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第65話 大大大好き

65


「……あら、それを質問するってことは、思い出したのね。昔のことを」

「……、はい。黙っていてすいませんでした」

「いつ思い出したのかしら?」

「一年くらい前から……、徐々に……。まだ、全部は思い出してないみたいですけど……」

「そう。先生とキスしたことは覚えてるかしら?」

「……! いつの話しですか! それは!」

「ここに入院してたころよ~! ほら! 千尋きゅんのファーストキスは先生とでしょ!」

「あおいと同じことを言うな」

「ふふふ……、考えることはみんな同じよ」


 診察室。三上琴音は白衣を纏っている。自宅でのだらしない姿とは違い、目つきが凜々しい。同じ人間だが、仕事とプライベートで切り替える姿を、千尋は大人だなと思う。

 いつものようにあおいを待合室に待たせている。千尋は、真っ白な布と外光による純白で統一された診察室で、入室するなりすぐ、恵那の居場所を訊いた。


 琴音は少し驚いた顔をしたが、すぐににんまりと笑った。まるで全てを悟っているような、大人の顔。


「恵那ちゃんは……、引き取り相手がいなかったから、支援団体の代表に引き取られた」

「支援団体……?」

「そうよ。絆の会から抜け出した人を支援する団体よ。あそこは……、有名なカルト宗教だったからね」

「楽園に入ると二度と外には出られないとか」

「うん。先生も専門家じゃないから、聞いた話しだけれどね。逃げだそうとすると、殺されていたそう」

「恵那が、壊したんですね。その場所を」

「絆の会に家族や子供を連れて行かれた、と抗議する家族はたくさんいた。カルトを社会からなくそうとする弁護士や活動家もいる。そういう人たちが作ったのが青葉の会」

「あおいちゃんは、なんでそこに行かなかったんですか?」

「あおいは……、絆の会とはなにも関係がない一般人の親戚がいたの。川澄みどりの実母の妹……、それが今のあおいの保護者さん」

「よく、頼めましたね」

「あおいが望んだのよ。あおいは、絆の会とは縁を切って、自由に生きていきたいと言った。だから、私は、直接、頼みに行った」

「じゃあ、あおいは青葉の会とはなんの関係もないんですね」

「さあ? それはどうかしらね」

「……?」

「あおいだって色んなことを考えてるだろうし、もう、あのころの子供だったあおいとは違うから、なにか思うところがあるかもしれない」

「なにか……知ってるんですか?」

「……知らないわよ」

「先生の言葉は信用できないです」

「知りたいならあおいに訊けばいいじゃない。訊けない理由でもあるのかしら?」

「いや……、ないですけど」

「恵那はね、絆の会にどっぷりとハマっていたからね。二年間、ここで暮らしたけれど、本質的には変わらなかった。最後までね、人を殺した時の快感を楽しそうに話していたわ」

「恵那……」

「私はね、それ自体を悪いことだとは思わないの。人の個性はそれぞれ。個性を否定することは、人格を否定することになる。そうしたら、その子は、裏切られた気持ちでいっぱいになる」

「先生らしいですね」

「でもね、だからってなにをしてもいいわけじゃないのよ。人を殺したり、物を壊したり、ルールを守れない人は、社会では生きていけないものね。恵那にはそういうところを教えたつもりだったんだけれど……、どうかしらね」


 琴音は渋い顔をして頭を触る。琴音の言いたいことを、千尋はよくわかっていた。自分らしく生きていくこと。ただし、世界と折り合いを上手くつけながら。

 それはあおいが行動で示していることだったから。


「まぁでもよかったわね。昔のことを思いだせて。あおいはもう知ってるのかしら?」

「ええ……、はい。言ってます」

「あおいはなんて言ってた?」

「え? いや……、知ってたって。でも、嘘をつかずに自分から言ってくれて嬉しかったって」

「それはそうよ。あおいは、あのころのことを今でも大切にしているからね」

「先生にも……、ずっと黙っていてすいませんでした。僕は、恐かったんです。なんか話したら、今の僕が僕でなくなってしまう気がして」

「……、きみはきみだよ。千尋くんは千尋くん。昔も今も、なにも変わらないわよ」

「はい……、すいません」

「でも、カウンセリングのやり方は変えるかもしれないわね。だって、監禁されていたことも、死にかけたことも、思い出したのよね?」

「……、はい」

「きみはね、特別な子なのよ。虐待された子供は悲しいけれど数多くいる。でもね、回復の過程で、自分の人生を全て忘れて、全く新しいストーリーを作りあげる子なんて、いないから。わたしはきみに興味があるの」

「……、だから僕を先生の家に住まわせたんですか? 実験モルモットですか? 僕は」

「そう思う?」

「……、はい。先生の性格を考えたら……、あるだろうなとは思いますよ」

「よくわかってるね。先生のこと。毎日キスする関係だけはあるね! ちゃんと繋がってるわ。先生嬉しい!」

「キスしてないし」

「今もする? したい?」

「しません!」

「あははは」

「でも、先生が僕たちのことを考えてくれているのもわかっています。本当に、大切にしてくれていることも」

「つまり……、どういうこと?」

「……?」

「好きってことだよ。きみのことが。だ~いすきってこと!」

「……ッ! ……は、はぁ……、そうなんですね」

「うん! 超好き。大大大好き。だから結婚しよ。千尋くん」

「なんでそうなるんですか!」

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