第8話 だめですか? ぎゅうってしたら
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「えっと、私、山吹未来といいます。聖愛学園高校の二年生です。えっと、あの、あなたが優木千尋さんですか?」
「……? そうだけど……?」
「私、新聞部の記者なんです。それで、事件のことを調べていて」
「事件?」
「はい。知っていますか? 最近、この街で頻発している連続暴行事件を」
千尋が玄関を開けると、立っていたのは女子高生だった。山吹未来。山吹色の髪色をした少女。明るい色のセーラー服。短めのスカート。瞳は大きく、カラフルだった。凜とした口調で、少女は話す。
「被害者に、共通点があるのを知っていますか?」
「あ、あぁ……、うん。少しは」
「それで、あの、私、ここの三上先生のことを知って、みなさんにお話を聞ければと思って」
三上琴音は児童心理臨床の専門家である。その世界では名前が知られている。少し調べれば、この街に住んでいることも分かる。
千尋やめぐみのことは公にはされていない。しかし、山吹未来は、とあるつてを伝い、情報を仕入れた。
「知ったって……、誰から?」
「狭山市警の立本巡査さんからです」
「あの人……」
立本沙耶は、千尋とは接点がある。九歳のころ、東村山市で千尋が発見されたとき、対応したのは沙耶だった。千尋は当時のことをを忘れていたが、最近になり思いだした。
身内には一切、その事実を話していないが、沙耶は別。当時の自分を詳しく知るために、千尋から接触をした。沙耶は、八年が経過した今、人事異動により狭山市警で働いている。琴音とは、当時からの知りあい。メンヘラ少年少女が共同生活しているこの家のことも、知っている。
「私、新聞記者になりたいんです。でも……、なんの実績もないし、不安で……。それで地元で起きたこの事件のことを、詳しく記事にしたいんです」
未来は必死の形相だった。少し焦っているようにも千尋には見えた。
この家から徒歩一五分程度の聖愛学園高校に通う一七歳。千尋と同い年だ。聖愛学園は小学校から大学までの一貫教育の女子校である。千尋は行ったことはないが、狭山市では一番、上流階級の学校である。学園は入間川沿いに建っている。めぐみに連れられて、ボランティアに参加した時、見たことがある。煉瓦造りの高級感のある建物が印象的だった。学園の隣には狭山市営桜ヶ丘自然公園があり、家のみんなと遊びに行く時も、横目で目にする。登下校中の生徒のセーラー服は水色と赤のコントラストが綺麗で目に焼き付いている。しかし、虐待被害者で不登校にひきこもりの自分とは縁がない世界だ、と思った。
「いや……、急に来てそんなこと言われてもね……、ていうか沙耶さんも勝手になにを話してんだよ、ほんと」
「立本さんも心配してましたよ! だから、私が調べて少しでも捜査の役に立つならって、言ってくれたんです」
「いや、警察なんだから自分で調べろよ」
「ね? お願いします。私、何でもしますから。千尋さん。あなたのこと、私知ってますから」
「……知ってる? ……?」
「はい。千尋さんって、あの東村山児童監禁虐待事件の被害者なんですよね?」
「……!?」
「私、調べたんです。あなたや、この家に住んでいらっしゃる方々のことを。そしたら、……、凄い経歴の人ばっかりで、私……、俄然興味がわいちゃいました!」
「いや……、沸くなよ」
「沸きますよ! だって、普通に生きてきた私たちには到底、縁遠い経験をされてきてらっしゃるから! んもう~、取材のしがいがありますよ!」
「いや、僕は取材されたくないんだけど。ていうか、その話し、誰かに言った? 僕の過去のこととか」
「いえ、言ってません」
「ちょっとあの……、正直、あんまり知られたくないことだから、言わないで貰っていいかな。その……、複雑なことだから」
「はい。大丈夫ですよ。取材に応じて貰えたら! 守秘義務ですからね!」
「いや……、取材受けないと黙っててくれないの?」
「んふふ、取引です」
「山吹さん……、? だっけ……、その、あなた結構、えげつないですね」
「よく言われます。てへっ」
「いや、褒めてないんだけど」
「取材させてくれるなら、なんでも、しますよ~。そ、その……、ぎゅう~ってしますよ!」
「いや、しなくていいんだけど」
「え? だって千尋さんって、甘えんぼなんですよね? 女の人にぎゅうってされたり、可愛がられるのが好きだって」
「いや、誰がそんなこと言った」
「立本さんです」
「あの人、適当なことを言いやがって……」
「でも、事実じゃないんですか~? 私、千尋さんたちのこと、最近、観察してたんですけど、すごいじゃないですか? 外でも駅でもおかまいなしに、キスしたり抱きしめ合ったり……、あなたたちの世界のことは私にはよく分からないですけど、なんか、えっちだなぁって思いました」
山吹未来は用意周到だった。千尋たちを取材すると決めてから、まずは取材対象の調査をした。バレないように尾行し、行動を観察。学校や行きつけの店、交友関係等を調べた上で、今日、接触を図った。
「それは、僕の周りの人がおかしいだけ! 僕は、そういう……、変な趣味はないよ」
「でも、ぎゅうってしてもいいですか?」
「はぁ?」
「なんか、千尋さんって、小さくて子供みたいですよね。一六歳ですよね?」
「そうだけど」
「見えないですよ~。一二歳……、ううん、もっともっと下の子供に見えます。ほんと、保護欲っていうか、一緒にいると子宮がうずくような……、そんな気持ちになります」
「……? はぁ?」
「だめですか? ぎゅうってしたら」
「え? だめだよ」
「え~? なんでですか~? してもいいじゃないですか~! ケチ! バカ!」
「……? なんで怒られてるの……、? 僕」