第17話 こんなかわいいJK彼女に
17
「おえ……、うぷ……、あー、うぅ~」
「大丈夫? 千尋」
「ちーちゃん?」
「おぇ……、だ、大丈夫なわけないだろ! あんなに食べさせといて!」
「でも……千尋、トラウマと向き合うには戦わないと。逃げてばかりじゃなにも変わらないよ」
「うぅ……、先生の受け売りだろ」
「違う。これは私が考えて、私が決めたこと。誰のものでもない」
「知らないけど……、大盛二杯は無理だ」
「言っても三〇〇グラムでしょ? 私には余裕だけどなぁ」
「それはあおいちゃんだけだろ!」
「にっししー、あたしもそれくらいならいけるかも! 蜂蜜があれば!」
「ほら、めぐみちゃんもそう言ってる」
「変態共め……」
「千尋がおかしいだけ。思春期の男の子が三〇〇グラムも食べられないなんて、どうかしてる」
「うるさい。バカ」
「ちーひーろ」
「なんだよ」
「口の利き方」
「うるさい! 僕は無理矢理食べさせられたんだ! 怒ったっていいじゃないか!」
「よかれと思ってしたげたのにぃ」
「そーそー! ちっちゃいちーちゃんをおーっきくするため!」
「だからって無理矢理、口に詰め込みやがって……」
「あーんしてもらえて嬉しかったでしょ? こんなかわいいJK彼女に」
「ね~! JKお姉ちゃんに!」
「ハーレムじゃない。よかったね。千尋」
「よくない!」
「はいはい。わかったわかった」
「なにが分かったんだよ」
「後で、よしよししたげるから。機嫌直して」
「そんなんで直るか!」
「んもうっ、千尋はわがままなんだから。なあに? 私になにをさせたいのかなぁ? うん?」
「なにもしなくて……、いいよ」
「そ? ならしないけど……」
「うん」
「ちーちゃんは恥ずかしがり屋だねぇ。素直になれない男の子。かわい~!」
「ほんとね。我慢してたら抑圧された心は解放されないのに」
「うるさい。我慢してない」
「そんなんじゃ一生、トラウマに支配された人生よ。私みたいに頑張らないと」
「頑張ってるよ。僕だって」
十二時五十分。
千尋たちはシンドバッドを出た。六〇階通りを歩き、学校へ戻る途中。
あおいはカレーを大盛四杯ほど平らげた。ビーフ、ポーク、半分ずつ。それでも平気な顔をしている。無限の胃袋だ。めぐみは蜂蜜をふんだんにかけて、カレーを食べた。ライスは一五〇グラムほど盛った。千尋は、三〇〇グラムのカレーを食べた。あおいとめぐみが盛ったライスはボリューミーだった。千尋の胃袋には多すぎる。
千尋は、一日、五〇〇kcal程度しか摂取しない。ご飯一杯、一〇〇グラムが大体、一五〇キロkcal。小ぶりのハンバーグ一つが、二二〇kcal。マックのてりやきハンバーガーが、四五〇kcalくらい。
成人男子が一日に必要な摂取kcalは、大体、二三〇〇キロkcal。成長期の男子となると、さらに増える。
が、千尋は一〇〇グラムのライスを食べるだけでも、三十分はかかる。休憩を挟んで。なんとか摂取する。
三〇〇グラムのライスにカレーは無理。あおいたちにスプーンで介助されたが、途中で吐いてしまった。
「そうね。えらいえらい」
「うるさい」
「え~? 褒めてるのに? 今日も頑張って食べようとしたんだから、えらいでしょ?」
「うるさい。えらくない」
「なによー。なにを拗ねてるの?」
「拗ねてない。バカ」
「んもう、しょうがないんだから。ほ・ら」
「……?」
「んっ。はいっ。いいよ。ほら」
「……? いいって? なにが?」
「キスしていいよ」
「しないよ。食べたばっかだし。吐いたし」
「関係ない。ほら。ちゅー」
「しない。僕は怒ってるんだ」
「だ・か・ら、私と繋がって、怒りを治めなさい。じゃないと……」
「……ッ、うぅ……、う」
「ほら、イライラし始めたら、倒れちゃうよ。最近、よくなってきたのに」
「……ッ……、誰が、イライラさせたんだ、くそ……」
「ほらほら、早く薬飲んで。キスして。ぎゅうってしないと……、ほら」
――ぎゅう。ちゅっ。
六〇階通り。歩行者天国。サンシャインへ向かう人の導線。それに反して六〇階通りの入り口へ向かう千尋たち。
あおいは歩を止めて千尋を抱きしめる。細い体。色の白い肌。精気の感じない虚ろな黒目。だが、その奥は強い生命力がみなぎっている。
あおいは美しい手で千尋の顔を引き寄せ、キスをする。重ねた唇。何度もキスをする。心と心のつながり。それは愛。愛は、人の心を強くする。あおいは体験してきたから思う。ひと肌の温もり。唾液の交換。それは薬よりも強い効き目がある。と。
食後にはジェイゾロフト三〇〇㎎を飲むことになっている。が、吐いたため、千尋はまだ飲んでいない。落ちつかない精神状態。イライラの原因は、あおいたちが無理に食べさせようとしたからではない。食べようとしても食べられない自分。吐いてしまう。あおいやめぐみの好意を、受け入れられない自分。頑張ろうとしても、頑張れない自分に対してだった。
PTSDは脳のエラー。強いショックを受けた時、心が処理しきれず、誤作動を起こす。
満腹感を拒絶し、吐き気を催すのは、回避、過覚醒、再体験の三つが影響している。
「満腹は飽食。いけないことだ」と、強要されて育った。暴力も伴っていた。食べることと痛みは千尋の中で密接に繋がっている。食べれば、殴られる。煙草を押しつけられる。痛い。苦しい。だから食べたくない。自分を守るために、食べ過ぎないように、体が反応する。脳のエラー。
食べることは人間の三大欲求だ。欲求が満たされれば、快楽を感じる。美味しいものを食べれば幸せ。満腹は幸福。本能にインプットされている。
が、千尋の脳はおかしくなっている。食べれば、吐く。殴られるから、食べない。食べてはいけない。と、誤作動してしまう。
自分では制御できない。
そんな自分が千尋は嫌い。




