第34話 そんなこと言われても……
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「千尋さん。今日はここで、あなたのお話を伺いたくて呼んだんですよ~」
「は、はぁ……」
「千尋は緊張してます」
「うん! でも大丈夫ですよ。ここには誰も来ないので!」
「そ、その……、窓だけでも開けてもらえないかな」
「窓?」
「千尋は密室が苦手だから」
「あ、あぁ……、はい。分かりました」
新聞部の部室。窓もドアも閉め切られている。部室棟の三階。麗奈は業務がある為、席を外した。部室には三人。
未来は窓を開ける。
入間川から水分をふくんだ風が吹き込む。ささやかな匂い。
「最近、事件起きてませんね」
「あ……、はぁ。はい。例の事件ですね」
「智光山公園の犯行予告も、結局イタズラだったのか、なにも起きませんでしたし」
「残念そうね。未来さん」
「あなたは、川澄あおいさんですよね。千尋さんの彼女の」
「そうよ。山吹未来さん。噂はかねがね……」
「やだなぁ~、もう。美人で賢い女子高校生記者、なんて言われても困ります~」
「いや、言ってない気が……、はぁはぁ……」
「千尋は無理して話さなくていいから。私が答えるから」
「はぁはぁ……え?」
「私だけ見ててって言ったでしょ? 他の女は見ないで」
「いや……、どうしたの? 急に」
「どうもこうもないわよ。なんか……、胸がもぞもぞするの。千尋がこの人のこと見てると」
「もぞもぞ?」
「うん。なんかわかんないけど、もしかしたらこれって嫉妬って感情かしら?」
「さぁ……、僕にはわかんないけど」
あおいは感情の扱い方が下手だ。小さいころあおいは虐待を受けた。辛さから逃げるため、心を解離させた。後方から自分を見る感覚。虐待されている自分は、他人。そうすることで、身を守った。解離性障害。
琴音と出会い、治療を始めた。が、自己の同一性が損なわれたあおいは、一つに戻れなかった。心で思うが、顔には出ない。感情の意味が、分からない。
今、唯一分かるのは、愛。温かいという感情だけだ。
「最近事件が起きてなくて、私退屈でぇ~、千尋さんを取材したいなぁって」
「取材……」
「はい! 千尋さんの昔話とか、今の日常とか聞かせてもらえたらって」
「そんなの記事にして面白いの?」
「多分……、受けると思います! 不登校やひきこもりの高校生……、のリアル、なんて、世間一般には絶対に受けますよ!」
「そうなのかしら」
「僕には分かんないけど……」
「受けますよ! 虐待のトラウマを抱えながらも、頑張ってる高校生の現実……、なんて、知りたくても、中々、知りようのないことですから」
未来はプロの記者になりたいと思っている。大手新聞社五社が合同で主催する高校生の記事コンクールは毎年、九月が締め切り。結果は十二月に発表される。
今年度は、聖愛学園女子野球部に密着し、記事を書いた。今年から甲子園球場で開催されるようになった女子の甲子園を目指す、女子高生の夏を丹念に取材した。
聖愛学園高校は、予算が潤沢だ。生徒数は一〇〇〇名を超える。全て女子。陸上部やソフトボール部、女子バレー部は全国レベルの強豪。野球部は五年前に創設されたばかりだが、県大会で準優勝した。
参加校数は十四校。女子野球部は数が少ない。それでも、夢を追う少女のドラマに変わりはない。
「汗と涙と笑顔」それが、記事のタイトル。募集要項に沿って一万文字以内で収めた。
未来はしたたかだ。選考委員は大人ばかり。高校生らしい空気。記事。求められている内容を考察し、記事のテーマを決めた。
「キラキラした青春劇」は、大人に受ける。そこに悲劇や困難があれば、なおいい。
記事は自信作だが、賞を取れるかどうかは分からない。来年は、テーマを変えて、社会問題を描くことにした。
おあつらえ向きの、昨今の暴行事件。そして、千尋たちとの出会い。これは運命なのではないか、と未来は思っている。
「で、呼んだんですけど……、最近はどうですか? 危ない目に遭ったりしてますか?」
「いや……、特にはないけど」
「じゃあ、相変わらずキスばっかりしてるんですか?」
「は、はぁ?」
「だって千尋さんたち日常的にキスしてますよね。私、見てたから知ってます」
「さっきもした」
「え~? 高校でですか!」
「うん。千尋がしたいって言うから」
「いや、してない!」
「じゃ、今する?」
「なんでだよ」
「だって不安な時はキスをすると安心するから」
「いや、不安じゃないし……」
「密室で、よく知らない人と一緒。それも知らない場所で、なんて、千尋が一番だめな状況でしょ」
「千尋さん、狭いところがダメなんですね」
「なんか、昔を思い出すらしくて。お父さんに、狭い部屋に閉じこめられたりしてたんだよね?」
「お、おう……、そうだよ」
「場所変えます? うちの学校、広いから……。外にベンチとか、一息つける場所も結構ありますけど……」
「いや、ここでいいよ。大分、呼吸も落ち着いたし」
「じゃ、キスしよっか」
「いや、だからなんでだよ」
「私がしたいから」
「いや……、そんなこと言われても…」
「だめ?」
「いや、だめってことはないけど……」
「じゃあして」
「いや、ここで?」
「なんで嫌そうなの?」
「いや……、山吹さん居るし……、さすがに」
「なんでだめなの? 居たらだめなの? なんで?」
「なんでって……、そりゃ……」
あおいは嫉妬を感じている。そんな気持ちになったのは初めてだ。不安。キスをして安心したい。
「おっ。どうぞどうぞ~。私に遠慮してるんだったら、全然~」
「ほら、未来さんもいいって」
「いや、そういうことじゃなく」
「あ、写真撮ってもいいですか? 参考資料にしたいので」
「いいわよ」
「いや、だめだろ」
「なんで?」
「なんでなんでって、お前はなぜなぜ期の五歳児か!」
「そだよ。あおいは子供ですっ」
「かわいいポーズをするな。無表情なんだから」
「んもう、千尋はわがままね。どうしたらいいの?」
「いや、どうもしなくていいんだが」
「なにもしない五歳児が好きなの? 人形みたいな?」
「いや、そんなこと言ってないけど」
「ロリコン。変態」
「違います!」
「ま、でも、私も、感情を知ったばかりだから、子供みたいなものよね。だから千尋は私のことが好きなのか」
「うーん、それは遠からずかも」
「千尋は私のどこが好きなの?」
「え? どこって」
「ねえねえ、どこ?」
「いや……、そんなこと言われても……」
「だめだよ千尋。こういう時は、すぐに答えられるように準備しとかないと」
「そんなこと言われても……、ね」
「答えないと、ほんとは私のこと好きじゃないんだ~? って言われちゃうよ?」
「いや、本当にそうなんだけど……」
「そうって?」
「好き」
「わぁー、ラブラブですね~! お二人とも仲よさそ~!」
あおいと千尋がつきあい始めたのは一年半ほど前。高校一年生の四月。英朋学園で出会ってからすぐだった。告白したのはあおい。千尋は今以上のPTSD。人とまともに会話できなかった。
一度は拒否した。とても付き合っていけるとは思えなかった。千尋はそれどころではなかった。余裕がなかった。
「いつから付き合ってるんですか~」
「一年と五ヶ月と、十日前から」
「うわ……」
「へぇ~! どっちから告白したか訊いてもいいですか~?」
「私から」
「まぁ……それは」
「千尋が私のこと好きそうだったから、付き合ってあげてもいいよって言ってあげたの。千尋はどうせ自分から言えないし」
「そうなの!?」
「へぇ~! あおいさんって優しいんですね!」
「まぁ、そうね。誤解されるけど」
「無表情だからな。あおいは」
「あの……、あおいさんのことも訊いてもいいですか?」
「え? いいけど」
「あおいさんも……、その、家庭でなにかあったりされたんですか?」
「そう、……ね。私も、虐待されてた」
「あおいちゃん……」
「別に今さら気にしてないから、話してもいいんだけど、どこから話せばいいのかしら?」
「あ、あぁ……、じゃあ、最初からで」
「やっぱり引いちゃう? 未来さんみたいな記者志望の子でも」
「い、いえ別に……」
「重すぎるって思うかな?」
「あおいちゃん……」
「い、いえ! 思わないですけど……、私の人生にはあんまり、馴染みのない話題だから、ちょっとびっくりしちゃうだけですよ」
「そう?」
「はい! 興味はあるので!」
「じゃあ……、最初から話そっか」




