90回目 自衛だけではない、戦後も見据えて
いくら侵略者の脅威を訴えたところで、それで全てが片付くわけではない。
自ら戦わない者が、勝利の分け前を得られるわけがない。
その事を脱出者達はイヤというほど理解していた。
戦わずして敗北していく日本。
そんな日本に見切りを付けたのが脱出者達だ。
戦闘に参加しない、援助もしない。
それどころか足を引っ張るだけ。
そういう輩への嫌悪感を誰よりも抱いている。
だからこそ、翻って我が身を見る事が出来た。
侵略者撃退の戦い。
そこに参加しなかったらどうなるのかを。
戦後の勝利を祝う場に呼ばれる事があるのか?
その後の行く末を決める場に参加する事が出来るのか?
「出来るわけがない」
脱出者達が満場一致で出した答えだ。
ならばどうするか?
「たとえ小数でも戦闘に参加しないと。
でないと、仲間と認めてもらえない」
答えは簡単に出て来た。
その為に脱出者達は考えた。
何をどうするのが最善なのかと。
戦闘に参加しなければならない。
そのためにどれだけの戦力を用意すれば良いのか?
焦点はそこになっていった。
まず、大規模な戦力は揃えられない。
これは確実だった。
葦原の工業力や経済力では、大型艦艇を揃える事は出来ない。
無理して調達しても、戦闘で活躍する事は出来ない。
活躍するためにもそれなりの数が必要で、その数を揃える事が出来ないからだ。
ならば、用意できる戦力でどうにかするしかない。
そうなると、小型艦艇ばかりになる。
これはこれで問題だった。
数はそれなりに揃えられるが、小型艦艇ではどうしても戦闘力が低い。
参加は出来ても、活躍は不可能。
それは、戦後の交渉の席で不利になる。
無理して戦闘に参加して。
損害もそれなりに受けて。
しかし、分け前もないというのは割に合わない。
ある程度の分け前はもらわないと、損害に見合わない。
損害の中には人の命も入ってくる。
戦闘はどうしたって命がけになるのだから。
その命を消費して、それで得るものがないなど納得できるものではない。
そうして考え出されたのが弱小戦力の大量運用だった。
戦力の主力は浮遊砲台のような無人兵器にする。
これで数だけは揃える。
葦原星系の各所に配置して、敵の侵攻への防御壁とする。
そして、戦闘が始まったら、残ってる浮遊砲台を集める。
能力はともかく、数だけは多い浮遊砲台だ。
まとめて叩き込めば、敵陣に穴を開ける事も出来る。
そうして出来た穴に、用意した艦隊を突入させる。
小型艦艇であっても、敵の攻撃を退ける事が出来るなら敵軍に突撃しても生き残れる。
そして敵旗艦を攻撃、戦果を得る。
これが脱出者達が考えた方法だった。
上手く行くのかどうかも分からない方法である。
しかし、他に方法もない。
大まかな方針はこれでいく事となった。
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