第89話 好きにしていいよ。恵那のこと
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「恵那の王国はね……、名前はまだないの。ただ、王国と呼んでる。結構たくさんの人がいるんだよ」
「う……、はぁはぁ……、恵那」
「ひろくんも国民になってよ。納税とか義務とかあるけど……、ひろくんは特別に免除してあげる」
「いや……、僕は」
「あおい様も招待した~いなぁ~。きっと喜んでくれるはずだもん」
「どうだろう……」
あおいは過去の自分と決別している。解離性障害により自分を自分と認識できなかった絆の会の預言者「あおい」は、私とは別の存在、とあおいは思っている。千尋はそんな彼女が恵那の王国を受けいれるのかどうか、わからなかった。
「まぁっ、それはまた今度でいーや。あ、恵那ね、ひろくんの演奏聴きに文化祭に行くから! そこであおい様とも会いたいなぁ~」
「……え? 文化祭?」
「うんうん! ひろくん凄いよね~! あんなに自己表現できなかったきみが、今や大勢の前で歌うくらいになったんだもんね!」
「……そんなことまで……、知って……」
「えへへ~! ひろくんはロリコンで、先生のおっぱいが好きなシスコンでもあるし、恵那に殴られるのが大好きな変態さんでもあるのかぁ~、ひろくんって雑食だね~。恵那は……、おっぱい大きいし、小柄のアイドル顔だから……、ッ! 全部持ってるじゃん! わぁ~! 恵那ってもしかしてひろくんの理想?」」
指を折って数を数える恵那の姿はとても滑稽だが、無邪気に笑う顔は美しく眩しい。汚れを知らない幼女のように、澄みきった瞳に吸い込まれそうな輝きを感じる。ガラス玉みたいな心の中が透けて見えるくらいに、恵那に惹かれるのを千尋は感じる。そのガラスの破片が誰かを傷つけても、気にならなくなるくらいに。
「ち、違う……」
「でもおっぱい大きいえっちなちっちゃい子が好きなんでしょ? ロリ巨乳ぅ~って子?」
「違うよ。僕は……、そういうのは……もごもご」
「えへへ~、かわい~! ひろくんは大人になったって思ってたけど……、そういうところは子供みたい。男の子なんだから、素直にえっちな欲望に従順になればいいのに」
「いや、……、従順っていうか、別にその……」
「恵那は受け止めてあげるよ。ひろくんの性欲も」
「変なことばっかり言うな。大声で。こんな朝早くから……」
「だって言いたいんだもん。えっちなことは人間の根幹だよ? ひろくんだってあおい様とキスばっかりしてるんでしょ? 別にいいじゃん」
「……恵那、なんでそんなに僕らに詳しいの?」
「にしし~、知りた~い?」
恵那は不敵に笑って左右に体を揺すぶる。からかうような上目遣いは、妖艶で可愛らしいが、危険な香りを漂わせる。
「う、うん……」
「じゃあ、恵那から無理矢理、情報を引き出してみたらいいよ」
「え……え?」
「恵那はね、ひろくんが強引なところがみたいの! どうする? 好きにしていいよ。恵那のこと、ひろくんの思いのままにしていいよ。ほら、ほらぁっ」
恵那は両手を広げて目を閉じる。無防備な千尋の玩具になることをアピールする。千尋は困惑する。はじけ飛びそうな恵那の胸元、健康的な太ももや足首、少し紅い首筋や、甘い頬。瑞々しいリップや、綺麗な二重ができた瞳。艶々の黒い髪と二本の尻尾。どれもこれもが艶めかしく、千尋は動揺する。女性の体に触れるのは慣れているが、扱い方は未だ知らない。
「どうするの? 恵那ゾクゾクするよ~? 恵那の体を殴るの? 紐で縛って猿ぐつわつけるの? それとも犯すの? ぶるぶる……、ん……、あぁ、……、恵那、ひろくんの思いのままにされるの興奮する……、うぅ……、あぁ……」
恵那の信条はわかっている。病院にいたころの自由奔放に振る舞う恵那のイメージが、十七歳になった少女に何十回も折り重なる。千尋は幻覚と現実の境界線が再び曖昧になる。
自由に生きるのが恵那の願い。生きられないのなら、それはその世界がおかしい。殴ってでも殺してでも押し通そうとする。我慢はせずに、自分の思いのままに行動する。上手くいかないなら、いかせればいい。そこに法律も倫理も関係がない。嫌いなら殺せばいいし、邪魔なら殺せばいい。いけない、とされているルールを破ることは快感。「自由」という神様がご褒美をくれる。
「外で、ひろくんの家の前で……、恵那はひろくんに犯されるの……、うぅ……、あんなにおとなしかったひろくんが、欲望を丸出しにして恵那を玩具にするの……、あぁ……、うぅ……、恵那……、感じちゃうぅ……」
「え、恵那……、勝手に話を進めないで……」
「早く! ひろくんは自分を表現できるようになったんでしょ! 我慢したらだめだよ! ほら、恵那かわいいよ? ロリ巨乳だよ? ひろくんの好きにしていいんだよ。拷問する? 恥辱する? そうしたら、ひろくんの知りたいこと、知られるかもしれないよ? そうでしょ? そうするしかないんだよ? そうでしょ? そうだよ! そうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだそうだ!!」
全身の快楽に溺れながら狂ったように叫ぶ恵那を千尋は憐れだとは思わなかった。自分も恵那が言うような可哀想な子供。恵那とは内容が違うだけで、自分も全く同じ。千尋は内省する。人と上手く話せず外にも出られず、すぐに発作を起こし、小学生並みの低身長と容姿。そして性機能が全く発達していない。高校二年生だが不登校ばかりで勉強は全くできず、社会性にも乏しい。恵那の言葉の一つ一つ、行動の全てが正しいことに思えて仕方がなかった。だが、千尋は恵那に無条件で従うことはなかった。もうひとつの輝き。首からかけられた大切なリングに宿る想いがあるからである。
「できない……、よ、僕には」
「なんで? なんでなんでなんでなんで? ひろくんは自己表現できるようになったんでしょ? えなのこと犯したいでしょ? 違うの? したくないの? なんなの?」
「僕は……、興奮できない……、だめなんだ。僕は」
「……、わかんない。恵那にはわかんないよ」
「ごめん……、恵那」
「なんで謝るの? わかんない。恵那わかんない。わかんないわかんない」
千尋は謝るしかなかった。恵那の気持ちに応えられない自分を情けなく感じた。成長していく周りに取り残されている感覚は、寂しさと切なさがあわさっていた。




