第66話 待機
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「でも……、なんで急に恵那ちゃんのこと調べ始めたの? 記憶が戻ったから?」
「……、気になって」
「まぁ……、私も気にはなるけれど、大丈夫? 千尋」
「え? 大丈夫だよ! 恵那は凶暴だけど悪いやつじゃなかったし」
「そうじゃないわよ。千尋の心のこと」
「……?」
「千尋、私との約束、忘れちゃったわけじゃないわよね?」
「それは……、うん」
「千尋は、もう私を心配させない。危ないことはしない。私の側からいなくならない。私の言うことはなんでも聞く。キスもする。浮気はしない。結婚する。可愛いホストになる。そうでしょ?」
「……なんか色々混じってる気がするけど……」
「ん? なんか言った?」
「いえ……、なにも」
千尋は診察が終わった後、琴音の残務作業が終わるまでロビーで待機している。人は疎ら。医療センターはいつ来ても穏やか。けれど心が落ち着かないのは、思い出が節々に落ちているからである。
時刻は十六時過ぎ。琴音の仕事が終わるのは十七時。余った時間。あおいは「ねえ、散歩でもしようよ。あのころみたいに」とふらりと立ちあがる。
「いや、でも……、精神科の入院病棟には入れないし」
「いいじゃん。行ってみようよ。あ、私たちのこと知ってる看護師さんとか介護士さんいるかもよ」
「いないよ……、もう七年前だし。見てもわかんないよ」
「じゃあ、名札でもつける? 昔やってたじゃない。入院病棟からこっちに来る時は、ネームカードを張り付けて」
「あぁ、そうそう。自殺防止で紐は持ち込めないから……、マジックテープで張り付けて……」
「懐かしいね。あのころ」
「あおいちゃんでも懐かしいとか思うんだ」
「え? 思うよ。私をなんだと思ってるのよ」
「いや……、なんか過去は振り返らずに前に進んでいくタイプかなって」
「時には振り返り、己を見つめ直し、そして受けいれて進むのが私よ」
「かっこいいな。あおいちゃんは」
「ん……っ、頼りにしなさい。千尋」
「はい。姉ちゃん」
「よろしい。弟ちゃん」
立ちあがったあおいは千尋に手を差し伸べる。華奢な体だが、千尋は頼もしく感じる。病院にいたころの記憶は全て思いだせていないが、あおいの言うとおり、手を繋いでいたことは覚えている。場所が同じせいか、当時の感覚が千尋に乗り移る。あおいがとても大きく見える。
――ぎゅ。
千尋はあおいの手を握る。ネームカードはないが、存在を証明するものを二人は持っている。あおいの薬指には、池袋で買った十万円の指輪がはまっている。あれからあおいは一度も指輪を外したことがない。
千尋は首元に、リングが中央に通されたネックレスをつけている。リングは池袋で買ったあおいとお揃いの宝石。
二人を引き離さず、繋いでいくための一生の赤い糸。
「私はね、ここで生まれた。ここに来る以前の私は、誰でもなかったから」
「解離性障害……」
「そ。千尋や恵那ちゃん、先生たちと過ごした家族が、私にとって唯一の家族。ここは実家」
「僕にとっても大切な場所だよ、ここは。フラッシュバックが恐いけど」
「大丈夫。私がいれば、平気でしょ。そうでしょ」
「頼れるお姉ちゃんがいて、嬉しいです」
「うん。千尋はずっと私についてくればいいから。あとお金稼いでくれたらそれでいいの」
「金の話ばっかだな」
「だって生きるにはお金が必要だもの。もう預言者じゃないんだから、お金稼がないと」
「頼れるお姉ちゃんなんだったら、あおいちゃんが稼いでくれたっていいのに」
「え~、千尋、ヒモ希望なの? まぁ、千尋は適性あると思うけれど、私のヒモはだめ」
「僕だってする気はないけど」
「ふふふ、まぁでも、対人スキルを磨くのは悪くないわよ。結婚詐欺師かホストになるんだし、ヒモになれるくらい女性の扱いが上手くならないとね」
「僕の人生誰が決めたんだ」
「とりあえず、……そうね、ああっ、そう。三階に行ったら、受付で名前を名乗って、僕のこと知ってるお姉さんいませんか? って聞いて見てよ。あっ、可愛い声と可愛い表情でね」
「迷子に間違われるだろ」
「大丈夫よ~、可愛い迷子なら大丈夫」
「なんか楽しそうだな」
「楽しいよ? 千尋といる時はいつでも楽しい」
「それは……、ありがとう」




