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第9話 だいじょうぶ。かなでが守るよ!

9


 千尋は未来をリビングに案内する。改めて見るとスタイルがいい。身長は一五〇㎝後半くらい。細身だが胸は大きい。オレンジ色の髪はショートのボブ。手入れが行き届いていて綺麗だ。近寄ると甘い匂いがして、なんの香りだろうと千尋は想像を膨らませた。


 数分後――。


 未来の話を聞いた琴音と奏が席に着いた。未来は独自調査により、千尋や奏の素性を知っている。


「私は、こういう事件が起きていて、みなさんがどう思うのかっていうのを聞きたいんです」


 狭山市で頻発する連続暴行事件。未成年者をターゲットに暴行を受ける事件。死者はいないが、重傷者は出ている。共通項は、被害者は全員、不登校である、ということである。


「う~ん、どう思うって言われてもねぇ……、僕とは関係がないことだし」

「でも、千尋さんたちの世界の話しですよね? 不登校だったり、普通に暮らしてない子供たちが被害者になってるんですよ」

「なこと言われても……、ね」

【こわいとおもう。かわいそうだなっておもうよ】

「と、奏は言ってる」

 千尋は未来にスマホを見せる。

 奏は頭を上下に揺らして、感情を表現している。


「千尋くんたちの世界か……。まぁ、そうね~。普通じゃない子供たち。まさに、この子たちのことだものね」

「はい。ですから、そっち側の人たちに意見を聞きたいなぁって思って」

「で、千尋くんはどう思うの?」

「だから、どうって言われても……、ま、奏と同じですよ。恐いなぁって、くらいですか? まぁ、襲われたら僕は死んじゃうかもしれないですけど」

【だいじょうぶ。かなでが守るよ!】

「いや、奏に守られるほど弱くないから」

【ううん! かなでは練習してるの! みんなを守る練習!】

「練習?」

【うん! 総合格闘技! やってるの! 催涙スプレーとスタンガンも常備してます!】

「あ……、そ、そうなんだ」

「奏さんって、例の事件の被害者なんですよね?」

「あら、よく知ってるわね」

「はい。申し訳ないんですけど、調べました」

「そう。凄いわね。あなたは、本気で記者になりたいのね」

「なりたいです。子供のころからの夢ですから」

「そう。でも、他の人には言わないであげてね。奏は、今、一生懸命に生きているから。学校とか、伝わるときっと困っちゃうから」

「言いませんよ! 私、迷惑かけたくて来たわけじゃないんです! ただ……、インタビューしたいなって思ったんです」

「まぁ、この子たちみたいな人は、中々、高校にはいないものね」

「というか、高校に行けないからこうなってるんじゃないですか?」

「卵が先か鶏が先か、ね」

「なんですか? それ。僕、バカなんでわかんないです」

「人生の話よ」

「……? さっぱりです」

「じゃあ、千尋さんたちは、同情したりとか、そういう気持ちにならないんですか?

「同情……、ねぇ。どうなんだろう。可哀想だとは思うけど」

【わかんない】

「仲間意識とか、そういうのないんですか?」

「うーん……、ま、あるような気もするけど……、なんとも言えないわ。それに、めぐみとか奏とかと、僕は違うし」

「同じよ。みんな苦労してるんだから」


 優木千尋は、児童虐待事件の被害者である。八年前に起きた東村山市の事件は、連日テレビで報道されるほどの話題を呼んだ。関連書籍は何冊も発行され、ネットには記事が多数ある。

 が、千尋はその事実を全て忘れていた。

 事件後、千尋は入院した。

 入院中、千尋は心神喪失状態だった。話さず、動かず、何もしない。事件のショックでPTSDになっていたからである。

 ポストトラウマティックディソーダー。心を守るために、脳が起こすエラーである。

 PTSDは三つの症状に大別される。回避、過覚醒、再体験、である。

 回避行動は、PTSDの主たる要因――千尋の場合は父の虐待から、逃げようとする行為。檻や首輪、電極、密室、中年の男性、ビル等、関連するものを避けようとする。

 過覚醒は、千尋で言えばいつまた虐待されるか分からず、二四時間、怯えている状態。脳が休むことがなく、ちょっとした物音や言葉にすら、発狂する。

 再体験とはフラッシュバックのこと。白昼夢のように過去に戻り、当日を再体験する。

 千尋は回避行動により、記憶を全て忘れた。思い出すだけで、フラッシュバックと過覚醒により、昏倒するためである。

 一年ほど入院し、千尋は退院の日が近づいてきた。ある日、千尋は不可思議なことを言った。


「僕は、埼玉県所沢市に住んでいて、お父さんは昔に死んだ。お母さんは優しくて、僕は幸せに暮らしてきた」


 主治医の琴音は推測をした。

 千尋は、回避で記憶を失った。だが、それでは生きていけない。けれど、過去を思い出せば、過覚醒によりそれでも生きていけない。

 だから、空白を埋める都合のいい設定が必要だった。

 千尋は、生きていくために自分の理想を具現化し、思い込んだ。

 物語を守ることが千尋の心を守る。と、琴音は判断を下した。そして、執行猶予中の母と、千尋の二人暮らしが始まった。千尋の言う埼玉県所沢市で。


「奏とか、めぐみは壮絶だから、僕とは違うかも」


 その後、学校生活に馴染めず、心に変調をきたした。記憶は二転三転し、事実と虚構が混ざり合いながら、進化した。

 

 母は優しいが、怖いこともある。昔死んだ父親は、死んでいないことになった。姉が事故で死んだ。事故の後、母は無関心になった。父は、娘を守れなかった苦しみを、千尋にぶつけた。浴槽に沈められたり、電極をつけられたりした。その後、離婚し父は居なくなった。……そんな物語が、都度、作られていった。現実に適応するためである。時々思い出す、本当の記憶を理解するためには、物語が必要だった。

 母は琴音を頼り、やがて千尋は現在のような生活になった。

 千尋は、過去を忘れている、と全員が思っている。


【そんなことない。千尋だって大変だった】

「そうね。千尋くんも、色々あったんだから」


 あおいと琴音は過去を知っているが、奏たちは知らない。


「ねえ。もし千尋さんたちが襲われたら、どうする? 例えばよ。例えば」

「うーん、なにも出来ない気がする。PTSDが発動して意識が飛ぶんじゃないかな」

【スタンガンで撃退する!】

「あはは……、奏さんは小学生なのに攻撃的ですね」

「それが奏の過去との向き合い方だからね」

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