第73話 今日は一緒に寝たいの
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あおいの家。商店街を少し離れた路地前に「市川酒店」はある。店舗兼の住居で、一階の奥と二階が居住スペースになっている。築年数は四〇年を超える歴史ある建物だが、生活する上で困ることはない。
一階の裏口からあおいと千尋は家に入る。あおいは脱いだ靴を丁寧に直し、居間に向かう。一階にはトイレバス洗面所の他、リビングスペースである居間、台所、客間と仕事部屋がが一部屋ずつある。
「お婆ちゃん……、いないなぁ。まだ病院かな」
「病院?」
「ええそう。心臓に持病があってねペースメーカーが入ってるの。だから定期受診が必要でね」
「へぇ、ひとりで行ってるの?」
「私が付き添えるときは付き添いたいんだけど……、お婆ちゃん、私にあんまり手伝って欲しくないみたいで」
「迷惑をかけたくない、と」
「まぁ、私を引き取ってくれたお婆ちゃんには感謝しかないんだけど……、ね」
あおいは変わらずの表情。憂いを帯びた顔は作り物のように綺麗だ。
「ま、座って座って」
「う、うん……」
居間は畳にカーペットが敷かれている。十畳ほどの小さな居間の中央にはコタツ。千尋はそっと腰を下ろす。
「なにか食べる? あ、昨日作った炒飯があるわ。食べる?
「また食べるの? 今、うどん食べてきたでしょ!」
「え~っ、だって千尋に遠慮してあんまり食べられなかったしぃ」
「大盛で二杯食べたでしょ」
「え~、そんなの軽食でしょ。私本気出したら、一〇杯くらいは食べられるし」
「ブラックホールめ」
「ふふふ、私ね、もしかしたら凄い才能があるのかもしれない。大食いプリンセスになれるかもしれない」
「確かに……、あおいちゃんくらい食べる人なんて見たことないし」
「ねっ。美少女だし、スターになれるかもっ。ふっふっふ」
「自分で言うな」
あおいは居間に繋がる台所で冷蔵庫に手をかける。水差しに入ったお茶を取って、コップに注ぐ。時刻はもうすぐ一八時を迎える。
居間の窓から見える風景には、夜が迫っている。あおいはコップを二つ持ってテーブルに置いた。窓辺に立って、空を見あげる。
「もう……、夜だね」
「う、うん……」
「千尋今日、一緒のお布団で寝る?」
「は、はぁ? なんだよいきなり」
「え? だって、二階の部屋は二つしかないし……、お布団も数に限りがあるから」
「いや、いつもみたいにここでいいよ」
「え~、だめ。今日は一緒に寝たいの」
「いや、だめとか言われても」
「ケチ、千尋」
「その言い方なんか違う気がする」
夜が近づいている。あおいは窓を開けて行き交う時の流れに身を任せる。風が颯爽と現れて、少女の髪を攫う。千尋にはあおいの気持ちは全てわからないが、出会ったころに比べたら、情緒豊かになった気がした。
「はぁ……、今日も疲れた」
あおいは窓を閉めて千尋の隣で腰を降ろす。。スカートの裾を折りまげて、ぺたんと座る。座った後、足を伸ばし紺色の靴下を脱ぎ始める。
甘く色っぽい香りが、宙を舞って千尋を覆う。淡いピンク色の光が、空間を支配している。夜が覆う世界に、淡い太陽が輝く。
千尋は困惑する。同時に、慣れた感覚でもある。
千尋の共感覚。
匂いに色を感じる特殊能力である。




