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冷酷社長の極上笑顔は私が独り占めさせていただきます  作者: 北館由麻


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1/7

冷酷社長の秘書は見た……!

 私がこの席に座るようになって半年が過ぎた。

 真っ白な壁に真紅の絨毯(じゅうたん)。白く塗装されたデスクと赤い椅子。背後に並ぶスチール書庫も白で統一されている。

 このスタイリッシュな空間の奥に我が社の社長室があるのだ。

 そして社長室の手前には秘書係のデスクがあり、ひょんなことから入社二年目の私がここで仕事をすることになった。


 以前この席に座っていた大迫(おおせこ)さんは、美人で聡明なことから誰からも評価が高く、社長秘書のお手本のような人だった。

 口調はどんなときも淀みなく、電話の応対も老練の域に達していた。まだ自分に自信のなかった頃の私は、彼女の喋りを録音して真似しようかと思ったくらいだ。

 

 でも半年前、大迫さんは両親の介護を理由に突然会社を辞めた。若く見えたのにアラフォーだと聞いて驚いたのもこのときだった。

 ただ両親の介護のためという退職理由には、ほとんどの社員が首をかしげた。大迫さんのご両親ならまだ若いだろう、と。

 だから彼女が退職する本当の理由は、社長の逆鱗に触れたため、といううわさが社内に広まった。

 

 それを他人事だと思って聞いていた私に、いきなり異動が言い渡され、あろうことか社長秘書として社長室で勤務することが命じられた。

 

 このときは本当に驚いた。どうして私に白羽の矢が立ったのかは未だにわからない。

 でも前任者が突然辞めたのは、結局のところ社長と合わなかったからだ、とみんなは言う。

 我が社の社員なら誰でも知っていることだが、社長はとても気難しい人なのだ。


 

 

 昼休みの時間になった。

 この席に来る前は同僚たちとランチに出かけたり、コンビニで買ってきた弁当を休憩室で食べていたけれども、今は昼休みもこのデスクで過ごす。

 というのも昼どきに来訪する人は少ないが、電話をかけてくる人は案外多いのだ。

 もちろん、昼休みだから電話に出る必要はない。休憩時間だから堂々と休んでも文句を言う人はいない。

 けれども社長秘書という仕事の性質上、急を要する連絡があった場合、ランチを食べる前に呼び戻される可能性が高い。それならわざわざ外出してランチを食べ損ねるよりも、デスクで昼食を取るほうが気持ちに余裕ができていい。

 

 でも昼休みまで行儀よく座っている必要もないだろう、と私は思う。

 それに社長もこの半年間、昼休みの間は一度も姿を見せたことがない。きっと社長なりに気をつかってくれているのだ。

 

 半年この席に座っていると、社長のちょっとした気遣いを感じる場面は少なくない。

 休憩時間に休憩を取る――従業員にとっては当たり前のことだけど、雇用主である社長自身は就業時間の縛りがない。タイムカードもないし、残業手当も有給休暇もない。

 そのため社長秘書のような職務は、定時に休憩を取れない場合が多いとされている。社長のスケジュールに随行する場合や急を要する連絡や来客対応は、休憩時間に入っても持ち場をはなれるわけにはいかないからだ。

 

 私もこの席に座るようになってからずっとそのつもりでいる。

 けれども社長は、昼休みになると社長室から出て、午後の始業時間まで戻ってこない。社長が不在なので、電話も来訪も取り次ぐ必要がない。

 つまり私は昼休みの間、「あいにくですが社長は席を外しております」と答えるだけで済み、社長秘書であっても比較的自由な時間を過ごすことができていた。

 だから我が社の社長は、ただ無意味に厳しい人というわけではない――と思う。

 

 そんなわけで今日も私は駅前のパン屋で買ってきたクロワッサンを頬張りながら、情報誌に目を通していた。もうすぐこの街にとある劇団専用の劇場がオープンする。その特集記事に目を奪われていた。

 

 クロワッサンをほぼ食べ終わり、コーヒーの残りを飲み干したときのことだった。

 突然、エレベーターの動く音がした。

 何気なくエレベーターのほうを見た私は、そのドアが開いたことに驚いて背筋を正した。

 

「あっ」

 

 考え事をしていたらしく、目を上げて短く声を発したのは相手のほうだ。

 

「食事中か。すまない」

「いいえ、もう済んだところです」

 

 私は立ち上がって一礼する。

 彼が私の前を通り過ぎるまで、こうして礼をするのが私の日課だ。

 

 他は電話の応対と予定の確認、社長から依頼された資料や文書の作成、そして来客時にお茶かコーヒーを運ぶくらいのことしかしていない。

 ここに来るまでは漠然と社長室勤務は大変そうと想像していたが、今は思ったよりも楽な仕事だと感じていた。

 

 普段は社長室のドアが開く音がするので、それを合図に頭を上げるのだけど、一向にドアの開閉音が聞こえてこない。

 不思議に思いながらおそるおそる顔を上げると、私のデスクの前に社長が立っていた。

 

「この劇団が好きなのか?」

 

 私は目を大きく開いて社長を見上げた。長身である彼の顔を見ようとすると、首をのけぞるように後方へ傾けなければならない。

 端整な顔立ちだが、常に厳しい目つきをしていて、氷のように冷たい印象の人だ。

 普段声を荒げるようなことはないのだけど、その表情を少しも変えずに冷酷な命令を下す場面は何度か目撃している。


(どうしよう……。気に障ったのかな)

 

 私はドキドキしながら、ぎこちなく頷いた。

 

 社長は何も言わずに私のデスクから雑誌を手に取り、しばらく眺めていたかと思うと、急に私に向かってその雑誌を突き返してきた。

 

「懐かしいな」

 

 ポツリとそうつぶやくと、社長は私に背を向けてデスクから離れていく。

 去り際に見た彼の頬には、確かに微笑が浮かんでいた。

 

 私は社長から受け取った雑誌を胸に抱えたまま、ストンと椅子に腰を下ろす。

 笑った顔など一度も見たことがなかったから、驚きのあまり息が止まる。

 

 大切なものを慈しむような、穏やかで優しい微笑み。

 この世のものとは思えぬ美しさと儚さ。

 

 思わず目が釘付けになってしまった。

 

 社長は確かに誰もが認めるイケメンだけど、美しい顔面と立派な体躯をお持ちなので、そこにいるだけでも威圧感がある。

 その冷たい美貌が少し緩んだだけで春の日差しのようなまばゆさを放つのだから、視線が吸い寄せられるのは当然だった。

 

(どうしよう……。今、私……!?)

 

 心臓がドキドキと音を立て、まるで耳のすぐ横で鳴っているように感じる。

 

 それからすぐ、外出のために社長が部屋から出てきた。

 

「少し出かけてくる。二時間ほどで戻る予定だ」

「はい。お気をつけていってらっしゃいませ」

 

 今日のスケジュールには、午後の二時間が「私用」と記入されている。休日に私用を済ませることの多い社長には珍しいことだ。

 

 恋人とデートかな、と思う。

 彼目当てで電話を掛けてくる女性が常に数人いるから、その中の誰かが恋人の可能性もあると密かに思っていた。

 

 だけど、本当の恋人ならわざわざ会社の電話にかけなくても、社長個人の携帯電話に連絡すればいいはずだ。


 と、そこまで考えた私は苦笑した。私には何の関係もない話だ。

 社長のプライベートのことを気にするのは、明らかに業務を逸脱している。

 仕事に関係のないことを詮索(せんさく)する暇があったら、少しでも手を動かして仕事を進めるべきだ。


(でも今は昼休みだから、仕事に関係ないことを考えていても別にいいよね)


 時計を見ながら私は心の中で言い訳する。

 

(実際、社長は背も高いし、誰もが認めるイケメンなのよね。恋人のひとりやふたり、いないほうがおかしいくらいだわ)

 

 そう思ったら急に胸の奥のほうがスッと冷えていく。

 初めて見た社長の笑顔を思い出すと、胸がきゅうっと締めつけられるような痛みを感じた。


(なにこれ? 社長に恋人がいたとしても、私には関係ないこと……なのに)

 

 胸を押さえながら、私は困惑した。

 何が起きたというのだろう。

 考えれば考えるほど、胸の奥が疼く。

 

(もしかして私……社長のこと、気になっている?)


 そんなわけがない。

 一瞬浮かんだその考えを、私は必死で打ち消した。

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