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第36話 男の子はおっぱい好きだもんね

36


 新聞部のすぐ近く。三十mの場所に男子トイレはある。千尋は用を足して、手を洗う。水道の水。鏡に映る自分。どう見ても十六歳には思えない。まるで、冷凍カプセルにでも入っていたような感覚になる。

 顔を洗う。どうしてこうなった? なぜ? 自分だけ恵まれない? 親は自分では選べないのに。不幸だ。不公平。神さまは意地悪だ。おかしい。と、後ろ向きな言葉はいくらでも浮かぶ。しかし、すぐに消える。

 前を向いて生きる。今をどう生きるか。過去は選べない。でも、未来は選べる。と、千尋は琴音の言葉を信じていた。


――ガララァ。


 トイレの戸を開けて廊下に出た。あおいは「一人でトイレに行けるの

?」なんて、言っていた。バカにしているわけではない。本気で心配してくれているのだ、と分かってはいる。が、恥ずかしいのだ。情けない自分。


「あ、きみ一人?」

「……あ、……うぁ?」

「さっき歩いてた子だよね。見学? 小学生? 中学生には……、ちょっと見えないけど」

「あ……、うぁ……ぁぁ」

「ふふふ。どこ行くの? あたし、よかったら案内しよっか?」

「……ッ?」

「さっき一緒に歩いてた女の人は、お姉ちゃん? まさか恋人ってことはないだろうけど……」

「あぅ……ぅぅ……、ぷるぷる……」

「ふふふ、口下手なのかな? 人見知り? かわいいね!」

「あ……、あわわぁ……」


 男子トイレの前。女性生徒が待っていた。カラフルな制服。水色のセーラー柄。赤みがかったピンク色のリボン。スカートが短い。綺麗な足。千尋よりうんと背が高い。少しかがんで、千尋を覗き込む。笑顔。優しげな瞳。重力で胸が垂れ下がる胸。かなり大きい。 胸元のボタンが外れている。かがんだ勢いのせいか。千尋の視界を覆う。体温。女性の匂い。圧迫感。


「ね! もう帰るの?」

「あ……、う……、うぅ」

「帰るんだ? じゃあ、あたしと一緒に帰~ろっ?」

「……ッ?」

「ね! いこいこ!」


――ぎゅっ。


「あ、あたし西園深紅っていうの! 二年生! きみは? なんて名前?」

「あ……、ろ……」

「ろ?」

「ち……、ひろ」

「千尋くん? っていうの? わぁ~、かわいい名前だね」


 西園深紅。聖愛学園の二年生。身長一六〇センチ。体重四十七キロ。バスト一〇二センチ。二重瞼の大きな瞳。少し垂れ目で愛らしい。小鼻が小さな鼻。口角があがった唇。ぷくりとした頬。顎先まで綺麗な骨格。声は高く愛らしい。アイドルのように甘い。

 性格は人懐っこくて誰からも好かれる。友達も多く、クラスの人気者だ。

 

「えへへ……、千尋くん。千尋きゅん? 千尋たん? うーん……、なんて呼べばいいかな? ね? なんて呼ばれてるの?」

「あ……、うぅ……、色々……、です」

「色々? そっかー、じゃああたしは、だーりんって呼ぶね」

「……!?」

「えへへ……、だからあたしのことは……、み・く、って呼んで欲しい」


 西園深紅は照れたように言った。千尋の手をぎゅっと握る。千尋はパニック。知らない人。知らない手。勢いよく迫られたら、頭が真っ白になる。

 予定はまだある。あおいたちのところへ戻らないといけない。が、とても無理。手を握られ、どこかへ連れて行かれる。理由は不明。よく分からない。が、こういうことはよくある。見ず知らずの女性に、声をかけられて、名前や年齢を聞かれる。食事に誘われることもある。

 千尋は大抵、なにも言えない。知らない人は苦手。体が硬直。声が消失。言われるがままの人形になってしまう。断ることが出来ない。


「あ……、うぅ……、ぷるぷる……」


 千尋は震えている。が、ポケットからスマホを取り出す。声は出せないが、指は動く。昔と今は違う。あおいにLINEをすることくらいは出来る。

 ロックを解除し、LINEを立ち上げる――、


「だーめ。あたしといるときはスマホなんてみちゃや~だ」

「あ……」

「貸して。ほらぁ。だめ。スマホはお・わ・り――カチャ」

「あ……、うぅぅ……」


 深紅は千尋の手からスマホを奪い取る。軽やかな手つき。ボタンを長押しして、電源を切る。絶望。千尋の口は開いたまま、閉じない。


「ね! これからあたしとデートするんだから。だーりん」

「う……、うぅぅ、デ、デート?」

「そう。あたし、きみに一目惚れしたの! きみみたいなかわいい男の子、いないもん!」

「デ、デートって……」

「だめかな? いいよね? あたし、かわいいし、おっぱい大きいし」

「……、い、いや……、でも」

「いーじゃ~ん! ね! ほらほら、おっぱい触ってもい~からぁ~、おっきいよ? あったかいよ? ――ぎゅうぎゅう」


 深紅は大きな胸を押しつける。千尋の腕。お腹。体。手をとって、胸を触らせる。温かい。千尋の小さな手には収まりきらないサイズ。強引に揉ませられる。弾力があるが柔らかい。手が沈み込む。ふわふわとした気持ちになる。


「男の子はおっぱい好きだもんね~。嬉しい? 気持ちい?」

「え……、あ……、う」

「デートしてくれたらもっと揉ませてあげるからね~」

「あぁ……、うぅ」

「じゃあOKだね~? ね! おっぱいと引き換えにあたしのだーりんになってくれるよね?」

「え……、いや……、あ……、揉み揉み……」

「ふふふ、かわいい男の子大好き」


 胸を押しつけられながら、廊下を歩く。新聞部の部室は反対方向。助けを求めたいが、声が出ない。胸の感触には慣れている。琴音。めぐみ。性的リテラシーの低い二人。深紅と同じくらい大きな胸を、よく押しつけてくる。が、硬直した体は動かない。

 人間に対する恐怖。虐待のトラウマがそうさせる。「殺される」と思う。無意識が、「大人しくしなければいけない」と、体を操作する。慣れた相手。「大丈夫だ」と、脳が安心した相手以外には、常にこうなる。

 自分ではコントロール出来ない。脳のエラー。PTSDである。

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