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第12話 えらいね。いつも頑張って

12


 九月十三日。月曜日。空は秋晴れというには汚れている。八時五〇分。千尋とめぐみは西武新宿線、狭山市駅のホームにいる。狭山市に三つある新宿線の駅のうち、最も大きな駅である。通勤ラッシュ時間ではないが、百名程度の乗降客。制服を着ためぐみと千尋は、電車を待つ。身長一六〇㎝台中盤のめぐみは、すらりと細い。手足が長く、スタイルがいい。胸も大きい。ブラウスにリボンをつけているが、その大きさはよく分かる。ロングの茶髪は琴音を真似している。めぐみは千尋に憧れているのだ。

 並んで立つ千尋は身長一四八㎝。あどけない顔立ち。その見た目で小学生にも間違われる。ブレザーの制服を着用するが、高校生には到底見えない。

 ホーム。白線の内側。千尋は下を向いている。短い前髪。めぐみは千尋の視線を覗く。なにを見ているのか、と疑問に思う。千尋はじっと下を見ている。地面。コンクリート。線路とホームギリギリのコンクリートを、じっと見つめている。

 めぐみは千尋の左手をぎゅっと握る。千尋はぴくん、と反応する。が、なにも言わない。

「ちーちゃん、大丈夫?」

「……ん」

「今日は調子悪いの? 学校行くのやめとく?」

「いや……、うん。大丈夫」

 

 千尋はPTSDを患っている。人が苦手だ。大勢の人がいる場所に行くと、発作が起きる。特に、大人の男性が苦手である。その姿をみるだけで、呼吸が苦しくなる。動悸がし、発熱する。やがて、昏倒する。原因はPTSDによるものである。

 幼少期のトラウマが千尋を蝕んでいる。

 父に殺されかけた記憶が、発作を起こす。過覚醒、回避、再体験。三つの症状が、そのまま現れる。

 自分では制御が出来ない。PTSDによる発作は、心のエラー。無意識下で反応する。千尋が出来るのは、ただ発作が起きないよう刺激を与えないことである。

 

「ちーちゃ~ん。おーい」

「……あ、なに?」

「大丈夫? ぼーっとして。やっぱり今日は帰る?」

「いや、へーきだよ。いつものことだから」」

「なに見てるの?」

「コンクリートの縞模様」

「縞模様?」

「そう。ここのコンクリート、なんか縞模様みたいになってるでしょ」

「そ~ね。うん」

「ここをじっと見てると、集中できて。他のことを見ないで済むから」


 外出前には薬が欠かせない。精神安定剤ジェイゾロフトを毎食、服用している。ジェイゾロフトは脳神経伝達物質セロトニンの分泌を促し、気分を和らげる薬である。

 薬は飲んできたが、それでも外は苦手だ。


「ちーちゃん、大変だね。一人で外に出ることも出来ないし」

「そんなことないよ。人が少ないところだったら大丈夫だし。家の周りとか」

「でも、大変でしょ。えらいね。いつも頑張って」

「みんな一緒でしょ」

「ううん。えらい。えらいから、めぐみお姉さんがちゅーしてあげる」

「いや、いい」

「だめ。頑張ったらちゃんと褒めてあげないといけないんだから!」

「うわ……、おい……」


――ちゅうぅううっ。


 めぐみは、ホームで千尋を抱きしめてキスをする。千尋の見た目はあどけない。めぐみは大人っぽい。そのせいか、傍目にはカップルには見えない。しかし、周囲は距離をとる。見てはいけない、と思っているように。


「ちーちゃんえらいえらい。よしよし」

「や、やめろ。恥ずかしいだろ」

「またまた~。そんなこと言って~。ほんとは嬉しいくせに~」

「ほんとも嘘もない」

「にしし~、ちーちゃんはほんと子供みたいでかわいいね~。この際、ちーちゃんのお姉ちゃんでもいいか」

「はぁ? またこないだの話か」

「うん。お母さんもいいなぁーって思ってたけど、お母さんはせんせーだからぁ。あたしはお姉ちゃんになるね」

「勝手になればいいさ。なれば」

「わぁ~! 公認? 公認だよね? やった~。ちーちゃんに認められた~! 嬉しぃ~!」

「アホばっかだ。俺の周りは」


 千尋はめぐみに抱きしめられながら呟く。甘い匂い。温かい体温。そこに嘘もほんともない。あるのは、ただ、安心。落ち着くという感情だ。

 千尋はめぐみに感謝していた。

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