第43話 見るくらいなら……
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浴室から上がった二人は、再びリビングに戻った。
深紅は濡れた髪をドライヤーで乾かす。薄いタンクトップにパンツ一枚。千尋は、深紅にもらったパジャマを着ている。
胸元にライオンのワッペンが付いた水色のパジャマ。少年趣味が講じて、深紅がコレクションしている衣類の一つだ。
千尋は目のやり場に困っている。深紅は、めぐみや琴音たち以上に、貞操観念がゆるい。いや、愛があるからなのだろうか。むしろめぐみと話が合いそうでもある。だが、落ちつかない。と千尋の思考はぐるぐる回る。
「千尋くんってさぁ、ロリコンなの?」
「……、は、はい?」
「だってさぁ、なんかあたしじゃ元気になれないみたいだし」
「い、いや……、そういうわけじゃないんですが」
「唯のこと、なんか……、好きそうだったから」
「い、いや……、ち、違いますよ」
「そう? でも、話盛り上がってたし……、好きなのかなぁって」
「い、いや……、僕あの……人見知りだから……、その、ああいう子は苦手ですよ。どっちかと言えば」
「ああいう子?」
「はい! 口が悪くて気が強い……」
「――誰が口悪いって?」
「唯!」
「あ……」
千尋は顔を上げる。視線の先には、唯が立っていた。ビックサイズのTシャツと、ショートパンツを着ている。
ゆるい衣服の上からでも、胸の大きさがよく分かる。むちっとした太もも。健康的な肌つや。
気の強そうな顔。眼光鋭い瞳。姉に似た垂れ目はよく見れば愛嬌があるが、とても見つめられない。射貫かれてしまう。
千尋は、オドオドと視線をそらす。人の顔を見るのは苦手。
「あんた、ロリコンなの?」
「ち、違い……、違うよ!」
「ふぅん。気持ち悪い」
「え? なにがだよ!」
「なんか色々」
「唯~! 千尋くんは気持ち悪くないよ。かわいいでしょ!」
「なんかオドオドしてて……気持ち悪い」
「そ、それは~! 千尋くんにも理由があるのよ!」
「理由」
「そう! ね? 千尋くん」
「ぷるぷる……、う、うん。そ、そうだ! この震えは、断じてロリコンだからではない!」
「じゃあ、なんで?」
「え?」
「言ってみなよ。聞くから。ほら」
「あ……、う……、うぅ」
ロリコンではないが、人と話すのは苦手だ。小学生相手なら、発作は起きない。震えやどもりも少ないが、病気が治ったわけではない。
「ほら、頑張って千尋くん! あたしのおっぱい揉んで安心して……、ぎゅうぎゅう」
「い、いや……、胸は……、あの」
「おっぱい揉んだら安心するんだもんね。千尋くんは子供だから」
「え? いや……、そういうわけじゃなく……、もみもみ:
「変態」
「ち、違い……、違う! これは……、つい手が勝手に。なんかわかんないけど、動いちゃうんだよ!」
「分かった。あんた、胸フェチなんだ。おっぱいマニア?」
「ち、違う!」
「それでゆいの体を見て興奮してるわけだ?」
「あ~、そうなの? 千尋くん! だから、あたしの前でもぷるぷるしてるの?」
「あ……、うぅ……、もみもみ」
「あんた、本当に高校生だとしたら、まぁ、お姉ちゃんと付きあおうと勝手だけど、こんなところでイチャつかないでよ」
「い、イチャついてない!」
「ま、高校生なわけないか。こんなだらしない男が」
「高校生だ!」
「口だけならなんとでも。学生証だって偽造できるし」
「どんだけ信じられないんだ……僕は」
「あたしは信じてあげるよ。だーりん」
「お姉ちゃん……、あのさ、子供好きなのは別にいいけど、法律はちゃんと守ってね。あとこの際だから言うけど、、ゆいの学校の男子を誘惑するのはやめて」
唯は小学生だ。深紅は、唯の姉という立場を利用し、小学校へよく訪問する。小学生男子を見繕い、声をかける。連絡先を交換し、後日、食事や買い物に誘う。そして、身体的な接触を持つのである。
「噂とかさ……、広まるのよ」
「別にいいじゃない。なにか困るの? 唯は」
「困るわよ! ゆいは変態じゃないもん! お姉ちゃんと同じみたいに思われるの!」
「でもそれをきっかけに男の子嫌いを治せるじゃない」
「別に治す必要ないわよ! ゆいは、大人相手なら話せるし……、お姉ちゃんと違って」
「小学生男子、魅力的なのになぁ」
「ただのガキよ。みんな」
「でも、そのわりには千尋くんとは普通に話せてるみたいだけど?」
「話してない。罵倒してるだけ」
「え、ええ?」
「だってこの人変態だから。人間以下だし」
「唯ちゃん! だめでしょ。そんな言い方!」
「だって、事実じゃん」
「でも、気になってるんでしょ。千尋くんのこと」
「そ、それは……」
「お姉ちゃんはお見通しなんだからね」
唯は異性が嫌いだ。同性も好きではない。自分の容姿のことで、様々なトラブルがあったからである。人間と関わりたくない。が、それは建前。人と上手く関われない自分を否定するための嘘である。
本音は、人と仲良くしたい。姉のように、愛嬌よく振る舞いたいのである。
歳の離れた相手なら上手く話せる。大人や、小さな子供なら、大丈夫。
千尋のことが気になる。高校生なのに、子供みたいな見た目。話しが続く。話すことが出来る。緊張せずに、罵倒できる。
普段だったら、口ごもってしまって、言葉がでてこないのに。
唯は千尋が気になっていた。
「そ、それは……、だ、だって。気になるわよ。この人、大人なのに、子供みたいな見た目で……」
「千尋くんは凄いんだよ。特別な男の子なの」
「特別かは分かんないけど……、でも、気にはなるわよ。当然でしょ。こんな変な存在」
「千尋くん。唯はね。男の子と話すのが苦手なの。だから、よかったら、唯と話す練習台になってもらえないかしら」
「え……、ええ? ぼ、僕が?」
「うん。だめかな? 唯と話してたら、おっぱい見放題触り放題」
「そ、そんなわけないでしょ! だめよ! 触るのは!」
「じゃあ見るだけね」
「まぁ……、見るくらいなら……」
「いいんかい」
夜が更けていく。千尋はヘンテコな姉妹が住む家から脱出することが結局出来なかった。
川越の高層マンション。一晩を深紅のベッドの上で過ごした。




