。狭い部屋に二人――地球時代でも、こんな状況になったことはなかった。

雫は長旅と二か月のキャンプ生活の疲れを、宿舎の小さな浴室で洗い流した後、すぐに眠った。俺も身体を休めた。


翌朝、俺と雫は宿舎の小さな机を挟んで向かい合った。

朝食を取りながら、二人の今後の生活を相談する時間――雫の方から、まず話を切り出した。

「先輩」と雫は淡々と切り出した。「お話があります」

「ああ」

「**今後の生活設計について、私の考えを聞いていただけますか」

雫の口調は、地球時代に俺に質問する時の彼女とは違っていた。プログラミングを教えてくださいと頼んでくる後輩ではなく、戦略を提案する合理主義者としての雫が、目の前にいた。

「聞かせてくれ」と俺は答えた。

雫は整理した順序で話し始めた。

「まず、結論から申し上げます」と彼女は言った。「**私は、研究都市の中ではなく、外の市街地に住もうと思います。**そして、研究都市の研究員にはならず、個人請負人として活動しようと思います」

俺は少しだけ目を見開いた。雫の判断は、俺が予想していたよりも踏み込んだものだった。

「……理由は?」と俺は静かに尋ねた。

「二つあります」と雫は指を二本立てた。

「**一つ目。**先輩がここまで話してくれた情報を整理すると、研究都市は信用できる人物クレハさんと、警戒すべき人物ゼノスさんの二つの方針が衝突している場所だと理解しました。**現時点ではクレハさんの方針が優勢ですが、いつ反転するかは分かりません。先輩は、すでにそこに身を置いている――でも、私まで同じ場所にいると、何かあった時に、二人とも一網打尽になります」

「……俺が想定していた以上に踏み込んでるな」と俺は短く返した。

「いえ、最低限のリスクヘッジです」と雫は淡々と答えた。「**研究都市が裏切らないという保証は、現時点ではどこにもありません。二人で同じ場所にいるのは、戦略的に危険です。どちらかが外で動ける状態を確保すべきです」

俺は彼女の判断を、ゆっくり呑み込んだ。雫の合理主義は、まさに俺が一人で気づけなかった視点を提示していた。二人で同じリスクを抱えない――これは戦時の捕虜防止の基本だ。戦争を経て独立した合衆国の中で、戦争の論理で身を守る――皮肉だが、合理的だった。

「二つ目」と雫は続けた。「**私のCDEは、情報収集系です。範囲を広げれば街全体、範囲を狭めれば対象一つの詳細情報――**こういう能力は、**研究都市の中に閉じこもっていては、最大限活かせません。**外に居住して、広い範囲で情報を集める方が、能力の運用上、合理的です」

「……分かった」と俺は頷いた。「**戦略的にも、能力運用的にも、お前の提案は理に適ってる。俺は反対しない」

雫は少し安心したような表情を浮かべた。

「**よかったです。先輩が反対されたら、説得が大変だったので」

「お前の判断を、俺が拒否する理由はないよ」と俺は苦笑した。「**お前は俺より頭がいい。運以外は」

雫は短く笑った。


「それで、個人請負人として活動する――具体的には、どうするんだ?」と俺は尋ねた。

「合衆国の依頼網から、情報収集系の依頼を受ける形にしようと思います」と雫は答えた。「行方不明者探し、落とし物探し、空き家の安全確認、店の市場調査、旅人向けの道順調査――**こういった依頼に、私のCDEは適しています。それで生計を立てます」

「**……依頼を受ける窓口は、ヘアピン経由のはずだな」

「はい。先輩と同じ仕組みのはずです」と雫は頷いた。「**個人番号で登録されれば、自動的に依頼が脳内に届きます。研究都市の常駐職員ではなく、個人で登録する形にすれば、研究都市の指示系統からは独立できます」

俺は雫の言葉に頷いた。

雫はもう、合衆国の制度を完全に把握している――俺が一日かけて理解した内容を、雫はキャンプでの会話と入国手続きで既に把握していた。プログラミング以外なら天才的な彼女の本領発揮だった。

「そして、毎日、定例ミーティングを持ちましょう」と雫は続けた。「**毎日19時に、お互いに会って、現状の報告と認識合わせをする。翌日の戦略を決める。この時間は固定にしてください」

「……毎日か」

「はい」と雫は静かに頷いた。「**情報の更新と認識のすり合わせは、頻繁にした方が、認識のズレが小さくなります。**特に研究都市の動向は、毎日把握すべきです。ゼノスさんが動き出したら、最初の兆候は微妙な変化になるはずです。それを見逃さないためには、日次の認識合わせが必要です」

俺は雫の徹底ぶりに、改めて感心した。現代企業のKPIマネジメントを、平行世界の生存戦略に応用している――地球の知識を雫は全部、ここで活かしている。

「……分かった」と俺は答えた。「**毎日19時、固定で会おう。場所は?」

「先輩の宿舎の近くで構いません」と雫は答えた。「**私が出向きます。研究都市の中で会うのではなく、境界に近い場所で」

「了解だ」


朝食を済ませて、俺は雫を連れてクレハの研究室に向かった。

正式に雫を紹介する場面――これが今日の重要なイベントだった。雫がクレハに、自分の戦略を「能力運用の合理性」として説明する――この場面の演出が、今後の二人の立場を決める。

研究棟の応接室に通された時、クレハは既に来ていた。机を挟んで向かいに座っていた。いつもの研究着姿だが、髪型を少しだけ整えていた――初対面の客人を迎える準備らしい配慮。

「お待ちしておりました、神野さん」とクレハは穏やかに挨拶した。「そしてあなたが、シズク・キタザワ様ですね」

「はい、北沢雫と申します」と雫は礼儀正しく頭を下げた。

二人が向かい合って座った瞬間、俺は空気の変化を感じた。

クレハのカラコンが、雫を分析している――それを、雫も察知している。二人とも、表面的には穏やかな表情だが、内側では互いを評価し合っている。俺は二人の間に挟まれて、二人の駆け引きを観察する立場になっていた。


「ご無事の入国、おめでとうございます」とクレハが切り出した。「**ヴェラ・モリンスから鑑定書も拝見しました。情報系の素晴らしいCDEですね」

「**ありがとうございます。自分でも、運が良かったと思っています」と雫は答えた。

運が良かった――雫は「努力で何とかなる」と言っていた合理主義者だが、ここでは敢えて運の言葉を使った。クレハに対しては、過度の自信を見せない――雫の戦略的な発言だった。

クレハはわずかに口元を緩めた。雫の言葉選びを評価している――それは隆二には伝わった。

「**お二人は、**地球時代からのお知り合い、と神野さんから伺いました」とクレハは続けた。

「はい、大学のサークルの先輩後輩関係です」と雫は答えた。「**先輩がいなくなった後、私も派遣事業に応募して、ここで再会できました」

「……感動的なお話ですね」とクレハは穏やかに言った。

感動的――クレハの言葉には、わずかに含みがあった。完全に感動として受け取っている訳ではない。雫の応募の動機の合理性を、彼女は計算している――俺にはそれが見て取れた。

そして雫も、クレハの言葉の含みを察知していた。雫の目の中で、冷静な評価が走った。


「それで、シズク様のご予定について、お聞かせいただけますか」とクレハが本題に入った。

雫は整理した口調で説明を始めた。

「**結論から申し上げますと、**私は研究都市の中ではなく、外の市街地に居住し、研究都市の常駐研究員ではなく、個人請負人として活動したいと考えています」

クレハの眉が、わずかに動いた。意外、というより、予想と少し違う展開――そんな反応だった。

「……ご理由をお伺いしてもよろしいですか」とクレハは穏やかに尋ねた。

「二つあります」と雫は答えた。「一つ目は、能力運用の合理性です」

雫は用意していた説明を淡々と続けた。

「**私のCDEは、範囲を指定して情報を取得する能力です。**範囲を広げると街全体の表層情報、範囲を狭めると対象一つの詳細情報――こういう運用が可能です。**この能力は、広い範囲で動き、多様な対象を観察することで、最大限活かされます。**研究都市内に閉じこもっていると、**観察対象が限定され、能力の運用範囲が極端に狭くなります」

クレハは頷いた。

「……理に適っていますね」と彼女は応じた。

「二つ目は、研究都市側にもたらす利益です」と雫は続けた。「**研究都市の内側ではなく、**外側で情報を集めることで、外部視点の情報を研究都市にもたらすことができます。**内部の研究員には見えない、**街全体の動き、**市民の生活、周辺地域の状況――**こういった情報は、研究のバイアスを補正する意味で、価値があると考えます」

クレハの目に、わずかな感心が浮かんだ。雫の論理の組み立てを、彼女は研究者として評価している――それが見て取れた。

「……外部視点の情報の価値、ですね」とクレハは反復した。「**確かに、研究はとかく内向きになりがちです。**外部からの観察データは、価値があります」

「そして」と雫は付け加えた。「研究都市側から、非常駐の調査依頼を私に発注いただくことも可能です。**通常の依頼網経由でも、研究都市側からの個別依頼でも、両方の形で対応できます」

クレハはしばらく考えた。

そして彼女は、ゆっくり頷いた。

「……了解しました」とクレハは静かに言った。「**シズク様のご判断を、尊重いたします。**個人請負人として、**外で活動されることに、研究都市側は異議を申し立てません。**そして、**必要に応じて、こちらからもご依頼させていただくことがあると思います」

「ありがとうございます」と雫は頭を下げた。


会話の表面は、ここで決着がついた。

でも俺は、二人の内側で何が起きていたかを、観察していた。

クレハは、雫の戦略を見抜いていた――完全に。雫の説明は能力運用の合理性として組み立てられていたが、裏には研究都市への警戒というリスクヘッジがあった。クレハのカラコンは、それを察知していたはずだ。雫の表情、姿勢、語尾、視線――すべてが、彼女の警戒の手がかりになっていた。

でもクレハは、それを口に出さなかった。

雫も、自分の警戒が見抜かれていることを察知していたが、それを認めなかった。

二人は、互いに腹を読み合いながら、表面的には合理的な合意に達した。

これは極めて高度な対話だった。互いの戦略を完全に理解した上で、表面的な調和を保つ――合理主義者の雫と、観察者のクレハが、互いに同等の知性を認め合った瞬間でもあった。

雫が自分の戦略をクレハに完全に見抜かれていることを察知しても、それを修正しようとしない――雫は、見抜かれることを織り込み済みで動いていた。クレハに見抜かれた上でも、なお自分の戦略は通る――雫はそう計算していた。

そしてクレハも、雫を完全に追い詰めようとはしなかった。**雫の警戒は当然の感覚であり、それを否定するより、雫の自由を認めた上で、関係を維持する――これがクレハの判断だった。

俺は二人の対話を観察しながら、少し息を吐いた。

雫と一緒なら、研究都市での生活はもっと面白くなる――そう、内心で確信した。


午後、俺は雫を連れてアレクサスの境界外の市街地を歩いた。

研究都市の中心部から徒歩で20分ほど離れた場所――白と透明の建材が減り、石造りや木造の建物が増える、一般市街の入口。研究都市の整いすぎた美意識から離れた、生活感のある街並み。

「ここに住むのか」と俺は尋ねた。

「はい」と雫は街並みを観察しながら答えた。「研究都市から徒歩で来られる距離――**毎日19時の定例ミーティングに、問題なく対応できます。**でも、研究都市の内側ではない――戦略的にも適切な位置取りです」

雫は情報収集系のCDEで街を見渡しているらしい。**タブレットを取り出していないが、何かを感じている様子。**おそらく、潜在的な住居候補や、街の安全性、住人の構成を範囲取得で把握しているのだろう。

「**この区画の三軒目、短期賃貸可能な部屋があります」と雫はしばらく観察した後、淡々と言った。「**家主は中年女性、**過去にトラブルの記録なし、家賃は標準的な水準――条件は悪くないです」

俺は雫の能力の実用性に、改めて感心した。普通なら不動産屋を回って探す物件を、雫はCDEで一瞬で特定する。情報収集系の能力の汎用性が、ここでも現れていた。


雫が指定した部屋は、実際に短期賃貸可能だった。

家主の中年女性――雫が彼女の人柄をCDEで把握していたらしい――は、雫の依頼に好意的に対応してくれた。入国登録証を提示し、家賃の前払いで契約成立**。

部屋はワンルームの小さな空間で、家具は最低限揃っていた。雫はそれで充分だと言った。

「装備が少なくて済むのは、私の特徴です」と雫は薄く笑った。

地球時代の雫は実用主義者だった――派手な装飾品や、必要以上のものを買わない。その傾向が、平行世界でも続いている。

俺は雫が部屋に荷物を運び込むのを手伝った。雫の荷物は、本当に最低限だった。**入国時に支給された衣服一式、**生活雑貨、それだけ。

「これから、徐々に揃えていきます」と雫は満足げに頷いた。


夕方、俺と雫は別れて、それぞれの場所に戻った。

俺は研究都市の宿舎へ、雫は新しい住居へ。この瞬間から、二人の生活が物理的に分離された。

19時、俺は約束通り、雫の新しい住居の近くへ歩いた。

街角の小さな広場――**雫はそこに、すでに来ていた。待っていてくれた。

「初日の定例ミーティング、ですね」と雫は微笑んだ。

「そうだな」

俺たちは並んで広場のベンチに座った。夕暮れの光が、合衆国の地方の街を穏やかに照らしていた**。**周囲には、夕食帰りの家族や、散歩している老人が、何人か歩いていた。穏やかな日常の光景。

「今日の報告から始めます」と雫は切り出した。「**入国手続き完了、**CDE付与、**住居確保、個人請負人として登録準備中――これが今日のステータスです」

「準備中、というのは?」

「ヘアピン経由で、依頼網への登録申請を出しました」と雫は答えた。「承認には数日かかるかもしれません」

「了解だ」

雫は少しだけ間を置いてから、続けた。

「**先輩、今日のクレハさんとの面会――どう感じましたか」

「……お前の戦略を、完全に見抜いてた」と俺は答えた。「でも、口に出さなかった」

「はい。私もそう感じました」と雫は頷いた。「**クレハさんは、極めて知性の高い方です。**そして、観察者として、私の警戒を察知している。**でも、自分の利益のために、それを口にしない――戦略的な判断だったと思います」

「……お前は、それでいいと思ってるのか?」

「はい」と雫は静かに答えた。「**クレハさんが私の警戒を理解した上で、**それを許容してくれるなら、むしろ私たちの関係はやりやすくなります。**互いに、**何を考えているか、**ある程度は読み合いながら、表面的な協力を維持する――**これは、現代日本のビジネスでもよくある関係性です」

俺は雫の言葉に頷いた。**雫は地球時代の感覚を、平行世界の人間関係に適用している――そしてそれは、極めて実用的に機能していた。


「**それで、先輩の方の報告は?」と雫が尋ねた。

「**俺の方は、研究室での実験が淡々と続いている」と俺は答えた。「書く実験、媒体検証、人型の的への実験――**今のところ、穏やかに進んでいる。**ゼノスさんも、直接的な動きはまだない」

「**ゼノスさんの動向、注意していてください」と雫は静かに言った。「私の方でも、情報収集の中で、ゼノスさんの動きの兆候を探ります」

「どうやって?」

「**研究都市内の情報を、範囲取得で大雑把に把握できます」と雫は答えた。「**ゼノスさんの位置、**接触している人物、移動の頻度――**こういった表層情報は、私の能力で把握できます。**詳細な思考は分かりませんが、動きの異変は察知できます」

俺は雫の能力の応用範囲に、改めて感心した。**雫は俺の知らないところで、研究都市の動きを継続的に観察できる。**これは、俺一人では絶対に得られない情報源だった。


二人で翌日の戦略を簡単に確認した。

俺はいつも通り、解体現場と研究室の業務。雫は**個人請負人としての初仕事を待ちつつ、周辺地域の情報収集を進める。何か異変があれば、即座にヘアピン経由で連絡を取り合う。

そして雫は、最後に一つ確認した。

「**先輩、**今日、私のヘアピンに、初めての依頼が届きました」

「……もう、来たのか」

「はい」と雫は頷いた。「**登録申請中ですが、簡単な依頼は受けられるようです。**内容は、**この街区の北部で、飼い犬が逃げて行方不明になっている――それを探してほしい、というものです」

「……行方不明者探しの、動物版か」

「**はい。**私のCDEで、おそらく数時間で解決できます」と雫は淡々と言った。「明日、最初の仕事として取り掛かろうと思います」

俺は少し笑った。

「**派遣事業の一期生が、平行世界の街で犬を探す――面白いキャリアの始まりだな」

「派遣事業の任務と、生計の確保は、両方を進めればいいだけです」と雫は答えた。淡々と、合理的に。


定例ミーティングを終えて、俺と雫は別れた。

雫は自分の新しい住居に戻り、俺は研究都市の宿舎に戻った。

宿舎の部屋で、俺は窓の外を眺めた。

アレクサスの夜景は、いつもと同じだった。白と透明の建物に、点々と明かりが灯っている。**でも、**この風景の中に、雫がいる――**研究都市の境界の外で、**自分の住居で、今日の出来事を整理している雫の姿が、俺の頭の中に浮かんだ。

俺はもう、一人じゃない。

この世界で、地球時代から続く関係を持つ人が、俺の隣の街区にいる。

毎日19時に、俺は雫と会う――それが、これからの俺の日常になる。

俺はポケットの中のペンを、軽く触れた。

真っ白なペン――俺のCDE。

**そして、**雫の手元には、真っ白なタブレットがある。俺たちの色のない道具が、**この世界で、並んで動き始めた。

俺は目を閉じた。

**明日、雫は犬を探す。

**俺は建物を解体し、研究室で書く。

**それぞれが、**それぞれの場所で、情報を集める。

**そして、19時に、俺たちはまた会う。

運がいい――**俺は内心で、もう一度確信した。

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