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【受賞しました】裏山で拾ったのは、宇宙船のコアでした  作者: オテテヤワラカカニ(旧KEINO)


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8-1

 千葉のとある裏山、地下シェルターの硬質な空気は、これから起こるであろう未知の出来事への予感で張り詰めていた。


 壁掛けモニターに表示された時刻は午前四時半。


 アラームがシェルター内に木霊する。

 翔太はほとんど一睡もできずに、リビングのソファから身を起こした。

 しばらくすると同じく仮眠をとっていた涼子が、リビングへとやってきた。


「涼子、大丈夫か?」


 声をかけると、涼子はゆっくりと目を擦った。

 その理知的な瞳には、不安と、しかしそれ以上に強い意志の光が宿っている。


「……翔太さん。昨日の話、もう一度詳しく聞かせてもらえる?」


 彼女の声は少し掠れていたが、落ち着いていた。


 翔太は頷き、昨夜の崎島社長からの電話の内容、月のゲートウェイで発生した未曾有の大事故、そしてアーベルが提示した協力の条件と、その背後にあるかもしれない謎について、言葉を選びながら慎重に説明した。


 ビーズクッションの上でデータを処理しているであろうアーベルが、翡翠色の瞳を細めてこちらの様子を窺っている。

 全てを聞き終えた涼子は、一度深く息を吸い込み、そして静かに吐き出した。


「……そういうことだったのね。本当に、大変なことになったわね……」


 彼女の視線が、小さな黒猫の姿をしたアーベルへと注がれる。


「でも、翔太さんが、そしてアーベルが決めたことなら、私も一緒に行く。私にできることがあるなら、何でも協力したい」


 その言葉に、翔太は強張っていた肩の力が少し抜けるのを感じた。


「ありがとう、涼子。心強いよ」


 涼子はふっと微笑むと、言葉を続けた。


「私、前職でもそうだったけど、情報の整理とか、人と人との間に入って調整するのは得意なの。アーベルと社長さん、それにサキシマ重工の技術者の皆さんとの間で、きっと役に立てると思うわ」


「アーベルがその気になれば、地球のどんなコンピュータよりも凄いのは分かっているけど、それでも人間同士のコミュニケーションは、人間の言葉やニュアンスが必要になる場面もあるでしょうから」


 その申し出は、まさに翔太とアーベルが期待していたものだった。


 アーベルの超絶的な知識と、それを現実のプロジェクトに落とし込むサキシマ重工の技術者たち。


 その間には、どうしても翻訳者や調整役が必要になる。

 涼子のコミュニケーション能力と情報処理能力は、この前代未聞の作戦において不可欠な潤滑油となるだろう。


 アーベルが、小さく「にゃあ」と鳴いた。

 それはまるで、涼子の申し出を歓迎するかのような響きを持っていた。



 ---



 東の空が白み始める気配もない、午前五時過ぎ。


 翔太の愛車であるMAZDAのSUVのエンジンが静かに唸りを上げた。


 深いミッドナイトブルーの車体は、まだ夜の気配を色濃く残す闇に溶け込んでいる。

 後部座席にはペットに擬態するためのアーベル専用のキャリーケースが置かれ、その中でアーベルは行儀よく丸まっている。


 助手席の涼子は、すでにタブレット端末を取り出し、サキシマ重工から送られてくるであろうデータを受け取る準備を始めていた。


 千葉を後にし、一行は高速道路を西へ、和歌山県沿岸に位置するサキシマ重工本社を目指す。


 車内は、エンジンの静かなハミングと、空調の微かな音だけが支配していた。

 誰もが口を開かず、それぞれの胸のうちに緊張と決意を秘めている。


 翔太がステアリングを握りながらバックミラーで後部座席のアーベルの様子を窺うと、彼女はキャリーケースの格子窓から、涼子が持つタブレット端末の画面を食い入るように見つめていた。


 涼子のタブレットは、崎島社長が手配した回線を通じて、JAXAや関連機関からサキシマ重工に集約されつつある、月のゲートウェイ周辺の観測データを受信し始めていた。


「アーベル、何か分かったか?」


 翔太が尋ねる。


「依然として情報は断片的です。ゲートウェイ本体からのテレメトリはほぼ途絶。周辺宙域のセンサー類も、例のアルミニウム片と思われる物体群によるノイズで、信頼性が著しく低下しています。ただ……」


 アーベルは言葉を切った。

 その沈黙が、車内の緊張感を一層高める。


「ただ、ゲートウェイから極めて微弱ながら、周期的な信号パターンが検出されています。これは……救難信号のフォーマットに酷似している。クルーは生存している可能性が高いと判断できます」


 その言葉に、翔太と涼子の顔にわずかな安堵の色が浮かんだ。しかし、アーベルはすぐに続けた。


「ですが、予断は許しません。デブリの密度は時間経過と共に拡散しつつも、衝突リスクは依然として極めて高い。また、ゲートウェイの損傷箇所からの空気漏れが続いている場合、残された時間は限られています」


 画面には、無数の点が飛び交う三次元のシミュレーション映像が映し出されている。


 その一つ一つが、宇宙飛行士たちの命を脅かす凶器なのだ。


 アーベルは時折、涼子に指示を出し、特定の周波数帯のスキャンや、過去の観測データとの照合を依頼する。


 涼子はその指示を的確に理解し、素早い指さばきで端末を操作していく。

 彼女の存在は、処理能力が限界に近付いているアーベルの高度な分析能力を最大限に活かす上で、すでに不可欠なものとなっていた。



 陽が昇り、高速道路の車窓を流れる景色が、都会のビル群から徐々に緑豊かな山並みへと変わっていく。

 幾度かの休憩を挟み、正午を少し回った頃、カーナビが目的地への到着が近いことを告げた。

 紀伊半島の美しい海岸線が見え始め、潮の香りが微かに車内へと流れ込んでくる。


 やがて、前方に巨大な工業地帯が姿を現した。

 ひときわ高くそびえ立つロケットの組立棟、整然と並ぶ研究施設。

 以前は錆びた鉄骨なども目立っていたが綺麗に塗り直されている。


 資材を運ぶ大型トレーラーがひっきりなしに出入りする広大な敷地。


 それが、日本の宇宙開発の一翼を担うサキシマ重工の本社工場だった。


 ゲートで車両ナンバーと翔太の名前を告げると、警備員は敬礼と共にスムーズにバーを上げた。


 すでに話が通っているようだ。


 敷地内に入ると、その活気に翔太と涼子は息をのんだ。

 考えられない数の車両が慌ただしくゲートを出入りし、作業着姿の社員たちが足早にそれぞれの持ち場へと向かっている。


 巨大なクレーンが資材を吊り上げ、工場の奥からは金属音や機械の駆動音が絶え間なく響いてくる。

 それはまるで、一つの都市が丸ごと戦争準備を始めたかのような、凄まじいエネルギーに満ち溢れていた。


「すごい……会社全体が、もう動き出してるんだ」


 涼子が呟く。

 その言葉は、翔太の思いも代弁していた。


 SUVを指定された駐車場に停めると、スーツ姿の若い男性社員が駆け寄ってきた。


「高橋様、涼子様ですね。社長がお待ちです。こちらへどうぞ」


 彼の顔にも緊張と使命感が浮かんでいる。

 翔太と涼子は、アーベルが入ったキャリーケースを翔太が持ち、男性社員の案内に従って歩き始めた。


 広大な敷地を繋ぐ渡り廊下、巨大な機械が並ぶ工場の脇を通り過ぎるたび、サキシマ重工の技術力の結晶を目の当たりにする。


 すれ違う社員たちは皆、一様に険しい表情をしながらも、その瞳の奥には諦めとは異なる、困難に立ち向かおうとする強い光を宿していた。

 そんな中、一部の社員達は少し不思議そうにキャリーケースを持つ翔太を見つめていた。


 やがて、本社管理棟の最上階、社長室とプレートが掲げられた重厚な扉の前にたどり着いた。

 案内役の社員がノックし、中からの応答を待つ。


 扉の向こうには、地球の運命を左右するかもしれない、前代未聞の作戦の総責任者が待っている。


 翔太はゴクリと唾を飲み込み、隣の涼子と、そして腕の中のキャリーケースにいる小さな協力者へと視線を送った。


 三者三様の覚悟を胸に、彼らは新たな戦いの舞台へと足を踏み入れようとしていた。

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