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【受賞しました】裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


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8-12

 HTV-Y改の完璧な分離と軌道投入成功がもたらした安堵感は、しかし、長くは続かなかった。

 それはまるで、嵐の前の海が凪ぐ、束の間の静寂に過ぎなかった。

 管制室のクルーたちがようやく一息つき、コーヒーを手に次のシフトへの引き継ぎを考え始めた、まさにその時だった。


「フライトディレクター! 宇宙天気の速報が来ました!」


 室内の隅にある宇宙天気情報スペースウェザーセクションから、切迫した声が響いた。

 フライトディレクターの鋭い視線がそちらへ向かう。

 先ほどまでの穏やかな表情は消え、再び指揮官の顔に戻っていた。


「サブスクリーンに」


 短い指示が飛ぶ。

 メインスクリーンの隣にあるサブスクリーンが切り替わり、太陽コロナの観測画像と、複雑な予測モデルを示すグラフが表示された。

 そのグラフの一角が、警告を示す赤色で激しく点滅している。


 宇宙天気担当のオペレーターが、ヘッドセットを押さえながら早口で報告を続ける。

 その声には、先ほどの軌道投入成功の安堵とは全く異質の、純粋な焦りが滲んでいた。


「数時間前に太陽面で発生したコロナ質量放出(CME)、その本体は地球の磁気圏を逸れ、直撃は回避される見込みです! しかし……!」


 一度言葉を切った彼の表情が、スクリーンに映るデータを見てさらに険しくなる。

 管制室の誰もが、その「しかし」という言葉の先に、不吉な何かを予感していた。


「それに伴う高エネルギープロトン現象の第一波が、現在HTV-Y改のいる宙域に到達します! 太陽フレアの規模から予測された密度を、大幅に上回っています! これは……これは想定外のレベルです!」


 その報告は、冷たい鉄槌となって管制室の空気を打ち砕いた。


 プロトン。


 宇宙を飛び交う、目に見えない陽子の弾丸。

 通常であれば、宇宙船のシールドで十分防げるはずのものだ。

 だが、「予測を上回る密度」という言葉が、その常識を根底から覆す。


 高密度で降り注ぐ陽子の嵐は、人間の身体はもちろん、HTV-Y改の頭脳である精密な電子機器にとって、死の宣告に等しい。

 回路のショート、データの破損、最悪の場合は完全な機能停止。

 先ほどまで、互いの労をねぎらい、固い握手を交わしていたオペレーターたちの顔から血の気が引いていく。

 再び、息も詰まるほどの緊張が、今度は絶望という名の重りを伴って、室内を支配した。


「防護シールドは!?」


 管制官が叫ぶ。


「船体の放射線対策でどこまで耐えられる!?」


「現在の予測線量では、主要電子機器の防護限界を超えます! 特に、メインコンピュータや航法誘導装置へのダメージは避けられません!」


「回避行動は!?」


「無理です! プロトンの到達まで、もう時間がありません!」


 悲鳴のような報告が飛び交う。


 打つ手がない。


 人類の叡智の結晶であるはずの宇宙船が、太陽の気まぐれなくしゃみ一つで、なすすべもなく沈黙しようとしている。

 メインスクリーンに映る黄金色の船体は、何も知らず、ただ静かに月への航海を続けていた。

 その孤独な姿が、今はあまりにも儚く、脆く見えた。

 誰もが絶望に唇を噛んだ、その時だった。


「……なんだ、あれは……?」


 最初に気づいたのは、HTV-Y改のオンボードカメラの映像を監視していた若い技術者だった。

 彼の掠れた声に、数名の視線がメインスクリーンへと引き寄せられる。


「どうした?」


「機体表面から……何かが……陽炎のようなものが……」


 彼の言葉に、管制室の全員が息を呑んでスクリーンに集中した。


 確かに、変化が起きていた。


 滑らかであるはずのHTV-Y改の黄金色の多層断熱材(MLI)の表面が、まるで夏の日のアスファルトのように、微かに揺らめいて見えた。

 それは、光学系の異常か、あるいは通信ノイズかと見紛うほど、ごく僅かな変化だった。


 だが、その陽炎は次の瞬間、明確な形を伴って宇宙空間へと広がり始めた。

 黄金の船体表面から、まるで霧が噴き出すように、無数の微細な粒子が放出される。

 それはミッションプランのどこにも記されていない、全く未知の現象だった。


「これは一体……!?」


「報告にない事象だ! 何が起きている!?」


 混乱が広がる中、翔太と涼子は互いの顔を見合わせた。

 彼らの脳裏に、一つの存在が浮かび上がる。


 ――アーベル。


 あの船にただ一人搭乗している、銀河文明の宇宙船のコア。


 彼女が何かを……?


 その予測を肯定するかのように、スクリーンの中の光景は、さらに信じがたいものへと変貌を遂げた。


 放出されたナノマシンの霧は、機体後方の空間で、まるで知性を持っているかのように集結し、組織化されていく。

 粒子と粒子が繋がり、面を形成し、あっという間に巨大な一枚の膜へと姿を変えた。


 それは、HTV-Y改の船体そのものよりも遥かに巨大な、半透明の帆だった。


 降り注ぐ太陽光を浴びて、まるで巨大なシャボン玉か、あるいはトンボの翅のように、虹色の光沢を放っている。


 宇宙空間に、突如として巨大なオーロラの帆が広がったかのような、幻想的な光景だった。


 管制室は、水を打ったように静まり返っていた。

 目の前で起きていることが理解できず、誰もが言葉を失っていた。


 それは、サキシマ重工の、いや、人類の既知の技術体系のいずれにも属さない、オーバーテクノロジーそのものだった。


 その神秘的な静寂を切り裂いたのは、プロトンの嵐だった。

 目には見えない高エネルギーの粒子が、HTV-Y改へと殺到する。


 誰もが船体からのエラー信号を覚悟した。


 だが、プロトンの嵐が機体に到達する寸前、その巨大な半透明の帆が、盾となって立ちはだかった。


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