18.帰ってきた魔術師(2)
──無駄にキラキラしてる陽気な人だなあ。
これが彼に対する第一印象だった。もしくは「また顔が良い人間が現れやがった」だな、うん。
「本当は明日来る予定だったんだけどさあ、師匠に緊急の用とかで早めに呼び戻されたんだよね」
「タリス様が? まあ、それではお会いできるのはしばらく後ですわね」
後半は私に向けてだった。ここまでで分かったのは、ロイスさんが陽気に輝いてることとタリス様とやらの弟子であること。そしてタリス様が恐らく国一の魔術師だってことかな。
ミカちゃんの目線を追ってキラキラ青年が私に目をやった。ばちりと視線がぶつかり、青年は少し目を瞠って、そしてゆるゆると笑みを広げた。
「君がサーラ様? うわあ、ちっちゃい! 可愛い!」
女子高生みたいなノリだった。そのテンションは現女子高生(つまり私)よりそれらしい気がする。ていうか、私ちっちゃくないし!
目を輝かせてずんずんと近付いてくる青年は大きい。そりゃあ、これに比べたら小さいだろうけど普通だ、普通。
「おー、ほんとに真っ黒だ。すごいなあ、瞳も黒い。うんうんそっかー」
ロイス青年は、私の周りをぐるぐる回りながら観察しては声を上げている。
えーと。こんなにあからさまにしっかり観察されるのは初めてです。触られはしないけど、目を覗き込まれたり身長を測られたり、ぶしつけ通り越して清々しいわ。
どうしたものかとミカちゃんに救いの眼差しを向けると、彼女は呆れた顔をしながら首を横に振る。おおい、諦められてるよ!
「ロイス。サーラさんが困ってますわ」
「あれっ。ごめんねー」
ロイス青年がやっと周りを回るのをやめてくれた。あ、ありがとうミカちゃん……。
「初めましてサーラ様。僕はロイス・イドゥ・ヴィレイシー。魔術師だよ」
「あ、これはご丁寧にどうも。サーラです。でも様は付けないでくれると嬉しい」
「じゃ、サーラって呼ぶね。僕もロイスで良いよ」
自己紹介で櫻と名乗るのは諦めた。これまでのチャレンジで身にしみた。結局サーラになるんだから、もうサーラで良いと投げやりになったのだ。コーラルさんとシュロさんが呼んでくれるだけで良いですよ、もう。
それにしても、これが魔術師かあ。
今度は私がまじまじと観察する。キラキラ金髪、緑の目。一言で言うなら魔術師よりも物語の王子様っぽい外見。でも、どっかで見たことあるようなないような、喉の奥につっかえるような感覚がした。会ったの初めてだし、こんな既視感あるはずないのになあ。
「ロイスはこんなのですけど、これでも国一の魔術師であるタリス様の弟子ですのよ」
「ひどいよミカエラ、こんなのって何」
「へー、こんなのが」
「ええっサーラもそう言うの?」
ミカちゃんの言葉に同意して、しょんぼりする「こんなの」を見る。いやあ、想像を思いっきり裏切ってくれたなあ。「こんなの」も魔術師なのね。そして国一の魔術師の弟子なのね。とっても意外だわ。
「本当に僕はちゃんと正式な弟子だから忘れないでよね」
「正式な……何て?」
「ロイス、説明して差し上げたら? それでは分かりませんわよ」
ロイスの弁明の意味が明らかに分かってない私のために、ミカちゃんが口を挟んでくれる。有難い。ロイスは「あ、そっか」と頷いてる。
「〝イドゥ〟ってのは〝仮〟って意味だよ。師匠はタリス・ヴィレイシーで、弟子の僕がロイス・イドゥ・ヴィレイシー。ヴィレイシーっていう魔術師の系統の正式後継者が師匠で、仮が僕ってこと。一子相伝ってわけじゃないけど、うちの流派は一人ずつしか継がないから僕が正式な弟子なんだよね」
「それでイドゥなのね」
魔術師(仮)ってとこか。ちょっと笑えるけど、それでもなんか凄いんだろうなあ、と感心してたら「こんなのが次の正式後継者とは世も末ですわね」とミカちゃんが呟いてる。うわ、ミカちゃんはロイスに対してなかなか辛辣なんだよね。ロイスはあんまり気にしてないみたいで、多分いつものことなんだろうな。あと、思うにロイスはマイペースすぎて、あんまり深く考えてない気がするよ。大袈裟にしょんぼりしてみせても実際はけろっとしてるし。
「師匠もサーラと同じ色してるんだよ」
「ええ。とても奇麗な黒髪ですわ」
にこにこと私の髪を指してロイスは言い、ミカちゃんも頷く。
そういや、こっちに来てから黒髪の人見たことないな。人種的な問題だと思ったけど、この国にもいるのか。豆知識が増えたぞ。
「それに僕も黒だよ」
にこにこ。キラキラ青年ロイスは笑いながらそう言った。もちろん私は反応に困った。
あなたの髪はまごうことなき金色ですよ?
私は今、すごく不可解そうな顔をしているだろう。何言ってんのこいつ、みたいな顔。「あ、疑ってるー」って、何を言うか。どっからどう見ても金だろうが。
「じゃあ手品を見せてあげよう」
片手を私の目の前にひらめかせ、一瞬視界を奪われる。
そして再びロイスが視界に入ったとき私は驚愕に目を見開いた。
「っ……!? え? ええ?」
「驚いた?」
面白そうにこっちを見る視線にも、ミカちゃんの嫌そうな顔にも気づかなかった。
だって、さっきまで金髪だったのに!
ごく近い位置にいるロイスの髪は真っ黒だった。本気で黒い。……まさか、かつら? 手を伸ばして彼の髪を引っ張ってみる。取れない。なんてこった、自前だよ。それにちょっと待て、目の色も違ってる気がする。さっきよりも緑色がくすんで、灰色がかって見えるんだけど。
「驚いた。どんな仕掛けなの?」
「仕掛けなんて──」
「ロイス!」
ばん、と再び扉が開く。もうこの扉鍵かけようか悩むわ。ミカちゃんは良いけど、ここに来た人、三人連続でこれだよ。ノックの存在を主張するには、誰に言ったらいいんだろうね?