第40話 そ、その……、胸は、小学生のサイズじゃない……、で、ですよ?
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「あ、お姉ちゃん?」
「唯。な~んだ。居たの? 静かだったから居ないかと思ってた」
「ちょっと寝てた。って、その子、誰?」
「もごもご……」
「あぁ、この人は、あたしの彼氏」
「はぁ? 彼氏~?」
「うん。さっき出会って、付きあうことになったの」
「もごもご……、な、なってな……もごもご」
「ふーん。彼氏ねぇ……」
風呂に向かい、立ちあがった刹那――、リビングに入ってきたのは小さな少女。
西園唯。深紅の妹である。小学六年生。十二歳。ショートのボブ。弾ける若さ。大きな瞳は深紅とよく似ている。絶世の美少女。だが、ふて腐れたように、無愛想である。
似ているのは顔だけではない。
「だーりん。唯のおっぱいも、揉みたいの?」
「もごもご……!?」
「はぁ? なに言ってんのお姉ちゃん」
「だって、だーりんはおっぱいが好きだからぁ」
「変態」
「……!? ち、違う……」
「胸ばかり見て、いやらしい」
「ゆーい? 男の子はみんなえっちなんだよ?」
「死ね。変態」
「……ち、違うって言ってる……う、うぅ……」
西園唯は姉に似て巨乳である。十二歳だが、発育がいい。ニット地のカットソーにスカート。胸が大きく膨らんでいる。Fカップ。身長は千尋と大差ないが、成長には差がある。小学生だが、既に女性の体。整った容姿。男性を誘惑する肉体。モテないわけがないが、本人は男性を嫌っている。視線のせいである。
どこに行っても、唯は注目を集める。男性からは性的な好意を。女性からは嫉妬と羨望。告白された数は知れず。断った数も。
好きでもない男と付き合わないのは当然。しかし、断れば、フったことを恨まれる。女性からは、「調子に乗っている」と叩かれる。唯は友達が少ない。普通にしているだけで、みんなから嫌われる。
次第に唯は、無愛想になった。必要以上に、人を寄りつかせないためだ。憧れの容姿。が、本人は自分の見た目が好きではない。ボーイッシュな格好をしたいが、サイズが合わない。身長に対し、大きすぎる胸と、ヒップ。標準的な小学生の衣類は、小さくて着用できない。伸縮性のある洋服を選ぶと、体に密着し、かえって胸やお尻が強調されるジレンマである。
「お姉ちゃん……、どこの子? この子」
「どこって、学校で見つけたの」
「大丈夫なの? それ」
「……?」
「小学生でしょ? ゆいと同じくらいだよね? こんなとこにまで連れてきて、さすがにヤバいんじゃない?」
「えへへ~ん、お姉ちゃんもバカじゃないんだよ? 唯。ちゃんと対策できてます」
「対策?」
「実はこの人はぁ……、高校生なのです! ビシ!」
「……? は?」
「優木千尋くん。十六歳。高校二年生です」
深紅は千尋の体を支える。人形のように、持ちあげて、唯に見せつける。唯は眉毛をくの字にする。困惑した顔。
「なに言ってんのお姉ちゃん。そんなわけないじゃん」
「それが、本当にそうなんです」
「病院……、行く?」
「違う違う本当! ほら、千尋くん! きみからも言ってあげてよ」
「あ……、う、うん……、あ、あの、ほんとにそう」
「なわけないでしょ」
「ほ、ほんとにそう! ……です」
「声変わりしてないじゃん」
「これは、声変わりして……、これで」
「いや、騙すならもっと考えなよ。ゆい、バカじゃないし」
「ほんとに……、そう! ですよ」
「あほらし」
唯は見たところ小学生くらいだ。千尋もさすがに小学生にバカにされるのは頭にくる。子供相手でも会話するのは苦手だが、大人ほどではない。体格的な問題か。発作があまり起きない。精神的に安定するのかもしれない、と琴音は推測している。千尋は、ポケットからサイフを取り出す。中には学生証が入っている。手に取って唯に見せる。
「ほら、こ、これ……」
「……なにこれ」
「学生証だよ。ぼ……、お、俺の!」
「おぉ~、千尋くんの俺って初めて聞いた~」
「ふぅん……、優木千尋。英明学園高校二年生?」
「そ、そうだよ。ぼく……、お、俺は、本当に十六歳だよ」
「へぇ、よく出来てるね。そうそう。これくらいちゃんとやらないと、騙せないよ。お姉ちゃん」
「騙してないよ~。唯! ほんとだよ~」
「はいはい。あほらし。ま、犯罪者にはならないでね。捕まってもゆいは関係ないからね」
「唯~」
「僕は本当に高校生だ!」
「うるさいな。大声出さないでよ。近所迷惑でしょ。きみ、本当は小学生でしょ? 六年生? いや、ゆいより年下でしょ。ほんとは」
「き……、きみは何年生だ……、ですか?」
「六年」
「へぇ、六年生」
「クラスの男子と一緒だよ。お姉ちゃんの胸ばっかり見てさ、甘やかされて、きもい顔する。ほんときもい」
「ぼ、僕は……、違う」
「そう? 呆れる」
「は、はぁ?」
「なに言ってんのよ。その手。どこにあるのよ」
「え……、もみもみ」
「あらあら」
「あ……もみもみ」
千尋はまた無意識に深紅の胸を揉んでいた。大きな乳房。巨乳。男性であれば触りたくなるのは自然ではある。しかし、触らない。理性が働くからだ。千尋は、自分が恐くなる。記憶もないうちに、深紅の巨乳を揉んでいる。自分は一体、なんなのだ。と不安になり、胸から手を離す。
「ち、違うよ、こ、これは……、手が勝手に」
「うんうん。いいこいいこ」
「男なんてみんな嫌い。変態共」
「ぼ、僕は違う。僕は……、身に覚えがない」
「どんな弁解? めっちゃ触ってたくせに」
「う、うるさい。小学生め」
「あんたも子供でしょ」
「ち、違う。僕は高校生だ」
「ふぅん、まあ口だけならなんとでも」
「き、きみだって、本当に小学生か? ……で、ですか?」
「はぁ? そうだけど。なんで?」
「そ、その……、胸は、小学生のサイズじゃない……、で、ですよ?」
身長は大差ない。顔もあどけない。肌つやは若い。十六歳。深紅の肌よりももっと新鮮だ。嘘をつく意味もない。本当に小学生なのだろう、と千尋は思うが、他に思い浮かばなかった。子供扱いされるのは嫌い。ましてや本当の子供に言われるのは、もっと屈辱だ。
「うひぁぇ! へ、変態! 見るな! 死ね!」
唯の顔は真っ赤。手で胸を隠している。が、サイズが大きすぎて、隠しきれない。
「ゆーい。いいじゃない。別に~。男の子はおっぱいが好きなんだからぁ。見られるくらい」
「お、お姉ちゃんがおかしいのよ! ゆいが普通!」
「おっぱいは普通サイズじゃないのになぁ~」
「う、うるさいわね! ゆいはお姉ちゃんのこと心配してんのよ! 毎度毎度、子供を誘拐してきて、本当に捕まったらどうするのよ!」
「だ・か・らぁ~、千尋くんは高校生だって何度も……」
「こんな声変わりもしてない高校生がいるか! 背もゆいより小さいじゃない。それに……」
「……?」
「そんな風に、遠慮なく胸を揉める男なんて、子供に決まってるでしょ! 大人はもっと……、ちゃんとしてるもん!」
「そっかなぁ~? でも、かわいいからいいじゃない千尋くん」
「と・に・か・く、ゆいは関係ないからね! ゆいはちゃんと注意したから!」
唯は顔を真っ赤にしながら自室へ戻っていく。後ろ姿。女性的なシルエット。本当に六年生か? と千尋は疑問に思う。が、この短気は子供だな、と納得する。同時に、別の疑問が浮かぶ。唯の発言である。
「唯はかわいいんだけどなぁ~。男嫌いなのが難点ね~」
「あ……、す、すいません……、僕、あの……」
「いいのいいの。むしろ唯があんなに男の子とお話ししてるのなんて、始めて見たし」
「話し、なんですかね?」
「いつもはもっと無愛想で、無視するの。だからきっと、千尋くんのこと気に入ったんじゃないかな~?」
「気に入られても……、困るけど」
「まぁまぁ、唯もおっぱい大きいし、メリットいっぱいじゃん」
「い、いや……、僕は変態じゃない……、ので」
「メリットいっぱいおっぱい。にしし」
「は、はぁ……」
「じゃあ、お風呂行こうね」
「え……、あ……、ちょ、ちょっと……」
「ほらほら、ぎゅうううう」
「あ……、もごもごぉ……」
深紅は再び巨乳を押しつけて、お風呂へ向かった。




