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【受賞しました】裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


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8-2

 案内された社長室は、最上階の一角にあり、広々としていた。

 床から天井まで続く大きな窓の向こうには、サキシマ重工の広大な工場群と、その先に広がる穏やかな紀伊の海が一望できた。


 部屋の壁には、これまでに打ち上げられたサキシマロケットの模型や、宇宙に関する数々の写真、そして研究者たちとの記念写真などが整然と飾られており、この部屋の主の宇宙への情熱を物語っている。


 以前来た時と異なり、綺麗に掃除されていて全体が明るく見える。


 部屋の中央には重厚なマホガニー製のデスクが置かれ、その向こうに崎島健吾社長が座っていた。


 彼は初老の男性で、その顔にはここ数日の心労を物語る深い疲労の色が刻まれていた。

 しかし、鋭い眼光だけは少しも衰えておらず、困難な状況に立ち向かう者の強い意志を宿していた。


「高橋君、涼子さん、遠路はるばる、よく来てくれた」


 崎島社長の声は、やや嗄れていたが力強かった。


 彼は立ち上がり、翔太と涼子に深く頭を下げた。

 その丁寧な物腰に、二人は恐縮して同様に頭を下げる。


 簡単な挨拶が交わされ、ソファに促される。

 革張りのソファに翔太と涼子が腰を下ろし、翔太は自身の足元にアーベルの入ったキャリーケースをそっと置いた。

 社長も執務椅子に戻り、早速本題に入ろうという雰囲気が部屋に満ちる。

 張り詰めた空気の中、翔太が口火を切った。


「社長、昨夜お話しした件ですが、私達……いえ、アーベルは協力を承諾してくれました。ただ、その条件として……」


 翔太が、アーベルの正体と月への輸送という条件を伝えようとした、その時だった。


 足元のキャリーケースが微かに揺れたかと思うと、その扉が内側から器用に開けられ、黒い子猫の姿をしたアーベルがしなやかな動きで姿を現した。


 彼女はさっと周囲を見渡し、次の瞬間、まるで重力を感じさせないかのように軽やかに床を蹴ると、一直線に崎島社長のデスクへと飛び乗った。


 書類やペン立てが並ぶデスクの上を、音もなく数歩進み、社長の真正面でぴたりと止まる。


 そして、その翡翠色の瞳で、真正面から崎島社長をじっと見据えた。



 翔太と涼子は息をのんだ。

 あまりにも大胆なアーベルの行動に、言葉を失う。


「崎島社長」


 凛とした、どこか女性らしさを感じさせる、しかし抑揚のない明瞭な声が、社長室に響いた。


 それは間違いなく、アーベルの声だった。


「事態は貴方が想像する以上に複雑です。そして、協力には、私の『本当の姿』と『目的』を理解していただく必要があります」


 アーベルは続ける。

 その小さな体躯から発せられるとは思えない、威厳すら感じさせる声で。


「私は、あなた方が認識しているような単なる『優れた技術者』ではありません」


「私は、異なる銀河系で生まれた文明によって造られた、惑星開拓船の船体制御コアです。この猫の姿は、地球環境下で活動するために最適化された、一時的な生体インターフェースに過ぎません」


 翔太と涼子は固唾を飲んで、淡々と語られるその様子を見守るしかなかった。


 崎島にとってアーベルの言葉は、SF映画のワンシーンのように非現実的だった。


「そして、私が今回、月の事件に介入する理由は、単なる人道的見地からだけではありません。ゲートウェイ周辺で観測された高純度のアルミニウム片、そして月に衝突したとされる正体不明の飛来物……それらは、私の文明、あるいは同種の文明に関連する物である可能性が極めて高いのです。私はそれを確認し、可能であれば回収する義務があります」


 沈黙が支配する。


 社長室の大きな窓から差し込む陽光が、デスクの上の小さな黒猫のシルエットを際立たせている。


 崎島社長は、最初こそ瞠目し、言葉を失ったかのようにアーベルを見つめていた。


 その表情は驚愕に染まり、わずかに眉がひそめられる。


 長年、宇宙開発の第一線で現実と向き合ってきた彼にとって、あまりにも突飛な話だったのかもしれない。


 しかし、その驚きは数秒も経たないうちに、深い思索の色へと変わっていった。


 彼の瞳が、アーベルの翡翠色の瞳を真正面から受け止める。


 何かを考え込むように何度か小さく瞬きをした後、やがて、全てを理解したかのように、ゆっくりと、そして深く頷いた。


「……なんだか、腑に落ちたよ……」


 静かに、しかし確信に満ちた声で崎島社長が呟いた。


「サキシマロケット3号機の時、あなたが提示してくれた設計思想や、数々の革新的な技術。我々が何年もかけて解決できなかった課題を、あなたはまるでパズルを解くように、いとも容易くクリアして見せた。チャットアプリという間接的なやり取りの中でも、あなたの知性の一端は、ひしひしと感じていたよ。人間離れしている、とね」


 社長は一度言葉を切り、その瞳を閉じた。


「……いや、薄々どころか、心のどこかで確信していたのかもしれん。それにしても、この広大な宇宙の先に、我々とは異なる、優れた知的生命体が本当に存在したとは……」


 次の瞬間、崎島社長の表情から険しさが消え、まるで長年背負ってきた重荷を下ろしたかのように、ふっと柔和なものへと変わった。


 そして、抑えきれない感情が湧き上がってくるのを隠せないといった様子で、その口元に満面の笑みが広がった。


「はっはっはっ!」


 朗らかな、心の底からの笑い声が社長室に響き渡った。

 それは絶望的な状況に置かれた組織のトップが見せるような、乾いた笑いでは断じてない。


「サキシマ重工を立ち上げ、ロケットを宇宙に飛ばし続けてきたのも、いつか、この星の人間以外の誰かと出会える日を夢見ていたからだ! それが、こんな愛らしい姿をした……いや、失礼、偉大なる異星の方に、こうして直接お会いできる日が来るなんて!」


 崎島社長は、興奮で顔を紅潮させながら、子供のように目を輝かせている。


「これは……これは、一世一代の大博打に勝った気分だ! 君らならこの事態をなんとかできると思って相談した甲斐があったというものだ!! 」


 その笑顔は、数時間前まで彼を覆っていたであろう計り知れない重圧を拭い去るような、純粋な喜びと興奮に満ち溢れていた。


 それは、一人の宇宙を愛する男が、生涯をかけた夢の答えの一つに巡り合えた瞬間の、偽らざる表情だった。


 翔太と涼子は、そのあまりにも人間味あふれる崎島社長の反応に、しばし呆然としていたが、やがて緊張の糸がぷつりと切れ、安堵の息を漏らした。


 最悪の場合、パニックに陥るか、あるいはこの話を全く信じない可能性すら考えていたからだ。


 しかし、目の前の男は、その全てを受け入れ、そして喜んでいる。


 アーベルは変わらず冷静な表情で社長を見つめているが、その翡翠色の瞳の奥に、ほんのわずかな揺らぎのようなものが宿ったのを、翔太は見逃さなかった。


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